決して死なないモノ


「アンデッドを……殺す? もしかして僕たちって死なないんですか?」


 オズマさんはゆっくりと頷き、言葉を続けた。


「私たちは死なない……いや、『死ねない』が正しいわね。アンデッドはそう簡単に死ねないの。映画のゾンビは頭を潰されたり細切れにされたら一応の死を迎える。けど、私たちはそうじゃない」


「死ねないって、そこまで……? バラバラにされても平気ってことですか?」


「えぇ。焼かれて灰になったとしても、廃墟のどこかで肉体と自我はまた再現される。全く同じ存在としてね」


「……もしかして、僕が目覚めたみたいに?」


「御名答。」


「なんだそれ……そんなのまるで――」


「地獄みたいな話でしょ?」


 オズマさんは僕が言おうとした言葉をそっくりそのまま継いだ。

 まさにその通りだ。


 こんなボロボロの世界で生き続けろなんて……。

 地獄に落とされたのと変わらないじゃないか。


 あっ、もしかしてオズマさんは……。


「オズマさんは、自殺の方法を探してるってことですか?」


「……」


 僕がそう言うと、彼女はあっけにとられたような顔をしていた。

 だけどすぐにその小さな顔をほころばせると、蠱惑こわく的に笑った。


「あらあら、私、そこまで殊勝じゃないわ」


「フユってすげーこと考えるな!!」


「でも、その気持、ちょっと……わかるかも」


 ティムールはゲラゲラと笑い、リカルダは肩をすくめてちじこまる。

 少女たちの主人のオズマは、その間で微笑んでいた。


「いきなり手枷てかせをつけさせられて、腕を斬り落とされたんですよ! ここまでメチャクチャなことされて、自殺を考えないほうがおかしくないです?」


「……それは確かに一理あるわね。リカルダ、外してあげて」


「え、いいの?」


「ここまで自我がハッキリしているなら、彼はギタイじゃないわ。何の問題もないから、楽にさせてあげて」


「う、うん!」


「さっきも聞きましたけど、そのギタイってなんです?」


「ギタイ……簡単に言うと、敵ね」


「わぁ、わかりやすい。」


「そんなことはわかっている。もっと詳しく説明しろっていう顔ね?」


「はい」


「なかなか好奇心旺盛ね。そういう子、きらいじゃないわ」


 オズマさんはキャビンのテーブルをたたく。

 すると浮かんでいた画面のひとつが僕の方に向いた。


 その画面には、なんとも例えようのない物体が映り込んでいる。

 ブリッジした人間がオモチャ箱に頭を突っ込んで、

 体の半分をイヌと取り替えた感じといえば大体正しいだろう。


 どうみても怪物だが、生物かと言うとそれも怪しい。

 車や家電といった機械や、建物の一部が怪物の体を補っているからだ。

 これがギタイなのか?


「クリスマスに浮かれすぎて、廃品で作ったクリスツリーにぶつかって合体しちゃったイヌ人間ですか?」


「大体そんなところね。これはギタイの最終段階だけど、こうなる前は、ほとんど私たちと変わらない見た目なの」


「これが……?」


「ギタイは自我の再現に失敗したアンデッドよ。最初は私たちと変わらない見た目だけど、何かのきっかけで自我が崩壊していくと、こういう姿になるの」


「何かのきっかけ?」


「自我が持つトラウマが刺激されたとか……。あるいは元々の自我が曖昧だったりするとこうなるみたいなの」


「自我の再生は完璧じゃないってことですね」


「鎖の理由がわかったかしら?」


「はい。少し心もとない気もしますけど」


「さて……話を最初に戻すわね。私たちアンデッドは死ねないと言ったのを覚えてる?」


「はい。あっ――」


「そう、アンデッドは『死ねない』。破壊しつくしたとしても、いずれ廃墟のどこかで再現される。それは話の通じない敵……悪人やギタイも同じなの」


「さっき教科書や小説の人物が再現されてるって――まさか……とっくの昔に死んだはずの殺人犯や犯罪者も、アンデッドとして再現されてるってことですか?!」


 オズマさんは僕の声に対し、静かに、深く頷いた。

 再現された死人は、善人だけじゃなかったのか……。


「オズマさんがアンデッドを殺したいっていうのは、それが理由ですか」


「私は知りたいの。

 どうしてこの世界に生み出されたのか?

 どうしてお互い殺し合うのか?

 その理由をね」


「…………」


「貴方もそれを知りたくない?」


 僕の頭の中は混乱している。

 あまりに多くの情報が注ぎ込まれたせいだ。

 どうしたらいいのか判断できない。


 いや、これが狙いか?

 僕の協力の言質げんちを取るために

 わざと混乱させてる?


 だけど、彼女がそんな悪辣な存在には見えない。

 どこか人間離れした感覚はあるけど、悪人には見えない。


 ……すこし、ブラフをかけてみるか。


「思ったんですけど、もしこの世界で唯一死を扱える存在になったら、チョビヒゲの独裁者よりひどいことになりません? 誰もそいつに逆らったりできませんよね?」


 彼女は黒刀から片手を離すと、口を隠すようにして笑った。


「そうね。そのチョビヒゲの独裁者って人が誰か知らないけど……。悪人がその方法を先に見つけたら、私たちは服従するしかないわね?」


 ……あ、たしかに!!!!

 ブラフどころか、ただ墓穴掘っただけだコレ!!!


 だめだ、オズマさんのほうが僕より頭の回転が早い。

 下手に交渉とかしないほうがいいな……。

 ただただ、彼女の機嫌を損ねるだけになってしまう。


「それで、僕は何をすれば?」


「前向きな話ができて何よりだわ。話は簡単よ。廃墟を探索してアンデッドの秘密を探ってほしいの。本、書類、データ、どんな些細なものでも集めてほしいわ」


「……外にはギタイとか悪人とかいるんですよね?」


「もちろん。でもあなたにヘラクレスみたいな活躍は期待してないわ。戦いはティムールやリカルダに任せて」


「おー!」「え、わたしも?!」


「あなたにとっても悪い話ではないと思うわ。何も知らないこの世界をあなた一人で生きていけると思う?」


「脅しですか?」


「いいえ、提案よ。貴方が望むなら、ここで途中下車したとしても私は一向にかまわないわ」


「…………はぁ。」


「決まりね」


 世界は滅んだ。しかし、僕は墓に入り損ねてしまった。

 その罰なのか、僕は終わった世界で死んでも働かされるらしい。


 それも――かなり危険そうなお仕事で。


 黙示録世界においてもブラック労働というヤツは死なないのか?

 世界を滅ぼしたヤツは、どうしてこいつにトドメを刺さなかったんだ。

 まったくひどい話だ……。





※作者コメント※

世界観パートは一旦ここまで。

次話から本格的な本編開始となります!

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