第37話

昼間のタクシーでのうたた寝のせいか、

布団に入ったものの私は一向に眠くなかった。


しばらくするとベッドの方から

規則正しい寝息が聞こえてきた。


私は夕食後に聞いた佐藤の話を思い返した。

私と佐藤はどこか似た体験をしている。

佐藤は親友が海外へ。

私は落葉ちゃんがどこかへ。

佐藤は仲の良かった患者が自殺した。

落葉ちゃんはおそらく死んでいるだろう。


その時、私は佐藤の未来を覗いてみたい

という衝動に駆られた。

この性別をも超越した麗人の未来に

立ち塞がる障壁がどれほどのモノか

興味を引かれたのだ。

私はそっと起き上がり、

布団の上で胡坐をかいた。

丁度ベッドで寝ている彼女の横顔が正面に見えた。

静かな寝息と共に、

彼女の胸が小さく上下に動いていた。

私はゆっくりと目を閉じた。


 いつの間にか濃い霧が一面を覆っていた。

 私は自分がどこにいるのかわからなかった。

 前も後ろも右も左も上も下も

 全てが霧に包まれていた。

 霧が私の全身を包み込んでいた。

 このままでは霧に取り込まれてしまう。

 私はその霧の中から抜け出そうと足掻いた。

 霧が口の中に侵入してきた。

 苦しくなった。

 息ができない。

 どれほど時間が経ったのだろう。

 その時、

 ふっと突然、何の前触れもなく霧が晴れた。


視界のすべてが白に覆われていた。

私はぐるりと見回した。

どこを見ても白だった。

何もない。

一面の白の世界。

私は恐る恐る足を踏み出した。

足の裏がしっかりと地面を捉えた。

そのまま真っ直ぐに歩いた。

方向感覚もなくどこまで歩いても

状況は変わらなかった。



私は目を開けた。

初めてミた光景だった。


たしかに平穏な人生を歩む人間は少なくはない。

しかしその場合は

霧が晴れずに

霧の中に沈み込んでいくような映像をミる。

今ミたビジョンは

それとは明らかに異なっていた。


私は布団に横になった。


佐藤の未来には何があるのだろう。

しかし。

いくら考えても答えは出てこなかった。


私は佐藤の寝息を子守歌に

いつしか眠りに落ちていた。

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