第5話

その日を境に

私が落葉ちゃんにふたたび会うことはなかった。

母に聞いても

「落葉ちゃんは遠くに引越したのよ」

と言うだけで

それ以上詳しいことは教えてくれなかった。

そして当時の私は

それをそのまま言葉通りの意味で受け止めた。


そして。

落葉ちゃんがいなくなってから

幼稚園には若干の変化があった。

集団下校が無くなり、

園まで保護者が迎えに来るようになった。

私は皆で歩いて帰るのが好きだったので

これは大いに不満だった。


ある日、

私は母が嘘を吐いていることを知った。


それは幼稚園から

母と二人で歩いて帰っていたときのことだった。

私は母に手を引かれて「春日公園」の

鬱蒼と茂った木々の中を歩いていた。

視線の先に明るい日差しが見えたとき、

私は母の手を放して一人で駆け出した。

丁度、あの日の落葉ちゃんがそうしたように。


私は脇目も振らずに光を目指した。

すると公園の出口のところに立っている

女の後姿が目に入った。

私は走るのをやめて

ゆっくりと女の方へ歩を進めた。

その時、

女がこちらを振り向いた。

私は驚いて足を止めた。


なぜならその人は

落葉ちゃんのママだったからだ。

彼女は私に気付くと

僅かに微笑んでからこちらへ歩いてきた。


私は混乱していた。

落葉ちゃんは引越したのではなかったのか。

引越しというのはママとパパと一緒に

どこか遠くへ行くことではないのか。

私は素直にその疑問をぶつけた。


落葉ちゃんのママは

少し困ったような表情を浮かべると、

「そうね。それがいいわね」

と呟いて私の頭を優しく撫でた。

撫でていた手が止まり、

私が不思議に思って見上げると、

落葉ちゃんのママは

私が駆けてきた方を見ていた。


私も釣られて振り向いた。

そこには遅れてきた母が立っていた。

母は何か言いかけたが、

それよりも早く落葉ちゃんのママは

くるりと踵を返して公園から出ていった。

母が「大丈夫?」と私に言った。

何が大丈夫なのだろうと

私は首を傾げたのを覚えている。

母に手を繋がれて公園から出ると、

もう落葉ちゃんのママの姿はなかった。


ママはいたのに

どうして落葉ちゃんはいなかったのだろう。

その疑問を母に訊ねることはできなかった。

それは落葉ちゃんのママと私の母が

言葉を交わさなかったことに

私は何か不穏なモノを感じたからだった。


それからしばらくして、

私は落葉ちゃんの家に一人で遊びに行った。


しかしそこには誰も住んでいなかった。

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