腹ペコタイガー

 ティムールは、ガレキの陰から騒々しく飛び出した。

 彼女が地面をけると、服の鉄板がバタバタと打ち鳴らされる。

 当然、ブラックドッグは異変に気づく。


 襲撃を察知したブラックドッグたちは、1頭をその場に残して左右に散開した。

 三方向からティムールを囲むつもりに違いない。


「――危ない!」


 ブラックドッグは頭部に生えたブレード状の牙を高速で回転させる。

 唸りを上げ、異様な風切音をさせながら3つの黒い影がティムールに迫った!


「ッハハァッ!!」


 ティムールはそのまま突撃するかと思いきや、その場で地面を蹴って砂地に踵を食い込ませる。姿勢を低くすると、ショットガンを抱くようにして発泡した!


 ショットガンのドン、という発砲音は映画やテレビで聞くそれとは違った。

 腹にくる重低音は質量を持ち、耳を殴られるようだ。


 不思議なことに、彼女のショットガンから飛んでいく弾が僕には見えた。

 無数の黒い影、散弾がティムールの前方に飛んでいく。

 散弾は正面にいたブラックドッグを覆いかぶさるように襲った。


 散弾の威力は凄まじかった。

 ブラックドッグの脚をもぎ取り、腹をえぐり飛ばす。

 たちまち黒犬は赤い煙になってしまった。


<ギャンッ?!>


「すごい威力……!」


「まずはひとーつ!!」


 残り2体となったブラッグドッグだが、怯む様子はない。

 鏡合わせのように動きを合わせ、ほぼ同時のタイミングで飛びかかった!


「おー!?」


 すれ違いざまにブラックドッグは頭部の爪でティムールを切り裂く。

 牙が鉄板をこすり、オレンジ色の火花が散って僕の目に光が焼き付いた。


 鉄板には深々と削り取られた跡が残っていた。

 生身の部分に受けていたらひとたまりもなかっただろう。


 だが、ティムールもやられっぱなしではなかったらしい。


「ちぇー! しくったかー!」


 いつの間にやったのか、ティムールの足元に生々しいブラックドッグの脚が落ちていた。すれ違いざまに脚を切り落としたようだ。


「ウソ?! あの速さで動いてた相手を……何も見えなかったよ!?」


「ね、ティ、ティムールは強いから……」


 いや待て、彼女はナイフなんか持ってなかったはずだけど……。

 そう思ってもう一度彼女を見ると左手が赤く染まっている。

 素手でやったのか? いくらなんでも規格外すぎる?!


「今度はこっちからいくぞー!」


 右前脚を奪われ、ケンケン・パの要領で動いていたブラックドック。

 動きの鈍っていたそいつにティムールが肉薄する。そして――


「食わせろー!」


 ティムールの胸あたりから影絵のような真っ黒な口が飛び出して、「バツン」とブラックドッグの体の上で咬合する。影が通り過ぎた後、黒犬の頭から胴体にかけての生身の部分は完全にえぐり取られていた。


 つながれるべき胴体を失い、鋼の牙が地面に突き刺さる

 カラカラと音を立てる金属の残骸と、足の一部だけがその場に残っていた。


「なにあれ?!」


「あれはティムールの異能だよ。オズマ様は『爆食』っていってたけど……」


「異能? 爆食?」


「うん。僕たちアンデッドは元の自我に関係した能力が使えるんだって。

 オズマ様がそう言ってた」


「じゃあリカルデも?」


「わ、私のは……そんな役にたつものじゃない、かな」


 そう言って彼女はしゅんとなってしまった。うーん……自信をなくしてるようだけど、アレに比べたら、大抵のものは見劣りするんじゃないかな……。


 その後、戦いはすぐに決着がついた。3体でも敵わなかったのに残っていた1体でティムールをどうこうできるはずがなかった。


 コンクリートを切り裂く牙も、鉄板で覆われたティムールには届かない。黒いアギトで全身を体を食いちぎられ、戦いは早々に終わった。


「うーん、腹減った!!」


「あれだけ食べたのにまだお腹すいてるの……?」


「ダメダメ! アレ使うともっとハラへるんだよなー!」


「へ? 食べてたのに?」


「フ、フユ君。ティムールの『爆食』は、使えば使うほどキガ感っていうのが増すんだって。オズマ様がそう言ってた……」


「食べれば食べるほどお腹が減るってこと? なんだかヘンテコだなぁ……」


 どうやらティムールの異能というのは、そこまで万能じゃないらしい。

 相手を食べることができるけど、逆にお腹が減るなんて変な話だなぁ……。


 なんていうか、意味が「ねじれ」てる。

 僕はふと、そんな気がした。



★★★


「美食は剣よりも多くの人々を殺す」フランスのことわざ


ティムールの異能「爆食」は、有機物に対して「食べる」という効果を発揮する。

異能が発動すると、彼女の肉体のいずれかの部分から黒いアギト(あご)が発生し、対象に噛みつこうとする。アギトが咬合に成功すると、アギト内の物体は消滅する。

消失させた対象のサイズに応じて、ティムールは飢餓感を得る。


有機物の対象はC(炭素)を含む化合物で、その形態は問わない。

石油のような液体、天然ガスのような気体であっても「爆食」は有効。

対象が有機物である場合、全ての防御は無効化される。防弾チョッキ等の素材として用いられるアラミド繊維も有機物のため、「爆食」からは防護されない。


反面、無機物が相手の場合、その能力は減衰、あるいは完全に無力化されてしまう。

例としては金属類、ガラス、水などである。またグラファイトやダイアなどの炭素同位体も無機物であるため「爆食」を無力化する。

また先進的な軍用品や戦闘ロボットは、無機繊維であるカーボンファイバーを用いている。そのため「爆食」はロボットやハイテク装備に対しても無力である。


異能性能(A~Eの範囲)

射程E(密着の必要あり)

威力B(対象が有機物の場合、防御性能を完全に無視する)

精度C(アンデッドの性能に依る)

コストD(使用とともに強い飢餓感を覚える)

速度A(アギトの咬合で即時に効果が発動する)

応用性B(有機物全般に対して強力だが、無機物に無力化される)


★★★



※作者コメント※

異能解説タノシイ…タノシイ…

これがやりたかった(ツヤツヤ

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