「OZ」

「これがフユの荷物なー!!」

「わわっ!」


 ティムールは客車の網棚あみだなからボストンバッグを引っ張り出すと、4人掛けの席のテーブルの上に豪快にぶちまけた。その勢いたるや凄まじく、細々とした色んなものが隣のテーブルの上まで飛んでいくほどだった。


「もう、もっと丁寧にしないと!」


「わりーわりー!」


「あ、僕はとくに気にしてないですから……」


 探索に行く前に装備を渡してくれるっていう話だけど……。

 こんなテキトーで大丈夫なんだろうか?

 何も知らないド素人とはいえ、少しいぶかしんでしまう。


「まずはこれ、防護スーツな、ほい!!」


「わっ」


 レーシングスーツみたいな分厚い服が僕の腕の中に投げ込まれた。

 結構重くて「うっ」と思ったら、ところどころに鉄板がついている。

 うへぇ、重いはずだよ。


「サイズはそれしかないから、うまい具合に合わせてなー!」


「雑だなぁもう……」


 防護スーツを広げると、袖にローマ字を重ね合わせた「OZ」と描かれたワッペンがついている。ふむ、オズマさんの名前からとったんだろうか?


「ティムール、このワッペンって?」


「おう、それ? 『OZオズ』、うちらの名前だぜ!」


「なるほど」


 オズ、オズマ……なんかどっかで聞いた気がする。

 ま、いっか。さっさと着ちゃおう。


 スーツの前を開け、袖を通して着ていく。

 だが、これが意外と苦労した。

 というのもこのスーツ、床においたら自立しそうなくらい生地が分厚いのだ。

 ついでに鉄板が縫い付けられているので、まるで伸びないし曲がらない。


 スーツの関節に自分の関節を合わせないと、着ることすら困難だ。

 これを作ったやつは自分で着てみたんだろうか?


「……フユくん、手伝うね」


「ん、ありがと、リカルダさん」


 僕の後ろに回った彼女がスーツをグッと持ち上げて着させてくれる。

 なんか子供に服を着せるみたいでちょっと照れくさい。

 スーツを手に持った時はすごく重く感じたが、着てみるとそこまで重くない。

 これなら普段と変わらない感じで動けそうだ。


「あ、後はこれ。オズマ様から。たぶんキミなら使い方がわかるだろうって……」


「うん?」 


 リカルダさんは黒い板状のものを僕に手渡した。

 スマートフォンみたいだけど、それにしちゃゴツイ。


 スマホならどちらかがガラス面になっている。

 でも、手渡されたデバイスは両面とも金属製で画面がない。

 本当にただの板って感じだ。


「……あっ、もしかして」


 僕は豪華なキャビンでオズマさんがやっていた仕草を思い出す。

 画面がないんじゃなくて、必要がないんだとしたら?


「――ビンゴ!」


 オズマさんがやっていたジェスチャーを黒い板の上で真似る。

 すると、空中に見慣れた操作画面が浮かび上がった。

 どうやら未来のスマホは空中に画面を出すようになったらしい。


「よーし! つぎがこれなー!!」


 テーブルの上に金属の塊が置かれ、「ゴトン」と鈍い音を立てた。

 Lの形をしたそれは映画やマンガでしかみたことのない――


「……え、ピストル?!」


「おう!! これくらいなら使えるだろ?」


「ムリムリ! ゲームなら使ったことあるけど……ホンモノはムリ!」


「うーん? ゲームで使ったならへーきじゃないのかー?」


「んな無茶な……ゲームと現実は違うよ」


「そっかー?」


「ティ、ティムール……フユ君がこう言ってるから無理に持たせるのはよそう? ほ、ほら、オズマ様も戦いは私たちに任せるって……」


「あ、そういやそうだったなー!!」


「……いや、一応持っていくよ」


「え、いいの?」


「うん、使うかどうかわからないけど、一応ね」


 オズマさんの話が本当なら、アンデッドは殺せない。

 だとすればピストルを持つ必要なんてない。

 でも、丸腰っていうのも不安だ。


 使える、使えないは置いといて、お守りとして持っておきたかった。


「よーし、つぎはこれだー!!」


 そうしてティムールは次から次へと僕に道具を渡した。

 リュック、ケトル、コンロ、ロープといったキャンプ用品から、

 包帯やホチキス、ハサミといったサバイバル用品まで。 


「こんなもんかなー!!」


「いやいや、こんなに荷物を持っていったら持ち帰るスペースがなくない?」


「あっ、そうだね……」


「だなー!」


「テ、テントみたいな大きいのは、置いていっていいんじゃない?」


「じゃあコレとコレを……」


 僕はリュックの中から不要な荷物を取り出していく。

 二度手間だけど仕方ない。

 コンロ、テントキットといった重めのものから取り出していった。


「さて、準備はこんなところかな? それで探索ってどこにいくんだい?」


「どこだろうなー?」


「え?」


「じ、実はその……とくに決まってないんだ。オズマ様が汽車を止めて、そこを探してる感じで……」


「つまり、でたらめってこと?」


「そうともいうなー!!」


 ティムールは隠しもせず、ケラケラと笑っている。

 そ、それって本気で言ってるの?


「はぁ……廃墟の中を当てずっぽうに探してるってこと? それでアンデッドの秘密が見つかるのかなぁ」


「あ、当てずっぽうじゃないと……お、思うよ。オズマ様が探せっていった場所ではいろいろなものが見つかるし……」


「二人はこれまでそうやって探しものをしてきたのかい?」


「う、うん。フユ君を見つけたのもオズマ様が言ったからなんだ」


「僕を見つけたのも?」


「だぜー!」


 ふーむ……どういうことだろう。

 僕はただ、あそこで目覚めて電車の中にいただけなのに……。


 たまたま? 偶然にしてもそんなことってあるかな?

 彼女には何かこう、欲しいものを探し当てる嗅覚みたいなモノがあるんだろうか。

 なんだろう……オズマは何か大事なことを僕に隠してる気がする。


 ふと車窓から外を見ると、後ろへ流れていく廃墟の風景が遅くなっている。

 汽車がその速度を落としているのだ。


「……どうやら新しい目的地についたみたいだね」


「フユの初仕事だなー!!」


「お手柔らかに頼むよ」


 ブレーキが甲高い悲鳴を上げた後、

 蒸気が抜けるような音がして機関車が止まる。

 降りろ、という事らしい。


「どうか何事もありませんように……」


 リュックを背負った僕は、ピストルをポケットにつっこむ。

 そして何事も起きないことを祈りながら、客車の出入り口に向かった。



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