第83話 蟻地獄のように

 「以上が報告になりますジャン様――」

 「……」


 「ジャン様? 大丈夫ですか?」

 「あ、ああ大丈夫だ。ありがとうジェイド。下がっていいよ」

 「はっ。失礼します」


 ジャン達はアズーラ城の城内を隈なく探索したが、必要としていた食料などが全く見つからなかった為、すぐに出立し次の城を目指した。


 到着してすぐに攻勢に打って出た。


 だが、本来なら攻め落とすはずの城は、もぬけの殻だった。

 罠かとも感じていたが、結局何もなかった。


 戦いもせず、死者も負傷者も出ず城を取った事に、末端の兵士達は歓喜していた。

 しかし、ジャンはこの状況を深刻に捉えていた。


 城に三日間滞在する事を決めて、城近辺にある村や町に偵察に行かせた。

 目的は、村や町にある食料を奪う為だ。


 いま一番の問題は、食料が残り少ない事。


 あらゆる方向に偵察に行かせたが、帰ってきて聞く報告は全てが同じだった。

 村や町に人は居ない。井戸も潰され、何もかもがなくなっていたという報告を受ける。


 部屋で報告を聞くジャンは、何度も溜息をついていた。


 (なあジャン、これからどうするんだ?)

 「かなり深刻だよ。食料は現地調達すればいいという考えが仇になった。まさかこっちが兵糧攻めに合うとはね」


 (戦わずして勝つって感じだな! クックックッ)

 「何でユウタは笑っているんだよ!」


 (だってピンチ何だろ!? ワクワクするだろ!?)

 「全く分からない……」


 「失礼します!」

 「入れ」


 「それで? 食料はきたか?」

 「それが……」

 「ここまでやっているなら、兵站もってて当然か。私達が来てすぐに王都へ連絡を飛ばしたと言っていたね。そいつらは帰ってきたか?」


 「いえ……帰ってきていません」

 「連絡手段もか。私達は完全に孤立しているって事だね。食料は何回届いていないだ?」

 「三回です」


 「分かった。下がっていいよルーク」

 「かしこまりました」

 ルークが部屋から出ていき、部屋で一人になるジャン。


 「ふぅ〜。どうしようか」

 (どうするんだ?)


 「魔法国は私達を撤退させるのが目的。食料が無くなって内部分裂して破滅してくれたから儲け物だと思っているよきっと。できうるであろう行動は三つ」


 「一つは全軍撤退。一つはここに留まり、誰かにロア王国の王都まで行ってもらって食料を持ってきてもらう。最後は、全滅する覚悟でこのまま魔法国の首都、テンダールに突撃する」


 (ふ〜ん。食料取ってきて貰えばいいじゃんシャオとかに)

 「今までのルークとのやり取りを聞いて無かったの?」


 (いや、聞いてたけど)

 「もしシャオに取りに行かせて、食料を持って帰って来なかったらどうなると思う?」


 (そんな事は考えてなかったわ〜)

 「何もせずに自然に全滅する。ロア王国に戻れずして僕らは死ぬ事になるよ。だから安易にその手段は取れない……」


 (じゃあジャンは何が一番いいと思ってるんだよ)

 「全軍撤退……だね」


 (でもそれは、出来ないんだろ?)

 「出来ない。そもそもこの戦争は、四カ国同時に攻めている事で成り立っている戦争なんだ。もしここで僕達が一時的でも全軍撤退なんかしたら、魔法国は必ずベラトリア連合国に援軍を出すよ。そこで戦っているアウグスト辺境伯の戦況を変えられてしまう可能性が出てくる」


 「戦況が変わってアウグスト辺境伯が撤退の判断をそこで下したら、この戦争はもう終わりだよ。全軍撤退」


 (じゃあ残っているのは全軍で突撃だな!!)

 「簡単に言うなよ! これだけの人数、勝てるか分からない制限時間のある戦いに、突撃するぞなんて言えないだろ!」


 (随分弱気だな。今までだって勝てるか分からない戦いに勝ってきただろ?)

 

 「状況が違うだろ! 今までは可能性が低くても、勝てる戦略も勝てる道筋もあったから勝ってこられたんだよ! これは違う! 実際に首都まで行かないと相手の戦力が分からない。食料が無いから戦力を完全に把握した上で戦略を立てるまでの時間がない。本当に無策のまま突撃する事になる……魔法国はきっと、そうなる事を見越して戦略を立てているに違いない。無謀だよ」


 「待てーーーー!!」

 「この野郎!!」

 部屋の外が、何やら騒がしい。


 バタンッ!

 部屋の中に、顔を真っ赤に染めたテディが入ってきた。


 「ドクター! 匿ってくれケロー!」

 「どこだーテディ!」

 「あの野郎ぶっ飛ばしてやる」

 ドアの向こうの足音が遠のいていく。


 「テディ……一体何をしたんだ? 悪い事したんだろ?」

 「オイラは何も悪い事してないんじょー。一口頂戴って言ってお酒飲んだだけだよ〜ん」

 

 「そう言って全部飲んだんでしょ!?」

 「おぎょー! ドクター何で分かるのだ? 凄いんだじょー!」


 「テディ! テディはこの戦いについて……どう感じているんだ?」

 (おいおい。テディに一体何を聞いてるんだよジャン)


 「ん〜オイラに難しい事は分からない。でもオイラは頑張るよ! ドクターも皆もオイラが守るんだじょー!」

 「そうか……テディが居れば僕も安心出来るよ!」


 「任せられたのでおじゃる! じゃあねードクター!」

 バンッ! ドタンッ!


 「ああああ! テディてめぇー! コラ! 待てー!」

 「アハハハハハハ!!」


 「ユウタは、本当に勝てると思っているの?」

 (不思議な事を聞くなぁ〜。勝てるか? じゃねえよ勝つんだよ!)


 「覚悟を決めるしかないか。首都を落とすしかない!」

 (何だよ急だな。無謀なんだろ?)


 「無謀だよ。でも進むしかない……行くしかないんだ」

 ジャンは、身体の奥から絞り出すかのような声で言葉を発した。


 出発する事を皆に伝え、次の日、首都に向けて出発する。

 道のりは四日。


 兵士達の多くは士気高く、意気揚々と行軍していく。


 しかし、ジャンや現状を分かっている幹部達は、押し黙っていた。

 首都に向かうとジャンが言った時、当然ゲルテ伯爵は行きたくないと騒ぎ出すかとも思ったが、静かにジャンの話を聞いて騒いだりしなかった。


 道中で通りかかった町や村の様子を見たが、やはりどこも同じで、何もかも無い。徹底している。

 予定通り四日かけて首都テンダールに到着した。


 そこで目にしたのは想像していたよりも異質な光景だった。

 

 テンダールを守っているのは要塞。

 壁に空いている四角い穴からは、機関銃や大砲の先端がこちら側を狙っていた。


 屋上の場所にも似たような重機が置かれ、バリスタなんかも備え付けられている。

 俺でも映画や漫画の世界でしか見た事がない物。


 ジャン達にとっては未知の代物、驚異以外の何物でもないだろう。

 驚きとあまりも異様な光景に、全員が言葉を失った。


 残された時間は十日を切っていた。

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