死後の世界?

「とっくの昔に死んでるって……じゃ、じゃあ、ここって死後の世界?!」


「いいえ、間違いなく現実よ。私たちにとってはそうではないけど」


「私たちにとっては……?」


「さて、まずは歴史の話をしましょうか。といっても、まだわかってない部分も多いのだけど」


 そういってオズマちゃん……いや、さんだな。

 どうみても年下だけど、ちゃん付けできる感じじゃない。

 見た目はともかく「中身」は僕よりもずっと年上に感じる。


 オズマさんはコツコツと細い指で机の上をたたく。

 するとキャビンの空中に光る画面が表示された。


 表示されているのは、パソコンの画面っぽい。

 どうやら未来のパソコンはモニターもキーボードも無いのが流行りらしい。


「わー、すっごいハイテク」


「フフ、こんなのオモチャみたいなものよ。アンデッドにくらべたらね」


「アンデッド?」


「えぇ、私たちのことよ」


「あ、僕たちって、もう死んでるんでしたっけ。そんな実感は全然ないけど……」


「そうでしょうね。生きていることに違いはないから」


「??? 僕たち死んでるんですよね? でも生きてるって……うん???」


「蘇生させられたのよ。どこかの誰かさんに」


「えっ?」


「どうもこの世界にいた人間はみんな消えてしまったみたいなの。それで人間のかわりに置かれたのが私たち」


「人間のかわりに?」


「そう。何か大事件があったみたい。ま、外の様子を見ればわかるわよね」


「まぁ……盛大にブチ滅んでますからね」


 客車の窓から見える世界は、灰色で色がない。

 まっ昼間にも関わらず、見たことがないくらいに暗かった。

 僕の記憶にこんな光景はない。


「廃墟に残るいくつかの記録によるとね……。世界がこうなる前の科学技術の発展は凄まじいもので、遺伝子の解明の次に、人間の自我を解明するに至ったらしいわ」


「自我の解明……?」


「ヒトの心は長い間未知の領域だったの。人の心があると思われていた脳神経は宇宙や深海と同じように、科学的に調査することが困難な場所だったからね」


「頭を切り開いたら、フツー死んじゃいますもんね」


「まぁ実際のところ、心は頭の中に無かったんだけどね」


「へ?」


「なんでもないわ。説明すると長くなるから、要所だけかいつまむけど――自我の解明により、死人の自我を再生することが可能になったの。それどころか、物語や歴史上の人物すら、実在の人物として作り出せることができるようになったの」


「え……じゃあ僕は――」


「たしか、フユくんって言ったわね。キミはとっくの昔に死んでしまったか、それとも教科書かある小説の登場人物か知らないけど……とにかく、アンデッドとして再現された存在ってこと」


「再現された……? いったい誰がそんなことを?」


「さぁ?」


「さぁって……」


「本当にわからないのよ。私たちもフユくんと同じように、廃墟で目覚めたから」


「再現とかなんとか、アンデッドって言われてもなぁ……」


「信じろって言われても難しいわよね……。実際にやってみせたほうが早いかしら」


「えっ?」


 オズマさんはおもむろに細長い真っ黒な刀を取り出した。

 そしてそれを僕の腕に振り抜いたのだ!


<ザシュッ!>


「わぁぁぁぁぁぁぁぁ?!」


 振り抜かれた刃は僕の上腕を通り過ぎ、上品な木目の壁を鮮血が汚した。

 ボトリ、と床に腕が落ち、床に血液が滴り落ちていく。


「腕が、腕が! あ、れ……?」


 腕を落とされたというのに、まったく痛くない。

 それに僕の心臓はこんな事が起きたというのに脈打ちもしない。

 まるで、もう死んでいるような。これはいったい……?


「あなたの体は、もうヒトのものとは違うの。純然たる『モノ』。モノの上にあなたの自我が乗っているだけ。その証拠にあなたはこうして腕を切り落とされても修復できる。リカルダ、彼の修復をお願い。」


「……あ、うん!」


 呆けたようになっていたリチャードがビクッとなり、僕の腕を拾い上げた。

 彼はそのまま僕の腕を切り落とされた場所に押し当てた。


「ちょっと待ってね。あとはこれを……」


 彼はたてがみの中を探ると、何かの瓶を取り出す。

 そして中に入っていた謎の液体をぐらつく切断面に振りかけた。

 すると間もなく、刀で切り落とされた腕は元通りにくっついてしまった。


 もし僕が人間なら、切り落とされた腕はこんな簡単にくっつかない。

 まるでタチの悪いホラーのようだ。


 なんなんだ? まったく意味がわからない。

 いったい僕の体はどうなってしまったんだ?


「モノとかなんとか……つまり僕の体はロボットってわけですか? ロボットにしてはなんていうかその……生々しいですけど」


「ロボットともいえるかもね。私はフランケンシュタインの怪物だとおもうけど」


 フランケンシュタインの怪物、か。

 冗談にしても笑えない。

 目を覚ましたらなにか別の……存在にされるなんて。


 怪物、という言葉は飲み込んだ。

 心の中だとしても、それを言うとなにか良くないことが起こりそうだったから。


「フユくん、大丈夫? その……びっくりしたよね?」


「あぁ、うん。あんまり平気じゃないけど、平気だよ」


「ごめんなさい。ちょっとショックが強すぎたわね。でもこれが一番てっとり早くて」


 オズマさんは黒刀の柄頭に両手を添えて杖のようにした。

 その雰囲気はどことなく威圧的だ。


「さて、私たちの目的について話しましょうか。といっても、目的はシンプルよ」


「……?」


「私たちアンデッドがなぜ生まれたのか。そして……殺す方法を知りたいの」





※作者コメント※

切断箇所の修復のイメージはバイオ村のイーサンと同じです。

これでよし!(よしじゃないが)

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