第4話 鬼と里

 わたしがぼんやり自分のことについて考えていると、ギンジさんがわたしの向かいに腰を下ろした。これからどんな話を聞かされるのだろう。正直、緊張している。だって、ここは信じがたいが、おそらくわたしの知っている日本じゃない。さっきギンジさんは、当たり前のようにここには「鬼」がいると言った。家の内装を見ても、ここまで歩いて来た道々の風景を思い出しても令和の日本とは思えないのだ。

 

「さて、話をしてもいいか?」

「はい」

 

 わたしは湯呑みを置いて、背筋を伸ばした。慣れない正座の足をこっそり組み直す。すると、ギンジさんが豪快に笑った。

 

「そう畏まらなくてもいいって言っただろ!足も崩せよ、痺れるぞ」

「あ、その、すみません……」

 

 正座に慣れていないことを見透かされてしまったことが恥ずかしくて、顔が熱くなる。それでも、正座しなくてよくなったのはありがたかったので、素直に足を崩させてもらった。そんなわたしを見て満足そうにギンジさんが頷く。そして自分の分のお茶を啜っていた。

 

「ん、それでいい。あと、無闇矢鱈に謝らんでもいい。こんな狭っ苦しい家で悪いが、話を聞かせてくれ」

「はい」

 

 わたしは、名前以外の思い出せること、そして名前がどんな風に思い出せないのかを、ギンジさんに説明をした。

 

「なるほど、コウコウセイ、桜の木が立派な神社、ねぇ。こっちでは聞かねぇな……」

「そう、ですか……」

「お嬢ちゃんも、鬼については聞いたことも見たこともなかったんだったな?」

「はい、鬼は伝説や昔話だったり、あとはフィクション、創作の話の中に出てくるもの、という認識でした」

「なるほどなぁ……それじゃあ、鬼についても説明しとくか」

 

 鬼とは、鬼が棲む「異界」と呼ばれる場所からやって来るものらしい。その姿や大きさは様々で、基本的に人間を見つければ襲ってくるとのことだ。それは人間を食うためであったり、時には食わずに人間を殺すだけということもあるらしい。そして、鬼が異界とこちらを行き来する時にできる穴、「異界口いかいこう」からは瘴気が溢れ出る。この瘴気に長く当たると人間や生き物は死に、土も穢れて植物や土の中に棲む虫たちが生きていけなくなる。瘴気は澱み、瘴気溜まりを作る。瘴気によって汚染され、人が住めなくなった土地も多くあるとのことで、今、この世界では、人々は「里」と呼ばれる瘴気避けを施し、鬼が襲ってこない結界を張ったコロニーをあちこちに作り暮らしているそうだ。

 

 ちなみに、わたしが現れ、ギンジさんが住むこの里は「カムナリの里」と呼ばれているらしい。カムナリとは雷のことでこの土地の上空では長いこと雷の音が鳴り続け、落雷から電気エネルギーを取り出しているとのこと。工業が盛んで、蒸気の力によっていろんな機械を動かすことで里のインフラが成り立っているからあちこちに蒸気を通すパイプが張り巡らされている。里の外は瘴気のせいで植物が育ち難い環境らしいが里の中の植物プラントで野菜なんかは賄っているとのことだ。先ほどからいただいているお茶もそういうプラントで栽培されて加工されたものらしい。

 

「家に使うようなでかい木材は里の外に結界を施した材木用の林があってな、そこから切り出す。それか、瘴気に侵されていない林や森から切り出すんだ。まあ、前者ならまだしも後者は年々減っているから、そう安易に木をぶっ倒して回るわけにはいかないんだがな。だから他所の里から買い付けて来ることもある」

 

 そう言って、ギンジさんは一区切り、というように冷めたお茶を啜った。わたしもつられるようにお茶を口に含む。教えられたことがたくさんあって、少しばかり頭が熱を持ち始めているような錯覚。そして、安心したのはこの世界にも外来語や和製英語、つまりカタカナ語が存在するということだ。これがあるのとないのとでは、会話のしやすさが段違いだ。難しい話が続いたところで、わたしはふとあることに気づいた。人名は漢字だろうか、かなだろうか。

 

「あの、ギンジさん」

「んん?どうした?」

「ここでは名前は漢字ですか?かなですか?」

「ああ、漢字もかなもある。お嬢ちゃんのとこは?」

「漢字が多かった気がします。もちろん、かなの人もいますけど」

「ふぅん、ちなみに俺は銀色の銀にツギので、銀次な」

「銀次さん……」

「なんだ?」

「あ、いえ、わたしの名前はどうだったのかなって」

「……きっとお嬢ちゃんに似合いのいい名前だろうさ」


 少ししんみりしてしまった空気に慌てて別の話題を考える。そうして、わたしの口からついて出たのはこんな言葉だった。

 

「銀次さん!わたしに名前をつけてくれませんか!?」

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