第2話 契約成立

 あまりにも、バカげた話だった。

 初対面の人間に友達になりたいと望み、さらには、別の友達のところまで連れてって欲しいと願う。

 一般人の間柄でも難しいだろうに、殺し屋とターゲットの関係でそれを求めるとは。

 

 普通は、一蹴してその頭を撃ち抜くところだ。

 或いは呆れて立ち去るか。

 

 だというのに、ハルカズは立ち尽くしているだけだった。

 同じような使命を帯びているリンネも、チガヤに目を奪われている。


《ダメかな……? やっぱり、難しいのかな……》


 当然だ、と言うべきところだった。


「なぜ俺たちに」


 代わりに出たのは質問だった。

 自分自身に驚く。


《青いお花の人とはね、仲良くなりやすいの》


 一体何の話だろうか。

 しかしチガヤなりに、何らかの根拠があるのだろう。


《橙色のお花の人もそう》


 なぜか、その花はリンネを指している気がした。


《あなたたちとならお友達になれるって、わかるの》

「そういうもの……なのか」


 ハルカズは状況を客観視する。

 迂闊すぎる。

 何かの罠の可能性も十分にある。

 

 攻撃なり撤退なり、何らかのアクションを起こすべき状況。

 それなのに、むざむざ時間を消費している。

 

 しかもすぐ傍には明確な敵がいる。

 のんびり話を聞いている場合ではない。

 

 そもそもだ。標的が目の前にいるのだ。

 右手には始末するための道具を持っている。

 

 なのに、何を呆けている。

 と、そこまで思考を回して違和感を覚えた。

 標的の情報を、改めて思い返す。


「大量破壊兵器……」


 ハルカズの呟きに、リンネがピクリと反応した。

 どうやら、同じ内容を聞かされていたようだ。


 ――大量破壊兵器を始末しろ。


 今回の依頼は、それだけだったはずだ。

 詳細情報のない怪しい仕事だが、ハルカズは報酬と内容に関心を抱いて引き受けた。

 この仕事を始めてから、単純な殺しを引き受けたことはない。

 

 公益性に基づくもの――住民を脅かす犯罪組織の壊滅だとか、凶悪犯の抹殺だとか。

 そういう類の仕事しか受けていなかった。

 

 偽善的ではあるが、ルールを決めた以上はそれに従う。

 それが流儀というものだ。

 果たして、彼女を殺すことは流儀に反していないと言えるのか。

 

 想定していたのは、どこかの組織が生み出した強化兵士か何かだ。

 そもそも標的が、人かどうかも怪しいと思っていた。

 

 なぜ依頼に詳細が書かれていなかったのか。

 疑問は残るが、なんとなく読めてきた。

 もし標的が少女チガヤだと知っていたなら、引き受けなかったからだ。


「騙されたか」


 ハルカズは頭を掻いた。

 となれば、もう依頼を果たす理由はない。

 だから撃たない――そう自分を納得させる。

 そうでも考えないと、この事象に説明がつかない。


「それで、依頼をしたいってことか?」


 友達という単語は一旦脇に置いて、チガヤの要望を聞くことにする。


《依頼……そういうことに、なるのかな?》

「友達に会いたいだったか。護送任務だな。そういうのは最近やってないが、まぁいいだろう。報酬次第だが……」

《ほう……しゅう……って何?》

「金だよ、お金」


 地獄の沙汰も金次第。

 ハルカズは、報酬に対して一切の妥協はしない。


《おかねは……持っていないかな……》

「マジか?」


 だったらこの話は終わりだ。

 踵を返して立ち去ればいい。

 

 だが、足は動かない。

 なんでだよ、と自分自身に突っ込む。

 何かが気にかかって、この場から離れらない。

 

 商売敵はどうなのだろう、とリンネを見る。

 彼女は通信デバイスをオフにしていた。

 命令不履行だ。尋常ではない行為を淡々と行っている。

 

 報酬が期待できなさそうなのは、今さっきはっきりとした。

 しかしリンネは気にした様子もなく問いかける。


「あなたは……誰に、会いたいの?」

《お友達だよ》


 名前は教えてくれなかった。じゃあ、とリンネは続ける。


「どこに行きたいの」

《ハッキリとはわからないの。距離が近くなれば居場所もわかると思う》

「ターゲットビーコンみたいに?」

《たぶん、そんな感じ……?》


 信頼性に欠ける話だ。

 この場を立ち去る理由が増えた。

 

