二部 飛行機墜落事故?

第7話

小学校一年生の時、

私の人生を一変させた事件があった。

その事件もまた

私の不思議な力が私にミせた悲劇だった。

そして

私の心の傷がまた一つ増えたのだった。



ある夜、

寝るのをぐずっていた私のベッドの横で

母が子守唄を口ずさんでくれていた。

徐々に私の意識は深い闇の中に沈み込んでいった。


 いつの間にか濃い霧が一面を覆っていた。

 私は自分がどこにいるのかわからなかった。

 前も後ろも右も左も上も下も

 全てが霧に包まれていた。

 霧が私の全身を包み込んでいた。

 このままでは霧に取り込まれてしまう。

 私はその霧の中から抜け出そうと足掻いた。

 霧が口の中に侵入してきた。

 苦しくなった。

 息ができない。

 どれほど時間が経ったのだろう。

 徐々に霧が晴れて視界が鮮明になってきた。


気が付くと私は見知らぬ場所にいた。

多くの人々がせわしなく動き回っていた。


私の視線の先に、

人ごみに紛れて両親がいた。

両親がこちらに向かって手を振っていたので

私もそれに応えようとしたが、

私の左手は誰かに握られていた。

仕方なく、私は空いた右手で両親に手を振った。


両親は名残惜しそうな眼差しを私に向けていたが、

私の左手を握っている人物に頭を下げると

ゆっくりと踵を返して人ごみの中に消えていった。

私の手を引いたその人が、

「あっちでパパとママを見送りましょうね」

と言って私に微笑んだ。

よく見るとその人は、

近所に住む秋好(あきよし)さんだった。


いつの間にか私は大きな窓の前に立っていた。

私の手を引いていた秋好さんはいなかった。

私は一人でも不安を感じなかった。

ここは地面より少し高い場所のようだ。

窓から大きなトンボが何匹も見えた。

それらは

普段見かけるトンボとは明らかに異質だった。

全部で何匹いるのか数えようと

窓の方へ手を伸ばした時、

背後から声をかけられた。


「結女ちゃん。

 はい、これを飲んで待っていようね」

振り返るといつの間にか

秋好さんが手に缶ジュースを持って立っていた。

私は喜んで秋好さんの処へ駆けていった。

秋好さんは蓋を開けて私にそれを渡してくれた。


一口飲むとピリピリとした刺激が

口の中に広がった。

それは私の大好きなコーラだった。

家では滅多に飲ませてくれないその飲み物に

私は夢中になった。

ごくごくと飲んでは「ぷはー」と一息置いて、

それを何度か繰り返すと

すぐにお腹がいっぱいになった。


「ほら。

 お父さんとお母さんをお見送りしましょうね」

と秋好さんが私を窓の方へと誘った。

私は飲みかけのコーラを両手でしっかりと持って

秋好さんの隣に立った。

窓の外の光景は先ほどと大して変わりがなかった。

ただ一匹のトンボがゆっくりと動いていた。

私は手に持ったコーラに目を落とした。

中は見えなかったが、

その重さからしてまだ半分以上は入っている

と確信できた。


その時、

秋好さんの悲鳴が私の鼓膜を震わせた。


私はびっくりして

持っているコーラを落としてしまった。

秋好さんの方を見ると

彼女は窓の外を指差したまま固まっていた。

その指先は震えていた。

私はその指が指している窓の外へと目を向けた。

たった今飛び立ったばかりのトンボが

尻尾から煙を出しながら落ちていくのが見えた。

コーラが私の下半身を濡らしていた。


目覚めは最悪だった。

下半身の不快な感覚の正体が何かは

すぐにわかった。

小学生になってからはまだ一度もしていなかった

粗相をしてしまったのだ。

そしてさらに私を驚かせたのは

眠りについてからまだ五分も経っていない

ということだった。

私はほんの数分のうたた寝の間に

粗相をしてしまったのだ。

困惑気味の母の顔がすぐ目の前にあった。

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