第25話

それからしばらく私達は

紅茶を片手に世間話に華を咲かせた。


私が忌寸市に住んでいることを知った佐藤は

「そういえば忌寸市には

 有名な探偵がいるらしいわね?」

と興味津々に体を乗り出してきた。

大神にも聞かれたが、

私にはまったく心当たりがなかった。

佐藤は「そうなの」と

特別がっかりとした様子もなく

紅茶を啜った。


話題が明日の集まりのことになると

佐藤は詳しくは知らないと

前置きをしてから続けた。


佐藤が言うには明日は

大烏亜門の贔屓にしている

バーの常連客の集まりで、

客の一人がスウェーデン土産の

「シュールストレミング」

を持ってくるのでそれを皆で食べる

というのがその主たる目的であるらしかった。

ただの旅行土産を皆で集まって食べるだけ

ということに対して私は首を傾げたが、

それは佐藤も同じようだった。

そしてその

「シュールストレミング」が

ただの缶詰だと聞かされて

私はますます理解に苦しんだ。



ふと部屋の柱時計を見ると

十八時になろうとしていた。

あれから桧垣が顔を見せることはなく、

大神に至っては最初の顔合わせから

一度も姿を見ることはなかった。


「何かしなくてもいいんでしょうか?」

この状況はとても仕事に来たといえない。

いくら佐藤が許しているとはいえ、

さすがに私は心配になった。


その時、

応接室のドアが開いて大神が現れた。

私は慌ててソファーから立ち上がった。


「夕食のご用意ができたので食堂へどうぞ」

「あら、もうそんな時間ですか」

「今日は皆さんも疲れたでしょうから

 早く食事を済ませて

 後はゆっくりと過ごされたほうが

 宜しいかと思いまして。

 今夜は明日の夕食の食材の

 残り物で作った手抜き料理ですが、

 『BreadBlood』

 のバゲットを買っていますので、

 お許し下さい」

そう言って大神は小さく頭を下げた。

まるで客を案内する給仕のような立居振舞いに

私は自分が仕事に来たことを

忘れてしまいそうになった。


そしてもう一つ。

こんな状況でこの先、

私に死の運命が待ち構えていることが

とても信じられなかった。

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