 さぁ行け、俺。

 そして、抗議のメールを依頼主に送れ。

 風呂でも入ってさっぱりした後、ベッドですやすやと眠るといい。

 

 どうにかこうにか、踵を返して、


《あ……お花が増えた》

「何の話だよ」


 またチガヤへ振り返ってしまう。意味がわからない。


《トゲが生えているお花だよ。さっきのあなたたちみたいにね》

「トゲ……ちッ!」


 反射的に身を屈んで座席に隠れる。

 銃撃だ。

 護衛とは違う、重武装の兵士が後方から迫っていた。

 誰が送り込んできたかはわからないが、話し合いはできそうにない。

 

 標的はハルカズとリンネ。

 そして、チガヤだ。


「くそ、ノロマめ」


 自分の判断の遅さを呪う。何やってるんだホント。

 隠れながらリンネの方を見る。彼女もこちらを見ていた。

 

 言葉を交わさずとも、彼女が何を考えているのかわかった。

 こちらの意図も伝わっているだろう。

 

 タイミングを見計らって、拳銃の狙いを兵士へとつける。

 緊急時だ。背に腹は代えられない。

 止むなく頭を撃ち抜こうとして、


《お願い、殺さないで!!》

「くッ!?」


 狙いが逸れた。兵士の左肩に命中し倒れる。


「なんだよ!?」

《お花が枯れるのを見るのは、悲しいの》


 どういう理屈なんだ。

 ハルカズはリンネの方を見る。

 

 彼女は跳躍して兵士に肉薄し、カタナでライフルを切断。そのまま蹴り飛ばしていた。

 あれほどの殺しの達人がだ。

 

 仕方ない、と諦めて。

 ハルカズは兵士の足を撃ち抜く。

 

 敵の数は思いのほか少ないようだ。

 最初から大規模な部隊を動かせるのなら、自分に依頼など回って来ないだろう。

 想定外による追加戦力か何かだと推測して良さそうだ。

 

 タイミングを見計らって座席を移動し、足や腕を撃つ。

 反対側では、リンネが斬っては跳ねて、また斬っている。

 前方にいる敵が彼女の方へ銃を向けた。


「無視するなよ。寂しいだろ?」


 その右腕に、風穴を開けた。




「うっ……!」


 呻く敵の頭を蹴って、昏倒させる。

 当面の安全は確保された。

 だからといって悠長に構えていれば、すぐ新しい敵がやってくるだろう。

 

 ……どうする?

 いや、理性で結論は出ていた。

 さっさと退散し、いつもの日常に戻ればいい。


「お前はどうするんだ?」


 ハルカズは思わず訊ねていた。

 しかし、相手は携帯端末を眺めている。


「おい」

「……私に、聞いてるの?」


 不思議そうに首を傾けるリンネ。


「他に誰がいるんだよ。受けるのか?」


 彼女が何者かは知らないが、このふざけたお願いを聞いてやる道理はないはずだ。

 リンネはしばし考えて、


「――わからない」


 と逡巡を見せる。

 その気持ちがわかってしまう。


「だよなぁ……っておい」


 リンネは関心がなさそうにスタスタと歩いていく。

 ハルカズは今一度、舞台の上で微笑むチガヤを見た。


「くそっ!」


 毒を吐いて、彼女の元へ移動する。




《ありがとう》

「まだ引き受けるとは決めてない」


 声なき言葉に声で応じる。

 ハルカズたちは、とりあえず商業施設から出た。

 

