最終話 秘密の憧れの人
◆
あれから色んなことがあったなあ、と私はしみじみする。
中学校でハルコちゃんと出会って、演劇部に入ったり。お母さんが死んだり。タイヨウくんと、また暮らすようになったり。恋人になったり。
たくさんあったのに、バレンタインの時期になると、いつもサイオンジさんを思い出す。
サイオンジさんは今、どうしているんだろう。
ふと、そんなことを考える。
鈍感だった私は気づかなかったけれど、タイヨウくんが好きな女の子たちは、一番近くにいた私が羨ましかったらしい。
嫌がらせは受けたことは無かったけど、ちょっとした嫌味は言われてたみたいで、後で当時の同級生から謝られたことがあったっけ。
「ごめん! 私、今タイヨウくんと付き合ってる!」と言うと、「随分長い付き合いだね」と言われた。「いや、最近だよ?」と言うと、「はあ!?」と返された。
「もうとっくの昔に付き合ってるとばかり思ってた……少なくとも、タイヨウくんはあの時からミヅキのこと好きだったし……」
……なんかもう、タイヨウくんに申し訳ない気持ちになる。私、全然気づいてなかった。
「サイオンジさんには会った?」と私が尋ねると、「いや? っていうか、あの人と仲良かったの?」と言われた。
「ううん。印象に残ってて、どうしてるのかなーって思っただけ」
「あの人読モやってて、取り巻きはいっぱいいたけど、友だちはいなさそうだったから、皆どこにいるか知らないんじゃない? 中学も違うし、引っ越したかも」
そう言われて、そっか、と私は返した。
はあ、とその子はため息をついて、
「私、あの子嫌いだったのよね」
と言う。
「こっちが寄り道に誘っても、断ってばっかりだったし。人付き合い悪いって言うか、自分が美人だから、周りを見下してたんじゃない?」
そう言って、その子は、「じゃあ私、彼氏と待ち合わせしてるから」と答えた。
じゃあね、その子とはその場で離れて、私はこっそり苦笑いする。
そう言えばあの子は、何かにつけて「あの子は〇〇だから、皆を見下している」と言う子だった。自分より頭が良かったり、可愛い子に対してはそんなことを言ってたっけ。
きっと、「そうなりたい」って憧れを、そう表現することしか出来ないんだろう。今もそれは変わらないみたい。
サイオンジさんは、多分ずっと前から、食事制限を受けてたんだろうな。
だから寄り道して食べることは出来なかったし、モデルのための勉強も忙しかったのかもしれない。けれど、サイオンジさんからその言葉を聞くまで、私はそんなことを想像したことがなかった。
サイオンジさんは、辛かったのかな。そんなことを考える。
そして、タイヨウくんと付き合って初めてのバレンタインがやって来た。
と言っても当日じゃなくて、少し早めのバレンタイン。せっかくだし遠出してみませんか、と誘われて、私は二つ返事でうなずいた。
初めて行く街でのデートなんて、二つの意味でドキドキする。
「次の電車まで、まだ時間があるみたいです」
タイヨウくんの言葉で、私はなんとなくぼうっと改札口にある巨大スクリーンを見つめていた。
広告が変わる。
それを見た時、私は目を見開いた。
そこには、私の記憶より大人びた、サイオンジさんが映っていた。
それはチョコレートの広告で、私は思わず息を呑む。
……こんな奇跡みたいなことが、あるのかな。
「あ、そろそろみたいです。……ミヅキさん、どうしましたか?」
タイヨウくんに声をかけられた時には、すでに別の広告に変わっていた。
あまりにビックリして、さっき見たのは夢だったのかな。なんて思ったけど、胸のドキドキは収まらない。
それは現実だよ、と言っているみたいで、私はさらにドキドキした。
「なんでもない!」
私がそう言うと、タイヨウくんは不思議そうな顔をした。
今ならわかる。あの時の私は、サイオンジさんに憧れていた。
いつもカッコよくて、丁寧で、センスがよくて、媚びなくて、そして少し寂しそうに笑っていた人。今も私の想い出の中で、鮮やかに思い出せる友だち。
だけど、タイヨウくんには内緒にしておこうと思う。
ーーーー
バレンタインですが、作者が恋愛より友情の想い出が多すぎたので、こんな形になりました。
おまけではタイヨウくんとミヅキさんをいちゃいちゃさせたいので、誰かネタください。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます