第14話 待ち人未だ来ず、学びを得る

 少し駆け足で路地を行く。複雑ではない道程みちのりを覚えるのはそこまで難しいことではなかった。お爺ちゃんの家に着くまで時間はそうかからない。銀次と歩いた風景を、今日は一人で歩いていれば、鍛冶屋の屋号が刻まれているらしい真鍮の看板が下がった開け放ちの玄関が見えてくる。玄関から顔だけ覗かせて、中に声をかけた。

 

「お爺ちゃん、クロです」

「おお、クロちゃんか!銀の字はどうした?」

「鬼狩りの仕事で……東の洞穴周りにガキがたくさん出たんだって。それで招集が」

「あそこか。里が近ぇからなぁ。雑魚でも数がいるなら、銀の字も呼ばれるだろうな」

 

 お爺ちゃんに手招きされて、素直に玄関から繋がっている作業場へ入る。今までは居間へ上げてもらってたので、作業場へ入るのは初めてだ。見たこともない道具、何かもわからない素材がいっぱいあって、うっかり触ってしまわないように体を小さくしてお爺ちゃんの方へ向かった。

 

「ほれ、ここ座んなぁ」

「急に来て邪魔じゃなかった?」

「クロちゃんが来て邪魔なもんかい。ただ俺も仕事中でな、あんまり構ってやれないかもしれんがすまねぇな」

「大丈夫。邪魔にならないようにするから、お仕事見てていい?」

「年頃の娘さんが見て、面白いもんかわかんねぇぞ?」

「今朝、銀次に双刀見せてもらったんだ。少し武器の話も聞いたけど、知らないことばっかりで楽しくて」

「ほう、狼牙ろうがを見たのかい」

「ローガ?」

「名を銀影狼牙ぎんえいろうが。俺が銀の字の為に打った双刀さぁ。銀の影、狼の牙。銀の字の体、戦い方に併せて拵えたのさ」

 

 銀次の双刀の名前を教えてくれるお爺ちゃんはとても穏やかな表情をしていた。まるで自分の子供の話でもしているようだ。職人から見れば、己が手塩にかけて育てた武器は子供のようなものなのかもしれない。

 

「お爺ちゃんにとっても大事な双刀なんだね」

「そう聞こえたか?」

「うん、とっても」

 

 そう言えば、お爺ちゃんは照れたように鼻の下を掻いた。茶でも飲むか、と立ち上がりかけたお爺ちゃんを止める。台所の大まかな仕組みは昨日手伝いをしている最中に覚えた。わたしがお茶を淹れる旨を伝えれば、お爺ちゃんに嬉しそうに頭を撫でられた。なんだか照れ臭くて口元がにやける。それを隠すようにくるりと背を向けて急いでお茶の用意をしに向かった。

 火にかけられたやかんの口から上がる蒸気を眺める。もうそろそろお湯が沸く頃だろうか。湯呑みなどを用意して、お茶を淹れる準備を進めていく。その間に考えるのは銀次のこと。そんなに難しい仕事内容じゃないようだが、仕事に行く銀次を見送るのは初めてで、なんだか落ち着かない。怪我をしてないか、危ない目に遭っていないか、と不安は募る。自然にやたらと無駄な動きが多くなるお茶の用意。無意味に台所をうろうろしていたら、台所の入り口のところからくつくつと笑い声がして振り返った。そこにはお爺ちゃんが柱にもたれかかっていて、面白そうにわたしのことを眺めている。

 

「クロちゃん、銀の字が心配か?」

「う、はい……鬼狩りの仕事に出かけるのを見送るのは初めてだから……」


 そこでやかんが甲高い鳴き声を上げる。お湯が沸いたらしい。吹きこぼれないように、慌てて火を止めた。

 

「クロちゃん、茶が入ったら少し爺ちゃんと話すとするかぁ」

「……お爺ちゃん、忙しいんじゃ」

「休憩も必要ってなぁ。付き合ってくれるかい?」

「……うん」

「よし来た、クロちゃんは甘いもんは好きかい?貰いもんの団子があるんだ」

 

 戸棚からお団子を取り出すお爺ちゃんの背中を見ながら、お茶が入った急須と湯呑みを二人分用意する。お盆にお茶を乗せて、お団子を持って鼻歌混じりに前を行くお爺ちゃんの後に続いた。

 お爺ちゃんは作業場から居間に場所を変え、そこにお団子を並べてくれた。鼈甲色の餡が綺麗に輝くみたらし団子だ。美味しそうなそれに思わず声がこぼれれば、お爺ちゃんが満足そうに笑った。

 

「そら、茶をそこに置いて、クロちゃんも座んな。爺ちゃんの話に付き合ってくれや」

 

 急須から湯呑みにお茶を注ぐ。片方をお爺ちゃんに、片方を自分の方に引き寄せて、話を聞く姿勢をとった。

 

