ブラックドッグ

「わー……すっかり寂れてるなぁ」


 僕の目の前に広がる光景は、世界の終わりと言って差し支えない。

 都市は完全な廃墟はいきょとなっていた。

 もはや原形を想像するのも難しい、半壊したビルばかり並んでいる。


 文明の墓標となったビルは、ひび割れだらけの道路を見下ろす。

 そこには動かなくなった車が列をなし、いくら待っても絶対に解消されない渋滞をつくっていた。


 世界はすっかりブチ滅んでしまったようだ。

 見るもの全てボロボロで、過ぎ去った時間を懐かしむこともできない。

 何もかもが役目を終えて後は消え去るだけ。

 埃っぽい灰色の世界を通り過ぎた僕は、ふとそんな気がした。


「フユ、そこクギがあるから気をつけろよー!」


「っと……ありがと」


 廃墟をいく僕をティムールが先導する。

 そしてリカルダさんは僕の横にいる。

 見張りをかねた護衛ってところなんだろうか。


 僕が視線を送ると、彼女は目をしぱしぱとさせる。

 何か言わないと。

 そう思ったのか、すこしきまり悪い感じで他愛のない話題を切り出した。


「えっと、昔と比べると……どう?」


「昔と比べると? そうだなぁ……」


 そう問われた僕は顔を上げ、周囲を見回してみる。

 建物の感じはほとんど変わらないが、自動車の形は結構違う。

 全体的に丸っこくて、車体の後ろのほうが大きい。


 僕が知っている自動車はもっとシュッとしている。

 エッジがたっていて、カッコよさを目指したデザインだったはずだ。


 しかし、廃墟に残っている車はどちらかと言うと……。

 軍用車のように実用本位という雰囲気を感じる。

 無駄な装飾が省かれ、似たりよったりの色と形をしているからだ。


「……?」


 そこで僕はふと、奇妙な事に気がついた。

 どの車にも同じような機械が後ろについている。


 未来の車はエンジンを後ろにつけるようになったのか?

 でも……何か妙だ。


 エンジンにしてはあまりにもシンプルすぎるのだ。


 僕が知っているエンジンはそう……もっとごちゃごちゃしている。

 無数のパイプが迷路の中、雑多なパーツがところせましと押し込まれている。

 そんなイメージだ。


 しかし廃墟に転がっている自動車のエンジンは違う。

 空になった鍋のようなものがポンとくっついているだけだ。

 まるで、調理器具か何かのような……。


「どうしたの?」


「あ、いやなんでもないよ。僕の知ってる東京とはちょっとちがうかな。今って何年くらいなんだろう?」


「えーっと、確か……」


「しっ!」


 僕らの前を行っていたティムールが声を飛ばす。

 ハッっとなって彼女(?)の方を見ると、瓦礫の間で姿勢を低くしていた。


 ティムールの服はいくつもの鉄板がぶら下がっている。

 姿勢を低くするとそれが重なり合って、灰色の瓦礫とすっかり同化していた。


「な、なに……?」


「ブラッグドッグだ。やっちまうかー?」


「ワンちゃんがいるってこと? 何もそんな可哀想なことしなくても……」


 僕はティムールを真似るように背を低くする。

 そして瓦礫に寝そべっていた彼女の肩越しに前方を覗き込んだ。


「……え?」


 左右を廃墟に囲まれた道路の上にいるのは3頭の犬。

 ブラックドッグという名前の通り、全身真っ黒の毛並みをしていた。

 体は猟犬のようにスマートで、筋肉質なのが離れていてもわかる。


 黒い犬だから「ブラック・ドッグ」。これはわかる。何の問題もない。

 でも、そこから少し視線を上げると……問題しかない。


 本来、頭があるべき場所に頭がないのだ。

 代わりに、銀色に光るブレード状の爪が伸びていた。


 そういえばオズマさんが言っていた。

 「アンデッドは頭を潰されても死なない」って。


 頭がなくなれば普通の生物は死んでしまう。

 でもアンデッドは死なない。


 だから普通の生物なら死んでしまう改造ができる。

 僕の眼前にいるブラックドッグのように。


 うん、それはわかる。すっごい納得。

 でもさ、特性の利用の仕方がエグすぎるぞ?!

 僕の想像のはるか上をいく悪意だぞ!?


「あれって、そういう意味だったのね……」


「うん? どうしたのフユ」


「いや、なんでもないよ。とりあえず前言撤回。あれは何とかしないと」


「だろー?」


「避けるのは……無理か。目的地はこの先だもんね」


 僕はポケットから黒い板を取り出して空中に画面を表示した。

 端末によると、僕たちの目的地はこの先にある建物だ。

 そしてブラックドッグは建物までの道を塞いでいる。


 回避するにしても、その酒の道が安全とは限らない。

 戦うほうがかえって安全……か?


「パパっとやっつけるから大丈夫だって!」


 再度ティムールが戦いを始めるようにせがむ。

 地団駄をふみ、すこしイライラした様子まで見せている。


 うーん、彼女がそういうなら、大丈夫かな?


 一方、僕のそばに控えているリカルダさんは不安げだ。

 あまり危険を冒したくないのだろう。


 さて……どうするか。


「ここは――ティムールに任せるよ」

「よっし、まかせな!」

「き、気をつけてね……」

 

 ティムールはリカルダさんに返事をするかわりに獰猛に笑う。

 刹那、彼女は弾けるように道路におどり出た。

 ブラックドッグもそれに気付き、頭部のブレードが踊り狂って風切音が舞う。


 僕はじっとして、ポケットに入ったピストルに手をそわせた。

 このまますべてが終わるのを待とう。

 どうか、平穏無事に終わりますように……。





※作者コメント※

少しずつ狂った世界の片鱗が…

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