第27話

「厨房は大神さん以外は立ち入り禁止なの」


食事の後片付けをしようと席を立った私に

佐藤がそう言った。

佐藤曰く、

大神は几帳面なので

料理から後片付けまでの一切を

自分一人でしないと気が済まないのだそうだ。

驚くことに厨房には主である大烏でさえも

入ったことがないという話だった。


入るなと言われたら入りたくなるのが人の性だが、

とにかくこれでまた一つ

仕事が減ったことになるわけで、

私にしてみれば有り難いことだった。



私達はふたたび応接室に戻った。


応接室の柱時計が十九時を告げた。

その鐘の音が鳴りやまぬうちに

扉が開いて現れたのは桧垣だった。

桧垣は相変わらず気難しそうな顔をしていた。

私は自然とソファーから立ち上がった。


桧垣は手に数枚の紙を持っていた。

そしてテーブルにそれらを置いた。

鐘の音が止んでから桧垣が口を開いた。

「これは明日のお客様のリストです。

 名前が書いてあるので一通り目を通して

 しっかりと頭にいれておくように」

そう言って桧垣は私に鋭い視線を向けた。

私は「はい」と神妙に頷いた。

それを確認して桧垣は話を続けた。

「今夜はもう仕事はありません。

 この後は自由に過ごすといいでしょう。

 ただし二階のゲストルームと、

 一階の旦那様のお部屋には

 決して入らないように。

 それと。

 明日の朝食は七時に食堂です。

 遅れないように」

それから一呼吸おいて、

「では私は部屋に戻るので、

 あとは佐藤さんにお任せします」

そして桧垣は応接室から出ていった。


桧垣が出ていくと

部屋に張り巡らされた緊張の糸が

プツンと切れるのを感じた。

私はソファーに体を沈めた。

そんな私をみて佐藤は「ふふっ」と笑った。

私は大きく息を吐いて、

テーブルの上の紙を手に取った。



ふたたび応接室のドアが開いた。

ステンレスワゴンを押した大神が入ってきた。

「ロイヤルミルクティーを淹れたのですが、

 構いませんか」

大神は静かな動作で

テーブルにカップとポットを置いた。

「茶葉はロンネフェルトのウバです。

 ミルクティーに使った牛乳は

 今朝『BreadBlood』でバゲットを買った際に、

 お店の方のご厚意で分けて頂きました」

大神はそれだけ言うと

すぐに部屋を出ていった。


私はポットを手に取って、

二つのカップに注いだ。

甘いミルクの香りに混じって

爽やかな香りが部屋全体を包み込んだ。

私は懐かしさを感じた。


佐藤がカップを手にするのを確認して

私もカップに口を付けた。

優しいミルクの風味の中に

深いコクと若干の渋みを感じた。


その時、私は桐壺亭の先輩が

「アールグレイさえ出しておけば

 うちに来るような客は大抵満足するんだ」

と裏で悪態をついていたことを思い出した。


私はカップを片手に配られた紙に目を落した。

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