第12話 心の霧

−カラオケ−


 『♬〜』


 マイクを握りしめ気持ち良く歌う音波(オトハ)。

 相づちをしながら霞(カスミ)が次の曲を検索していると、机の上に置かれた携帯に通知メッセージが点灯した。

 霞(カスミ)が慌てて携帯を手に取り、部屋から出ていってしまった。

 音波(オトハ)は、霞(カスミ)の様子を目で追いながらカラオケのモニターに向かい歌い続けていた。



 しばらくしてから部屋の扉が少し開き霞(カスミ)が心配気に中をのぞき込む。

 すっかり曲も終わりストローでウーロン茶をすする音波(オトハ)と目が合うと、霞(カスミ)はニコリと笑って話しかけた。


 「ごめんね〜。急に連絡が来てさ〜。」


 音波(オトハ)は、満面の笑みで両手を振って答える。


 「いいよ、いいよ。全然、気にしない! 大丈夫だった?」


 「うん! でも、もう行かなくちゃ…。」


 「そっか…。いいよ、今日も楽しかった!」


 「ごめんね〜。」


 ほがらかに帰りじたくを始める音波(オトハ)。


 「私、全然声が出てないんだよな〜。霞(カスミ)は、声がキレイだよね〜。」


 その様子を、無表情に見つめる霞(カスミ)。


 「そんな事ないよ。」


 「ねえ。今度、いつ遊ぶ? あ………どうしたの?」


 「えっ!? 何、何!?」


 「あ……、うんうん。何でも無い。」


 慌てて取り繕う霞(カスミ)を見て、音波(オトハ)は話を無かった事にし、部屋から出ていこうとした。

 霞(カスミ)は、後ろから音波(オトハ)を覗き込み、上目遣いで話しかけてきた。


 「ねえ。私も何か楽器をやってみたくて…。明日の朝、時間ある?」


 突然距離感を縮めてきた霞(カスミ)に、音波(オトハ)の背筋がピンとなる。


 「あ……。うん、いいよ。」


 まるでヘビが絡みつく様に音波(オトハ)の正面にきた霞(カスミ)が、顔を近づけてささやく。


 「あのトランペットって、いくらするの? 貸してくれるなら、音波(オトハ)のやつでもいいけどね。…関節キスになっちゃうか…。」


 耳たぶまで真っ赤になった音波(オトハ)は、声を震わせて答えた。


 「あ…、あれはトロンボーンだよ。よっ、よく皆間違うんだ〜。紛らわしいよね……。ほっ…、ほら…仮想空間だから、ダウンロードすれば買わなくていいんじゃない。」


 「そっか。良かった。音波(オトハ)、可愛い…。」


 「へ…?」


 霞(カスミ)は、一瞬ニヤッと微笑みクルッと振り向くと、受付に向かい歩き出した。


 「じゃあ、明日。約束だよ!」


 「…うん。」


 音波(オトハ)は、モジモジしながら霞(カスミ)の後についていった。




−郊外の複合施設にある立体駐車場の屋上−


 翌朝、薄暗い立体駐車場の屋上から見える海の水平線が輝き始める。

 光の粒子が現れ人の形を形成していき、音波(オトハ)がダウンロードされた。

 晃(アキラ)はテントの中で寝ているのだろうか、隣には沈黙したレムが停車している。

 音波(オトハ)は、キョロキョロ様子をうかがいながら、静かにその場から走り去っていった。


 『(*´﹃`*)ムニャ~:ほへ…? ムニャ、ムニャ…。』


 また…、朝日が登るまでの静かな時間が続くかに思えた…。


 『リンリンリンリン〜♬』


 晃(アキラ)の携帯が、突然鳴り出した。


 『ヽ(`Д´#)ノ ムキー!!:んも〜! 私の安らかな眠りを邪魔しないで〜!!』


 「ん〜。」


 晃(アキラ)は寝袋から手を出し、散らかったテントの中を手探りで携帯を探している。

 ようやく見つけたのか音が止まり、テントの中から晃(アキラ)の寝ぼけた声が聞こえてきた。


 「もしもし………。もしも〜し………。……何だよ……。」


 『(~o~)ポェ~:も〜。こんなに朝早くに誰〜?』


 テントの中から、寝癖でボサボサの晃(アキラ)がモゾモゾ出てきて、あくびをしながら背伸びをした。


 「ふぁ〜〜っ。……音波(オトハ)だよ…。」


 『(´・ω・`)ホヨッ:こんなに朝早く、どうしたの?』


 頭をボリボリかきながら、不機嫌そうにつぶやく晃(アキラ)。


 「それが…、何にも喋らないんだ…。ん…?」


 晃(アキラ)の携帯には、音波(オトハ)からのメッセージが届いていた。


 ❏:河川敷


 「何だコレ…。河川敷…?」


 『(・・;)?:行ってみる?』


 「フンッ。」


 晃(アキラ)は、ふてくされたような返事をして、テントの中にもぐっていってしまった。


 『( ´ー`)y-~:本当は、さみしいんでしょ〜。』


 「………。」



−河川敷−


 朝霧が立ち込める河川敷。

 普段なら、ジョギングをしたり犬の散歩をしたり誰か必ず見かけるものだが、今日はモブすらいない。

 堤防の斜面に設置された階段に、一人ちょこんと座る音波(オトハ)。

 心細くなった彼女は、トロンボーンを取り出しマウスピースに唇をあてる。


 「プォ〜〜〜ン」


 日が昇るまでのわずかな時間、青く染まった世界にトロンボーンの低く厚みのある音がのびていく。

 音波(オトハ)は随分練習したようで、単調なメロディーは奏でる事が出来るようになっていた。

 寂しさを紛らわすように、音波(オトハ)はトロンボーンを吹き続けた。


 「…………音波(オトハ)…。」

 『プォ〜〜プッ!』


 微かに自分を呼ぶ声…。

 河川敷は深い霧に包まれ、数十メートル先の川原もよく見えなくなっていた。

 それでも友達だと信じて、音波(オトハ)も声を張り上げて呼びかける。


 「霞(カスミ)! 霞(カスミ)〜! 私、ここだよ!」


 (…………………。)


 よりいっそう濃くなる霧の中、音も光もない世界…、

 自分の存在も、おぼろげになっていく…。

 それでも彼女は、声を張り上げ叫び続けた…。

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