サイキック・ウエポン
白銀悠一
第1話 初めての友達
少女が、花畑の中で目を覚ました。
美しい花々を、少女は愛おしく思っている。
様々な色があって、どれも個性的で。
一本一本が、とても綺麗で。
その光景を毎日見ていた少女は、ふと思った。
この美しい花畑を、誰かと共有してみたいと。
しかし、ここには誰もいない。
残念だなぁ、と思っていると。
《ねえ、聞こえる?》
声が聞こえて、顔を上げる。
聞こえるよ、あなたはだあれ?
少女が問いかける。
《わたしはね、あなたのともだち……になれるかもしれないひと》
ともだち……?
《そう。ねぇ、ともだちになりましょう?》
少女はにこりと微笑んで、初めての友達を受け入れた。
※※※
暗闇の中を、静かに動く影。
まず初めにすることは、弾倉を装填して、スライドを引くことだ。
慣れた手つきで拳銃を使用可能にした青年は、建物に侵入した。
室内は真っ暗だが、問題はない。
黒を基調とした服装は闇に紛れるし、左目に装着しているデバイス――タクティカルアイのおかげで視界は良好だ。
サイレンサー付きの自動拳銃を構えながら、クリアリング。
近くに敵はいない。
拳銃をいつでも撃てる状態にしたまま、ゆっくりと足音を立てずに進む。
デバイス内に通知が表示された。
〈ターゲットビーコンに反応〉
標的は上階のようだ。まだ正確な位置はわからない。
それどころか、標的の情報さえ少ない。
一体何を破壊すればいいのか。
報酬に釣られたことが、吉と出るか凶と出るか。
考えながら通路を進むと、標的の護衛と思しき男を見つけた。
由々しき事態だ。
誤解がないように言えば、護衛自体に脅威はない。
青年の腕前なら容易に対処できるからだ。
一番の問題は、
「死んでるな……」
男が床に倒れて、死んでいることだ。
ざっくりと喉元を、鋭利な何かで斬られている。
恐らく、この男は自分が死んだことにすら気づかなかっただろう。
切り口を見ただけで、プロの犯行だとわかる。
「最悪だ」
小声で呟く。
標的とその護衛ではない何者かが、同じ建物内にいる。
敵の敵は味方、なんていう状況にはお目に掛かれないだろう。
事前にもらった情報とは別の、新しい敵だ。
しかも腕が立つ。とても喜ぶ気にはなれない。
幸いなのは、相手はこちらの存在に気付いていない可能性が高いことだ。
うまく立ち回れば、背後を付けるかもしれない。
「そううまく行くといいが」
ため息を吐いて、青年は移動する。
階段を慎重に上る。
その先で人の気配を感じた。
先ほどの男と同じスーツ姿の女だ。護衛だろう。
こちらに気付いてはいない。
その頭に狙いを付けながら、背後へと移動する。
どうやら定期連絡が途切れて、不審に思っているようだ。
青年は、首を難なく絞め落とす。
殺しはしない。
これは青年のポリシーのようなものだ。
この仕事を初めて以降、ターゲット以外は可能な限り生かすようにしてきた。
理由は単純明快。
(報酬が出ないからな)
タダ働きをするつもりはない。
依頼料に護衛の始末代は含まれていない。
殺して欲しいのなら、きちんと金を払ってもらわねば。
左腕のデバイスを確認する。ビーコンが反応している。
次の階のようだ。
護衛の数は少ない。
恐らくは、もう一人の侵入者の方へ向かっているのだろう。
ラッキーだ。
このまま漁夫の利にあずかれるか。
「そうは問屋は卸さない、か」
青年が目視したのは、標的がいるであろう扉の前でライフルを構える護衛だった。
数は二人。
相手にするのは面倒だが仕方ない。
通路の曲がり角に隠れたまま、何か使える物はないか目を凝らす。
この施設は廃棄されて久しいようで、ゴミには事欠かない。
空き瓶を見つけた。
すかさず、明後日の方向に投げつける。
派手な音を立てて割れる瓶。
護衛が反応する。
一人は扉の前から動かず、もう一人が様子を見るために動き出した。
増援が来る様子はなさそうだ。
運のいい。
警戒しながらやってきた男を難なく気絶させ、今度は空き缶を取った。
不審に通路の先を見つめている男へ、走りながら投げつける。
「ぐわッ! うッ!」
怯んでいる間に、その腹部を殴打する。
「おやすみ」
昏倒させた男をゆっくりと横たわらせた。
「さて……」
物音に気付かれているかどうか、扉越しに聞き耳を立てた。
動きはなさそうだ。
護衛がいないか、凄腕が潜んでいるかのどちらかだろう。
前者であることを祈りながら、あえて派手に音を立てて侵入する。
(思った以上に広いな)
劇場か何かだろう。
元々は、大勢の人が遊びに来る人気の施設だったに違いない。
だが、今は閑散としている。
劇場内にいるのは、自分と標的だけであって欲しい。
そう思いながら足を踏み入れて、
「くッ!」
殺気を感じた。
上からだ。
信じられないことに、何かが跳躍してきた。
即座にナイフを引き抜いて受け止める。
刀による斬撃を。
「なんだよ!」
文句を言うのは、即座に標的ではないと見抜いたからだ。
刀を振るうのは少女。
黄昏のような、オレンジ髪の少女だ。
「冗談じゃない!」
拳銃をホルスターに仕舞い、右手をナイフの背へ添える。
少女は仕留めきれないと判断したのか、ポニーテールを揺らしながら追撃してきた。
ナイフで刀と応酬する。
