第36話

柱時計が二十一時三十分を告げてから

私達は応接室を後にした。


部屋に戻って、

佐藤がシャワーを浴びている間、

私はベッドの横の床に布団を敷いた。

そしてその上にごろんと寝転んだ。

高い天井は無機質な灰色のコンクリートが

剥き出しになっていた。


変な建物。

改めてそう思った。


主である大烏の部屋と厨房に関しては

わからないが、

一階には廊下にも部屋にも窓がない。

一方、二階には窓はあるが、

廊下の窓は中庭に面していて、

部屋の窓には鉄格子が付いている。

つまり外に繋がる出入り口は

玄関だけだった。

まるで人を閉じ込めておくために造られた建物。



しばらくして

頭にタオルを巻いた佐藤が出てきた。

「どうぞ、三ノ宮さん」

「あっ、大丈夫です。

 明日、起きてから浴びます」

「あら?

 布団を敷いたのね。

 ベッドで一緒に寝ても良かったのに」

それから佐藤は私に向かって妖しく微笑んだ。

冗談とわかっていても私はどきりとした。

「そ、そういえば佐藤さんって

 下の名前は何ておっしゃるんですか?」

私は動揺を隠すため、

咄嗟に思い付いたことを口にした。


「明菜(あきな)よ。佐藤明菜」

佐藤は短い髪を拭きながら

ベッドに腰掛けた。


もっと中性的な名前を想像していた私は

思いのほか女性らしい名前に

肩透かしを食らった気分だった。

それでも私は

「素敵な名前ですね」

と応えた。


「今日は慣れないことばかりで疲れたでしょ?」

「い、いえそんなことはないです」

私はすぐに否定した。

そもそも疲れるような仕事は

何もしていないのだから。

「でも明日からは大変よ。

 お客様をもてなすって気を遣うでしょ?」

私は小さく頷いた。

「佐藤さんは雇い主の大烏さんとは

 昔からのお知り合いなんですか?」

私は夕食の時、

佐藤が雇い主の大烏の部屋から

ワインを拝借してきたことが気になっていた。


「あら。もうこんな時間」

そう言って佐藤は部屋の時計を見た。

「明日はゲストの方々が

 何時に来るかわからないから、

 そろそろ寝ましょうか」

「は、はい」

最後は上手くはぐらかされた気もするが、

私は素直に布団に入った。

「じゃあ電気を消すわよ。おやすみ」

「はい、おやすみなさい」

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