第2話 不器用なトロンボーン
−郊外の複合施設にある立体駐車場の屋上−
ショートヘアーの少女が、トロンボーンを手に持ち空を見上げたたずんでいた。
何も無い青のキャンバスに、ゆっくり真っ直ぐのびる白い飛行機雲。
よけいな雑音は、はるか下の方に置き去りにして、自由という名の空に一番近いこの場所で、私は本当の私になるの…。
『ブォーーービーーー!』
『(`Д´#)ノ ムキー:下手くそかー!』
「レ〜ム〜! うるさい!」
昼寝をしていた晃(アキラ)が、不機嫌そうに起きてきた。
『(T∆T)シクシク:酷い! 私じゃないもん! 私のマフラーのが綺麗な音出せるもん!』
少女が駆け寄り、慌てながら謝ってきた。
「ごっ、ごめんなさい。ここなら誰もいないから、思いっ切り練習出来ると思って。」
『(´Д⊂グス:コチラの根暗なお兄さんはともかく、メタリックブラックの私に気づかないなんて〜。』
いじけるレムに、あたふたする少女、見るに見かねて、晃(アキラ)は優しく声をかけた。
「ラッパの練習してたの?」
「ラッパじゃありません。トロンボーンです。何でも出来る仮想空間なのに、ここには何も自由がありません。いくら練習しても、何のE'sも発動しません。いったいどういうことですか。それに……。」
淡々と愚痴を話し続ける少女に、少し面倒くさく思ったのか、頭をかきむしりながら晃(アキラ)は答えた。
「この世界の事を、何も知らないんだね。レム、教えてあげて。」
『(´゚д゚)エッ:私が! あ…、あのね…。 E'sの発動条件は、二つ。あなたの大切な物“媒体”と、あなたの心に残る情景よ。も〜、チュートリアルをしっかり確認してよね〜。』
少女は、腑に落ちないのかポカーンとした表情で返事をした。
「あなたも“媒体”なんですね。私の“媒体”は、このトロンボーンではないのでしょうか。あなたみたいに話してくれないし…。」
『(@_@;)ヌ~:“媒体”は、あくまでユーザーの大切な物だから…。じゃあ、情景を探してみたら。きっと何か反応があるわよ。』
晃(アキラ)がヘルメットを放り投げ、ドッジボールを受け止める子供の様にヘルメットを抱きしめた少女に向かい話しかけた。
「君、名前は? あと、何でトロンボーンが好きなの?」
「おっ、音波(オトハ)です。音楽が好きで、友達に誘われて吹奏楽部に入ったのですが、ご覧の通り全然ダメで…。」
晃(アキラ)は、レムにまたがりヘルメットをかぶると、頭を振り少女を呼び寄せた。
「俺は、晃(アキラ)。そしてこのワーワーうるさいバイクが、レムだ。よろしくな。」
『(゜o゜;エッ:ねぇ…まさか、手伝うなんて言わないわよね!?』
「お出かけしたいんだろ。」
『┐(´д`)┌ヤレヤレ:ハイハイ。お人好しなんだから…。』
「宜しくお願いします…。」
音波(オトハ)がタンデムシートにまたがると、晃はバイクをはしらせた。
−高校−
バイクのレムは、校門に置いてきぼりになるので、ふてくされていた。
『(ーдー)チエッ:つまんな〜い。』
「しょうがないだろ〜。今度、何処か連れてってやるから〜。」
「皆さん、ありがとうございます。」
レムをなだめ学校に入る二人。
仮想空間なので音波の高校でもなければ、ここにいる人達に関係するわけでもない。
あくまでログイン時に読み込まれたユーザー達の意識が具現化されたものだ。
それでもここにいるのは当然の如く高校生ばかりで、黒のライダースジャケットの晃(アキラ)は少しういている。
「晃(アキラ)さんが学校にいるの、何か…変な感じですね…。あっ、気を悪くしたらゴメンなさい。私、思ったことを口にしちゃうんです。」
もうしわけなさげに顔色をうかがう音波(オトハ)に、晃(アキラ)はにかみながらこたえた。
「ハハハ、僕も変な感じしてた。でも、ここは仮想空間だから、大丈夫だよ、ほとんどプログラムで動くモブさ。」
まだ、仮想空間に慣れていない音波(オトハ)は、目を丸くして聞いてきた。
「モブって、どうやって見分けるんですか?」
音波(オトハ)を見つめる晃(アキラ)の視線が、グラウンドに移り音波(オトハ)もそちらに視線を向けた。
「ほら、あそこの野球部。ずっと同じプレーを続けてるだろ。」
ピッチャーが地面を蹴りゆっくり構えボールを投げた。バッターが空振りをしキャッチャーがボールをピッチャーに返すと、またピッチャーが同じ動きで地面を蹴った。
その光景をみて、音波(オトハ)は口を開け大きく頷いた。
「ああ〜。本当ですね! 何か変!」
「中には本物もいて、遊んでたりするけどね。さあ、音楽室にでも行こうか。」
「ハイッ!」
-音楽室-
立派なグラウンドピアノが置かれていること以外は、他の教室と変わらなかった。
「わぁ〜。私の学校と同じだ〜。」
「さぁ。トロンボーンを吹いてみて。」
コックリうなずき、ケースからトロンボーンを取り出す音波(オトハ)。
大きく息を吸い、マウスピースに唇をあてがう。
『ブビィーーー!』
思わず苦笑いをした晃(アキラ)だが、音波(オトハ)の切なそうな表情を見て口角を下げた。
音波(オトハ)は、携帯をグラウンドピアノの上に置いた。
「皆と練習すると私が台無しにするので、いつも一人で動画を見ながら練習するんです。」
『♪〜ESCAPE〜♪、♪〜ESCAPE〜♪』
「あっ…、あれ…。あれっ。」
携帯から流れてくる曲に困惑する音波(オトハ)に、晃(アキラ)がたずねた。
「どうしたの? いい曲じゃないか。吹奏楽ではないけどね。」
「あれ…。壊れたのかな〜。勝手に再生してる…。触っても、いうこときかないし…、再起動も出来ないんです…。」
突然、晃(アキラ)が何かを察して音波(オトハ)の手を引き音楽室から出ようと扉に手をかけた。
「うるせーんだよ!」
音楽室の扉の外から、男の恫喝する声が聞こえてきた。
「しまった…。音波(オトハ)、ログアウトしろ。」
「エッ!? あ、エッ!? ろ、ログアウト!? あ、あれ、出来ない? あれ?」
得体のしれない恐怖から、声が震える音波(オトハ)。
「くそ…。ロックされたのか…。」
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