速い。
弾くのが精一杯だ。
近接戦闘では不利。
青年は刀を受け流した瞬間に、ホルスターから拳銃を抜く。
少女が飛び退いたが、銃弾の方が速い。
キィン、キィン、という金属音が銃声の後に響いた。
「そんな気はしてたよ」
青年が呆れる。少女は銃弾を刀で斬っていた。
刀を構えて、こちらの様子を窺っている。
殺気に満ちた瞳を隠すように、青いグラスを掛けている。
デジタルデバイスだろう。
そこに表示される情報で、彼女もこちらが標的でないことはわかっているはずだ。
それでも一切の容赦がない。
邪魔者を排除する気だ。
「仕事熱心だな」
軽口を叩きながら、少女の装備に注目する。
ぴっちりと身体に密着する青色の防護スーツの他に、脚部にアシスト用の外骨格が装着されている。
脚力を強化する、驚異的な跳躍力と、高速移動の源だ。
壊せれば楽だろうが、そう狙い通り行くかどうか。
戦術を立てている間に、少女がまた肉薄してきた。
回避は間に合わないので、再びナイフで受け止める。
同じように防げるかと思えた斬撃が、ナイフの刃を切断し始めた。
「マジかよ!」
どうやら刀にも何らかのギミックがあるらしい。
ナイフといっしょに斬られるところを寸前で躱し、刃を失った柄を少女に向かって投げつける。
楽々と弾く少女。
その隙に左手が腰のポーチへ伸びていた。
取り出した得物を投げつける。
白い筒状の物体。
スタングレネードだ。
「フッ!」
少女は刀の峰で弾き飛ばそうとする。
が、その前に青年は拳銃の狙いをつけていた。
少女――ではなく。
グレネードの方に。
「ッ!!」
弾丸の直撃を受けたグレネードが炸裂する。
閃光が劇場内を満たす。
目を瞑り、左腕で閃光を防いだが、完全には防げていない。
だが、アイウェアによって保護されている左目は無事だ。
聴覚は一時的に失ったが、射撃は可能。
青年は少女に狙いをつける。
彼女は苦悶しながら後方へ跳躍していた。
そして、ランダムに移動する。
視覚と聴覚が回復するまで時間稼ぎをするつもりだ。
「くッ!」
予想以上に素早く動く少女を完全には捉えられない。
三発外した。
だが、相手はミスをした。
ジャンプした先に椅子があったのだ。
視界を確保できていない状態の少女は、着地しようとして足を踏み外した。
バランスを崩し、倒れ込んだ少女が小さく呻く。
青年の視界が回復した。
これなら確実に命中する。
それは、少女も同様だった。
少女も拳銃を構える。
視線が交差する。
どちらが死ぬか。
どちらもか。
永遠のようで、たった一瞬の時が過ぎて。
両者が引き金を引く――。
《待って!》
青年は思わず引き金から指を離した。
迂闊だと思ったが、それは相手も同じだ。
目を見開いて、周囲を見渡している。
彼女も聞こえたようだ。
少女の声を。
耳からではなく、頭から。
「なんだ……?」
訝しんでいると、通知音が響き始めた。
ターゲットビーコンが反応している。
ピコン、ピコンと、音と点滅の感覚が短くなっている。
腕のデバイスを、もっとも反応する方向へと向けた。
舞台の上だ。
その奥から何かがやってくる。
《おはよう、こんにちは、こんばんは? ごめんなさい、時間がわからなくて》
再び頭の中で声が響く。
その言葉は、クリアに聞こえた。
常識外の状況なのに、青年は落ち着いていた。
先程まで殺し合いをしていたというのに。
少女の方をちらりと見ると、彼女も困惑しながら立ち上がり、舞台を見つめている。
それは、ゆりかごのように見えた。
自動で動くベビーカーのようなものだ。
透明なカプセルに覆われた中には赤ん坊ではなく、少女が座っている。
確証はないのに、確信していた。
この子が自分たちに呼びかけている。
緑髪の、花のように微笑む少女が。
《喧嘩を止めてくれてありがとう》
「喧嘩、ね……」
謎の少女からは、そんな風に見えていたようだ。
いや、本当に見えているのか?
ゆりかごの少女は目こそ開いているが、虚空を見つめている。
まるで別の世界を見ているかのように。
「何者……なの……」
敵対していた少女が訊ねる。
彼女も混乱しているようだ。
少女の口は、微笑を湛えたまま動かない。
代わりに言葉が、脳内に響く。
《私は、チガヤ。あなたたちとお友達になりたいの》
「友達……」
茫然と少女が復唱する。
ふざけたセリフだが、怒る気にも呆れる気にもなれない。
ただ、釘付けになっている。
チガヤと名乗った少女と、その言の葉に。
《ダメかな、ハルカズ。リンネ》
「なぜ」「名前を……」
ハルカズとリンネの目が合う。
名乗っていないのに、チガヤは自分の名を知っていた。
リンネというのは、敵対者のことだろう。
どういう論理なのか考えるが、理論的なものは思いつかない。
しかし一つだけ、しっくり来る単語には思い当たっていた。
超能力。
そうとしか考えられない。
《ねえ、私のお友達になってよ》
チガヤが続ける。
《そして、お願いを聞いて欲しいの》
「お願い……?」
リンネが問う。
チガヤの声が、脳裏に響く。
《私をね、お友達の元に、連れてって欲しいの》
純粋無垢な声音だった。
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