第4話

その日、

いつものように先生に先導されて

集団で帰宅していた私達は、

家の近くまで来たところで

先生に手を振って三々五々に散っていった。

普段と何ら変わりのない帰宅時の光景だった。

私と落葉ちゃんは同じ方向に家があるので、

ここからはいつも二人で帰っていた。


この日に限って落葉ちゃんが、

「春日公園」を通り抜けようと

言い出したのを覚えている。

古い記憶で些細なやり取りは覚えていないが、

多分言い出したのは落葉ちゃんのはずだ。

私ではない。

何故なら私は昔から怖がりだったからだ。


大通りから中に入ったところにある

「春日公園」はその当時、

鬱蒼と茂った森が広い敷地の半分以上を

占めていて昼間でも薄暗かった。

そのため親や幼稚園の先生からも

「子供達だけで入っては駄目」

と言われていた。

しかし、

公園内を通り抜けた方が

近道であることを私達は知っていた。



私達が公園に入ったとき、

周囲に人影は見当たらなかった。

頭上を覆う木々がどこまでも続いていた。

落葉ちゃんが無言で私の手をぎゅっと握った。

微かに震える彼女の手が私を奮い立たせた。

私は彼女を守るのは自分だと

心に誓ったことを覚えている。

それを態度で示すように

私は彼女の手を力強く握り返した。

そして私は落葉ちゃんの手を引いて歩き出した。

公園の出口が遠くに見えて、

それと共に木々も疎らになり

徐々に視界が明るくなってきた。

その時、

公園の入口に立つ大きな人影が見えた。

人影はゆっくりとこちらに向かって歩いてきた。


どくん。

私の心臓が大きく高鳴った。


その人影は背が高く、

服装は上から下まで黒で統一されていた。

顔は見えない。

どうして顔が見えないのだろう。

相手の背が高いからか。

公園の入口から差し込む太陽の光を

背負っているからか。

それともつばの広い帽子のせいなのか。


私は自然と足を止めた。


その時、私の左手が軽くなった。

気付けば隣にいた落葉ちゃんが

公園の入口へ向けて駆け出していた。

私はそんな彼女の後姿をぼうっと見ていた。


落葉ちゃんが

黒い大人の横を走り抜けようとしたその瞬間、

ふと足を止めて

黒い大人を見上げるのが見えた。

夢にはこんなシーンはなかった。

それとも私が覚えていないだけなのか。

夢の中の印象的なシーンだけが

断片的に私の記憶に残っているのだろうか。

いや夢自体が断片的なのだ。

夢とはそういうモノだ。

私は震える足で二人の方へ走った。


私が二人に近づくと、

二人は会話を止めて私の方に顔を向けた。

落葉ちゃんは笑っていた。

私は落葉ちゃんから黒い大人へと視線を移した。

私ははっきりとその人物の顔を見たのだ。

しかし今その顔を思い出そうとしても

靄がかかったかのように思い出せなかった。


そこからの私の記憶は

夢と現実がごちゃ混ぜになっている。


黒い大人と手を繋いで

公園の外へと歩いていく落葉ちゃんの後姿を

私はその場に立ったまま見ていたのだろうか。


見ると公園の入口には車が止まっていた。

私は駆け出した。

しかし私が公園から出た時、

すでに車は走り出していた。

私が最後に見た落葉ちゃんの姿は

黒い大人と手を繋いで公園の外へと歩いていく

彼女の後姿だった。


最後に見た彼女の光景の

どちらが現実でどちらが夢なのか、

今でもわからなくなる時がある。

黒い影に手を引かれて歩いていく彼女の後姿か。

それとも車の窓越しに手を振る彼女の笑顔か。

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