第2話 小学校のバレンタイン 後編
「あんまり失敗したくないんだ。失敗を引きずって、タイヨウくんに気を遣われたら、本末転倒だもん。
それにタイヨウくん、毎年たくさんのチョコを貰っているから、チョコレートじゃない方がいいかなって思ってて」
私がそう言うと、そうねえ、とサイオンジさんが言った。
「チョコレートって、食べすぎたら気持ち悪くなるし、身体に悪いもの。チョコレートお菓子を渡すんじゃなくて、アクセント程度のお菓子にしたらどうかしら」
「アクセント?」
「ほら、五年の時だったかしら? あなた、家庭科でパンケーキを焼いた時、中にチョコチップ入れたでしょ」
トッピングは各自で持ってきてくださいって言われてたわよね、と言われて、ああ、と私は思い出した。
生クリームやチョコクリーム、果物や色とりどりのデコレーションを持ってくる中、私はチョコチップだけ持ってきていた。私はあの生地の中でほんのり溶けた、歯ごたえあるチョコチップが好きだからそうしたんだけど、他の子より随分、地味な仕上がりになったんだっけ。
「ご相伴に預かった時、なんて美味しいんだろうって思ったのよ」
「……そうなの?」
そう言えばあの時、サイオンジさんと一緒の調理班になってた。
確かに彼女は「美味しい」って言ってくれたけど、後々思い出して言うぐらいだとは思わなかった。でも私が知ってる限り、サイオンジさんは、お世辞を言わない人だ。
そんな彼女が言うのだから、サイオンジさんは美味しいと思ってくれたんだろう。
「……そんな風に言ってくれるなら、また作ろうかな。チョコチップ入りのパンケーキ」
「そうしたら」
そう言って、サイオンジさんは棚から、色んな形をしたチョコレートの箱を一つとって、レジへ向かう。私も、製菓用のチョコチップと、ホットケーキミックスを持ってレジへ向かった。
お店を出ると、急に冷たい空気が頬を刺す。けれどその中には、梅の花の甘い匂いが混ざっていた。
春が近いなあ、と思っていると、サイオンジさんがツキシロさん、と私を呼ぶ。
「ハッピーバレンタイン」
そう言って、さっき買ったチョコレートを私に手渡してくれた。
「……え!?」
「貰ってくれないかしら」
何も買わないでお店を出るわけにはいかないもの、とサイオンジさんが言う。
私も女子の中じゃ背が高い方だけど、サイオンジさんは私より頭一個分高い。私に視線を合わせるために、少し顎を下げて見る彼女は、とてもスタイリッシュでカッコよかった。
「え、や、それじゃあ私も今からチョコ買うから! 交換、」
「いいの。というか、食べられないわ」
サイオンジさんは、少し寂しそうに微笑んだ。白い息が、彼女の顔を包む。
「今、食事制限を受けているから」
……そう言えば、サイオンジさんは、本格的にモデルを目指すって周りの女子が言ってた。
「食べられないとなると、中々街の中って歩けないものね。あちこちに食べ物のお店があるんだもの」
逃げるように歩いてたら、あなたを見つけちゃった、とサイオンジさんが笑う。
「お菓子って、素敵な色や形をしてて、見ているだけで幸せになるの。今日は、ツキシロさんがお菓子屋さんにいたから、一緒に楽しめちゃった」
「サイオンジさん……」
「それじゃあね。上手くといくよう、祈ってるわ」
そう言って、ヒラヒラと手を振って、サイオンジさんは去っていった。
……初めて、こんなにサイオンジさんとお話したな。
サイオンジさんの背中を見つめながら、私はそう思った。
クラスが一緒になったのは、五年の時だけ。その時だって、ほとんど話したことはなくて。全然共通点もないのに、なんだかすごく話しやすかった。
また話せたらいいな。
そんなことを思いながら、私も家に戻った。
そんな甘い期待とは裏腹に、それからサイオンジさんと話すことはなかった。
卒業してから、サイオンジさんと会ってもいない。
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