 まだ夜明け前だ。暗闇に包まれた街の中で周囲を見回す。

 目立った動きはない。


《お花を枯らさないでくれて》

「その花ってのはなんなんだ。まぁいい。本当に報酬を出せないのか?」

「君、すぐにお金の話するんだね」


 周辺のクリアリングをしていたリンネが戻ってきた。


「大事なことだぞ。そこのところはっきりさせとかないとな。タダ働きはしない主義だ」

「がめつい」

「どこがだ」

《報酬って、もしかして、お礼のことかな》

「まぁそうだ」

《だったら、お友達が用意してくれているかも……?》

「どういうことだ?」


 ハルカズはゆりかごの中の、微笑む少女を見つめる。


《会いたいって言ってくれたのはね、お友達なの。誰かにお願いするのも、お友達が教えてくれたんだよ。それで、もし必要な時が来たら、この番号を使いなさいって》


 脳内で数字が並べられていく。


「何の番号?」


 リンネはぴんと来ていないようだが、ハルカズは気付いた。


「口座番号か」


 腕のデバイスを操作して検索する。


「ただの銀行口座なら足が付いちゃうんじゃないの」

「こいつは、俺みたいなフリーランスの傭兵御用達の特殊バンクだ。足はそう簡単につかないようになってるし、比較的安全に使える」


 自前のセキュリティシステムはグリーンカラー……安全だと告げていた。


「いくら入ってる?」

「ちょっと待て……いやこれは――」


 ハルカズは目を疑った。


「どうしたの」

「十億だ」

「……え?」

「十億入ってるよ。どうやってこんな大金を……」


 人殺しは単価が高い。

 それでも、この額を手に入れるためには相当な数をこなす必要がある。

 特に仕事を選んでいるようでは、ここまで大きな稼ぎとはならない。


《連れて行ってくれたら、全部、あげるよ》

「本気か?」

《うん。私はお友達に会いたいだけだから。お金なんてあっても、使えないし》


 ハルカズは、改めてチガヤの状態を確認する。

 このゆりかごは、彼女の栄養摂取から排泄まで、日常動作を完全に管理しているようだった。

 ポッドから出れるのか……出たところで、まともに生活できるようには見えない。

 確かに、こんな状態では金などいくらあっても宝の持ち腐れだろう。


「あなたはなんで、そんな状態に? 生まれつき?」

《前は、普通に動けたんだけど。力を使っているうちに、戻り方がわからなくなっちゃったの》

「そう……」


 リンネは同情的な視線をチガヤに向けている。

 まだまだわからないことだらけだ。

 

 大金には目が眩むが、どう考えてもまともな金じゃない。

 その友達とやらの正体も定かじゃない。

 傭兵としての勘は、危険だと告げている。

 

 やめておけ。

 知らんぷりしろ。

 放っておけ。

 気にするな。


「あー、くっそ!!」

「どうしたの」


 淡々と言うリンネに指をさす。


「お前こそどうしたんだ! 明らかにやる気じゃないか! 変だと思わないのか!」

「……君は、私のこと知らないでしょ」

「そうだ知らない! チガヤのこともな。名前と、頭に声を響かせる能力ぐらいしかわからない! どう見繕ったってヤバい案件だ! 関わる方がどうかしてる!」

《えっと……ごめんなさい……》

「謝るんじゃない! 虚しくなるから!」


 ハルカズは、落ち着くために深呼吸をする。

 そして、ぶっきらぼうに言った。


「方角は?」

《え?》

「行き先だよ! 場所がわからなくても、向きくらいはわかるんだろ」

《あっち》

「どっちだよ! 北とか東とかあるだろ」

《あっちだよ》

「だから――」

「こっち……かな?」


 リンネが右側を指さした。

 そんなことをしても無意味のように思える。


「この子は目が見えているかどうか怪しい――」

《そっちじゃないよ》

「わかるのか?」

《お花の向きでね。左に動かして》


 指が正面の向きまで動いた時、止まってという声が頭に響いた。


「嫌な予感がするぜ」


 現在地は北海道だ。

 その端に都合よくお友達がいるとは、とてもじゃないが思えない。


「わかったよ。行こうか」


 リンネはゆりかごの後ろに回ると、取っ手を掴んで押し始めた。


「おい、勝手に行くなよ」

「……なんで?」

「なんでって。今の流れでわからないか?」

「わからないけど?」


 ハルカズはため息を吐いた。

 うまくやっていける気がしない。


「だから、俺もいっしょに行くって言ってるんだ」

「そうなの?」

「そうなの!」

《ありがとう!!》


 表情はわからないが、チガヤの弾けんばかりの笑顔が目に浮かぶようだ。


「とりあえず、夜が明ける前に行動に移すぞ。まずは本州に行かなきゃならないかどうかを確かめないと。十中八九そうだろうがな。装備か何かないのか?」

「装備はしてるけど?」


 ぴっちり戦闘服に身を包むリンネは不思議そうだ。

 頭が痛くなる。


「その格好で行くつもりか?」

「問題ある?」

「公然わいせつ罪で通報されてもおかしくないぞ。仕方ない、まず俺のセーフハウスに行こう。支度を整えるぞ」


 ハルカズは二人を先導する。

 課題は山ほどあるが、考えたくない。


《ハルカズ、リンネ》


 チガヤの声が響いて振り返る。


《これから、よろしくね!!》


 そう思念を送るチガヤの顔は、心なしか綻んでいるように見えた。

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