「まずは、そうさなぁ。今日の銀の字の相手、餓鬼の話でもするか」

 

 お爺ちゃんは、わたしの淹れたお茶を冷ましながら話を始める。

 える鬼と書いて餓鬼。これはわたしの知っている餓鬼と同じ字だった。餓鬼は異界から来る鬼の中でも最下級の鬼で、単体では新人の鬼狩りにとってもそうそう障害になることはないらしい。ただ、厄介な点が一点。それは餓鬼の習性、複数の仲間で群れること。餓鬼はどこからともなく群れで現れ、気がつけば囲まれている、ということも珍しくはないそうだ。また、鬼の中では小柄な体躯の餓鬼は的が小さいので、武器によっては相性が悪いとのこと。ひと薙ぎに敵を屠ることのできる武器なら、狩り取るのはさほど難しいことではないのだそうだ。

 

「銀次の双刀は?餓鬼との相性はいいの?」

「そうさなぁ、双刀は攻撃の範囲は他の武器に比べ、いくらか狭い代わりに、手数と使い手の体捌きで攻める武器だからな。餓鬼みてぇな小さい雑魚には相性としては悪くはないわな。まあ手が届く範囲が攻撃を仕掛けられる範囲って訳だから、距離を取られればその分詰めなきゃならねぇが……銀の字が鬼狩りになって一番馴染んだ武器が双刀だ。心配はいらねぇだろうよ」

「一番馴染んだ武器、って?銀次は他の武器も使えるの?」

「あいつぁ、鬼狩りになって長いからなぁ。修行も兼ねて、今出回ってる武器の型のほとんどは使えるようにしてたはずだ」

「すごいんだね……あっ」

 

 少しぬるくなったお茶を啜ろうと、湯呑みに視点を落としたところで気がついた。

 

「んん?どうしたぃ、クロちゃん」

「……茶柱。初めて見たかも」

「はっはっは!ツイてるじゃあねぇか!こりゃあ銀の字もクロちゃんの運にあやかって、きっと無傷で帰ってくるだろうよ。まあ、生傷作ってクロちゃんに無駄な心配かけるなら、この俺直々に根性叩き直すがなぁ」

「お手柔らかに……お願いします……」

 

 お爺ちゃんは、呵呵大笑としながら、煙管の火皿に煙草を詰めて火をつける。わたしは、茶柱まで吸ってしまわないように慎重にお茶に口をつけた。そして、未だ手をつけていなかったみたらし団子に手を伸ばす。餡が輝くお団子を一つ頬張れば、優しい甘さが口いっぱいに広がった。

 ――銀次ならきっと大丈夫。

 お爺ちゃんと話していて自然とそう思えた。見たことのないものは怖い。それが人に害なすものとなれば尚更だ。わたしが実際に鬼を目にする日が来るのかはわからない。あるかもしれないし、ないかもしれない。とりあえず、わたしはこの世界の常識を、知識を吸収して、咀嚼して、自分のものとして。銀次が安心して不在を任せてくれるようになれたらいいと思う。お爺ちゃんが、わたしの不安を察して、たくさん心を砕いてくれる必要が減るようになればいいと思う。自分の足で、しっかり立てるようになれればいいと、そう思う。

 

 お爺ちゃんの休憩とは名ばかりの、わたしの不安を取り除く会を済ませてから、お爺ちゃんは武器作りに戻って行った。わたしがいた世界での鍛冶屋は、主に刃物を作る職人を指すものと思ったが、ここでは鍛冶屋とは鬼狩りの武器、武具を作り、鍛える全ての工程を任せられた人のことを言うらしい。ちなみに、包丁や鋏など、生活用品を作る職人さんは野鍛治と言うそうだ。お爺ちゃんの説明は簡潔で、でも丁寧でもあってわかりやすい。年の功だろうか。いや、きっとお爺ちゃんが頭がいいのだろうな、と思った。無知な子供と同等のわたしの理解度を瞬時に察して説明をしてくれる。それはきっと、お爺ちゃんの気遣い力と、頭の良さが大いに影響している。本当に尊敬できる、教え上手な大先生だ。

 

 銀次の仕事が終わって、迎えに来るまでわたしはお爺ちゃんの元にいなければならない。今日、お爺ちゃんを訪ねたばかりの時は不安も大いにあったが、今ではすっかり落ち着いている。ただ、銀次が早く帰ってこないだろうか、そう思うことだけは許してほしい。お爺ちゃんが用意してくれた冷やしうどんを啜りながら、銀次が家を出て一体どれくらい経っただろうと考える。銀次が出かけた頃には東側の空にあった太陽が、今や天辺を少し通り過ぎようかとしている。せめて日が出ているうちに帰ってきてくれたらいいな、そんな風にうどんに集中せずにいたおかげで、啜ったうどんが変なところに入って咽せて、お爺ちゃんに心配されてしまったのだった。

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迷い子クロと銀狼 弥栄井もずま @mozma_13

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