第10話 不協和音

 霞(カスミ)と出会ってから音波(オトハ)は、トロンボーンの練習もせずに二人で遊びに行くようになった。

 仁(ジン)(スキンヘッドの車椅子に乗った男)から受けた長期ミッションも、あれから有力な手掛かりもなく進捗が滞っている。

 他に調べるあてもない晃(アキラ)は、仁(ジン)に途中報告をしに地下鉄のホームに来ていた。


 「既にご存知かもしれませんが、高校生が霧につつまれて行方をくらます事件が最近起きているようです。」


 仁(ジン)は、前回会ったときとは違い、低い声で返事をしてきた。


 「ああ、知っている。その様子だと、君は現実世界のニュースを知らないのだな。」


 晃(アキラ)は、仁(ジン)の意味深な言葉にあからさまに動揺し硬直している。仁(ジン)は、全てを察したかのように続けて話した。


 「君は、この世界から出れなくなった“ワンダー”なんじゃないか?」


 “ワンダー”、何かしらの要因で仮想空間から意識が戻らず昏睡状態になった者。

 隠していたわけではないが、欲望渦巻くこの世界の、得体の知れぬ相手が、自分の素性を言い当ててきた事に、晃(アキラ)は嫌悪感を抑えきれず表情が強張ってきた。


 「図星か…。なら、君にとって重要な事を、私は話さないといけない。“ワンダー”を誘発させる者がいる。私は、その者を捕まえたい。“霧”は、その一人だ。大事な事は、ここからだ。現実世界で“ワンダー”が問題視され、危険な仮想空間と判断されれば、この世界が閉ざされるかも知れない。そうなってしまえば、君は出れないし、私もこの世界に関与出来なくなる。」


 仁(ジン)は、単調に淡々と話したが、晃(アキラ)にとっては穏やかでない、しかも急を要する事であった。

 差し迫った、晃(アキラ)の口が開く。


 「その通りです…、僕は“ワンダー”。“深淵の目”によって、この世界に閉じ込められました。お互い差し迫った状況ですが、目的は同じようですね。」


 「ああ、その通りだ。“深淵の目”…、おそらくそいつが黒幕なのだろう。我々は、協力し合う必要があるな。ところで、もう一人の少女はどうしたのだ?」


 「最近できた同じ年の友達と、遊びに行っています。」


 「そうか…。高校生だったかな。」


 『4番ホームに、電車が到着します。白線からお下がりになって下さい。』


 ホームに流れる放送を聞いた晃(アキラ)は、仁(ジン)に慌てて質問をした。


 「俺は、どうしたらいいんだ?」


 『ガタンゴトン…、キーッ』


 「今は、彼女から目を離すべきではない。また話そう。」


 『プシュー』


 電車のトビラが開き、仁(ジン)の車椅子が転がり入っていく。そして振り返り晃(アキラ)を見つめると、右手をそっと上げ別れの挨拶をした。


 『プシュー。ブ〜〜ン、カダン、ゴトン』


 過ぎ去る電車の明かりが、地下鉄のホームをチカチカ照らす。晃(アキラ)は、仁(ジン)の乗った車両が見えなくなるまで目で追いかけた。



−繁華街−


 『バルーン』


 いつもと違い、手荒い運転で車の間を駆け抜けていくレム。


 『(;´ο`)ウ~ン:ね〜、どうしたの〜。今日、運転荒いよ〜。』


 レムの問いかけに返事もせず、晃(アキラ)はカラオケの駐車場にスッと入っていった。

 ロビーでは、音波(オトハ)と霞(カスミ)がダベっている姿が見える。


 『(´;ω;`)ウッ…:ね〜。』


 レムの声を気にもとめずに、晃(アキラ)は店内に入っていってしまった。


 「あっ。晃(アキラ)さん、どうしたのですか?」


 「あ…。その…、俺もカラオケしてみたいな…っと思って。」


 困惑する音波(オトハ)の前に、霞(カスミ)が割って入ってきた。


 「あなた、ただの知り合いなんでしょ〜? 音波(オトハ)のこと、つけてきたの?」


 「そういう訳じゃないんだ…。ほら、僕ら一緒にミッションもしているじゃないか。」


 晃(アキラ)が必死になればなるほど、その場の空気が淀んでいく。


 「そういうの、キモいよ。」


 霞(カスミ)は、音波(オトハ)の手を引き奥の部屋へ進んでいった。

 晃(アキラ)の様子を心配げにうかがいながら過ぎ去っていく音波(オトハ)の背中を見つめながら、晃(アキラ)は思わず舌打ちをしてしまう。


 「チッ」


 すっかり肩を落として出てきた晃(アキラ)を見て、レムが優しく声をかける。


 『(´∀`;)マ~マ~:さみしいね…。』


 「俺は、どうしたらいいんだ…。」


 『(*´ω`*)フ~ン:私が、ずっとそばにおるよ〜。』


 「何、言ってんだよ? 胸がザワザワするんだ。」


 『(*´∀`)ヘヘッ:不器用なんだから…。そうゆう時は、私をかっ飛ばせばいいのよ! 付き合うわよん!』


 「あぁ…、行こうか…。」


 晃(アキラ)がヘルメットに手をかけたとき、バイザーにブレザーを着た男の子がこちらを見ていることに気づいた。

 その子には見覚えがある。以前、高校の校門で見かけた、モブの男の子だ。イヤ…、はたしてそれだけだろうか…。気づいていないだけで、ずっと見られていたのではないだろうか…。

 今の晃(アキラ)には、不安による衝動を抑えることが出来ないようだ。

 地面を強く蹴り靴をコツコツ鳴らしながら男の子に詰め寄ると、突然胸ぐらをつかんだ。

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