第5話 鍛冶屋のゴロ爺
「銀次さん!わたしに名前をつけてくれませんか!?」
半ば彼に飛びつくようにして、そうお願いしたわたしに銀次さんは目を丸くした。
「俺が?お嬢ちゃんの名前を?」
「はい!」
「いや……だがしかしなぁ……」
「わたし、なんとなくもう帰れない気がしてるんです。わたしがいた世界との
わたしの勢いに押されながら、銀次さんは仕方なさそうに笑って、わたしの頭にぽんっと大きな手のひらを乗せた。それからぽんぽんと軽くわたしの頭を撫でる。
「落ち着け落ち着け、とりあえず、今のお嬢ちゃんの話を聞かせたい人間がいるんだ。名前の話はそれからしよう。いいな?」
「わたしの話を聞かせたい人?」
「ああ。俺の生業は鬼狩りでな。さっき言った異界から来た鬼を狩るのが俺の仕事だ。それで、いつも俺の武器を鍛えてくれる鍛冶屋の爺さんがいる。その爺さんは無駄に歳食ってる訳でもないし、鍛冶屋としていろんな鬼狩りと話をする機会もあるから情報通なんだ。だから何か知っているかもしれん。信用できる爺さんだ。お嬢ちゃんの話を言いふらしたりしないだろうし、相談役にはちょうどいい。今からその爺さんに会いに行こうと思う」
「鍛冶屋のお爺さん……」
「なに、取って食われる訳じゃねぇ。気楽に、な」
自分の状況を話しても大丈夫なのか、それはわたしには判断がつかない。わたしの物差しはこちらの世界では役に立たないからだ。ただでさえ大人になりきれていない未熟なわたし。こちらの世界の仕組みも歴史もわかっていないわたし。わたしが信じられるのは、現状銀次さんだけだ。そしてその銀次さんが信用できると言っている。これはわたしが頷かないでいるわけにはいかない。わたしは撫でられる頭をそのままに、こくんと頷いた。それを見て銀次さんがくしゃりとわたしの髪を乱した。そしてまた優しく笑っている。
「すぐ出られそうか?」
「……はい」
「よし、それなら日が暮れちまわないうちに行くとするか」
そうして立ち上がった銀次さんに倣ってわたしも立ち上がる。ちょっと待ってくれ、と言う銀次さんの言葉にその場に立ち竦んでいれば、奥の部屋に行った銀次さんが何か布を持って戻ってきた。
「頭からこれを被ってろ。ここに来る前にも言った通り、お嬢ちゃんのその服装は目立つからな」
「はい……これ、外套?」
「俺ので悪いがな」
わたしは借りた外套を羽織る。すっぽりと脛の中ほどまで隠れてしまった。ついていたフードを目深に被って、窺うように銀次さんを見上げる。銀次さんはそれでいい、とでも言うようにわたしの頭に手のひらを置いた。
「行くぞ」
「はい」
家を出て左へ。その後、路地へ入って一本裏の道へと。しばらく道なりに歩いて、右へ曲がる。日差しの高さと建物の向きの具合か、少し薄暗い道を真っ直ぐ。すると頑丈そうな外階段がついた二階建ての建物が左手に見えてくる。銀次さんは迷いない足取りで、その建物の一階、のれんが下げられた入り口に入って行った。わたしも慌ててその後を追う。
「おい、ゴロ爺!やってるかい?」
「やってなくても入って来るくせしてなに聞いてやがる馬鹿野郎め。銀の字、おめぇ、また俺の子を傷モンにしたんじゃねぇだろうなぁ!」
「おお、くたばってなかったな、安心したぜ」
威勢のいい老人の声がする。フードで悪い視界からぎりぎり覗くと、ゴーグルをした体格のいい老人がハンマー片手に銀次さんと軽妙な会話をしていた。ご老人の背筋はしゃんと伸びていて、年齢を感じさせない。顔に刻まれた皺からわたしみたいな小娘より年嵩なのはわかるが、正確な年齢は読み取れない。それほど若々しいのだ。
「お嬢ちゃん、もうフード取っていいぞ」
「あ、はい」
「ああん?お嬢ちゃんだぁ?」
「おいゴロ爺、怖がらせるんじゃねぇぞ。お嬢ちゃん、こっちの爺さんはゴロ爺。俺がさっき説明した鍛冶屋で、ここらの生き字引だ」
「誰が死に損ないの無駄知恵だ馬鹿野郎」
「んなこと言ってねぇだろう……」
わたしはフードを取って、そのゴロ爺という人物に向かって会釈する。わたしを見たゴロ爺さんはゴーグルを額へ押し上げて、鋭い目を大きく見開いていた。
「おい、銀の字。いくら可愛い嬢ちゃんを見染めたからって、人攫いなんざ、お天道様が許しても、この俺が許しちゃおけねぇ。そこへ直んな。俺が手ずから介錯してやらぁ」
「人攫いなんかしてねぇよ!話を聞いてくれ……」
「あの!わたし攫われてません!銀次さんには助けてもらったんです!」
「嬢ちゃん、怖い目にでも遭わされたんじゃねぇだろうな?そこの阿呆に無理やり言わされてるわけじゃあ、あるめぇな?」
「違います!本当に銀次さんには助けていただいて……!」
「俺たちは、このお嬢ちゃんの話を聞いてもらいに来たんだよ。カムナリの生き字引にな」
「……話だぁ?」
やっと落ち着いてくれたゴロ爺さんに案内された部屋で、お茶をいただきながら腰を落ち着けて話をすることになった。銀次さんとわたしとでわたしの状況を話していく。時折相槌を打ちながら、最後までほとんど黙って話を聞いてくれたゴロ爺さん。彼は悩ましげに唸った後、ぱんっと勢いよく膝を叩いた。
「わからん!」
「馬っ鹿、そんな勢いよく言ってやるなよ!」
「やっぱりわかりませんよね……」
「お嬢ちゃん落ち込むな!こんな耄碌爺の言うことなんざ気にすんな!」
「おい銀の字、てめぇ人のこと生き字引つったり、耄碌つったり、なめてんのか?ドタマかち割られてぇか、クソガキが」
バチバチと火花を散らしているゴロ爺さんと銀次さん。そんな二人に挟まれながら、わたしはあわあわと慌てるばかりなのだった。
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