第二章 特訓と決意
第8話 マツの特訓・1
明早朝。まだ日も昇ったばかり。
マサヒデとマツはギルドの治療室に赴いた。
幸いなことに、医者は朝から来ていた。
マサヒデは頭を下げ、
「昨日は、慌ててしまって・・・大変失礼致しました」
「構いませんとも。それで、こんなに早くからどうされました」
「はい。もう本日からは普通に動いても良い、とお聞きしましたが」
「ええ。もう大丈夫ですよ」
「稽古などは大丈夫でしょうか? 身体を動かしたり、魔術を使ったりもしますが」
「稽古ですか」
医者は顎に手を当て、考えている。
「ふーむ・・・」
「動いて良いとは言っても、さすがに稽古は無理でしょうか?」
「そうですね、万が一を考えて、腹に衝撃を与えないこと。それと、大きな魔力を・・・いや、魔力に関しては、マツ様には問題ありませんか。稽古程度であれば平気でしょう。山でも吹き飛ばすような魔力は使わないで下さいね。ははは」
「おお、大丈夫ですか」
「マツ様であれば、稽古程度の魔力なら全く問題ないでしょう。純粋な魔術師であられますから、動くと言っても、トミヤス様のように跳んだり跳ねたりするわけでもございますまい?」
マツが頷く。
「ええ、私はほとんど動くことはありませんね」
「では、重ねて言いますが、トミヤス様。絶対に、腹に打ち込むようなことはしないように」
「はい」
「もし異常を感じたら、すぐにここに来て下さい」
「分かりました。朝早くから、申し訳ありませんでした」
「冒険者にはいつ何があるか分かりませんから、私はここに部屋を頂いております。往診にさえ出ていなければ、24時間、このギルドにおります。何かあったら、いつでも来て下さい」
「ありがとうございます。それでは失礼致します」
マサヒデとマツは頭を下げて治療室を出た。
準備室はすぐ近くだ。
「マサヒデ様。ハワード様はまだ来ておりませんが、時が惜しゅうございます。早速始めましょう」
「分かりました。ではマツさん。着替えたら訓練場に向かいます。先に入っていて下さい」
「はい。あ、そうだ。今日も真剣を持ってきて下さいね」
「え、それはさすがに」
「ふふふ、先日は一本も入れられなかったではありませんか」
「う! ・・・まあ・・・そうですが」
「今回は、真剣でなければ分からない魔術も使いますので」
「真剣でなければ分からない?」
「試合は訓練用の物を使いますけれど、念の為、見ておいて欲しいのです。手裏剣も忘れずに」
「分かりました。それでは、真剣で参ります」
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訓練場の真ん中に立つ。
「さ、参りますよ。まずは、基本五つのうちの火の魔術から」
「お願いします」
「では」
ぼっ! と、火球が浮かぶ。
先日の、女冒険者のものとそっくりだ。
あの時は槍と一緒に飛んできたが、ゆっくりと、ゆらゆら向かってくる。
やはり、すごい熱だ。
「む・・・」
おそらく、下手に動けば怖ろしい速さで追いかけて来るだろう。
しかし、マツは体術は素人。
思い切り早く動くか、手裏剣で火球の向こうに・・・
と考えていると、
「ん?」
すぐに異常に気が付いた。
訓練着が燃えている!
「あっ!?」
慌てて、ばんばんと服を叩く。
そこに、マツが水の魔術をばさっと浴びせた。
「ふふふ。一本ですね」
「・・・」
「先日、食堂でお話しましたね。『焚き付けに使えるから便利』と」
「大きな火の玉は、囮だった、と・・・」
「はい。気付かないほどの、ほんの小さな火で、服が燃えたのですよ。ふふ、髪の毛でなくて良かったですね」
「うーむ!」
見事だ。小さな火も、目の前の大きな火球の熱で、全く分からなかった。
途中まで、服が燃えているのにも気付かなかったのだ。
もし髪を燃やされていたら、もう何も出来なかっただろう。
「今のは、さっさと動かれれば正解でした」
「なるほど」
「ただし、お相手が私ではなく、剣の心得がある方でしたら、逆に飛び込ませるような使い方もあります」
先日の女冒険のような使い方だ。
「分かります。先日ここの魔術師の方と立ち会った際は、飛び込んだ所に槍が来ました」
「それは良い経験をされました。では、次は違う感じで参りましょうか」
「お願いします」
「あ、そうだ。少々お待ち下さい」
「どうされました?」
「マサヒデ様、思い切り手裏剣を投げてみて下さい。私に」
「え?」
「さあ」
「いいんですか? 本当に投げますよ?」
「はい。どうぞ」
マツが言うのだから、大丈夫なのだろう。
そう思って、本気で3本、立て続けに投げてみた。
「あっ!」
刺さってしまった!
・・・ように見えたが・・・
「ん・・・?」
「ほら、大丈夫なので、手裏剣も遠慮なく使って下さいね」
驚いたことに、マツの身体にぴったりと手裏剣の先が付いて、立っている。
くっついて立っているのだ。刺さってはいない。
マツはその手裏剣を手に持ち、
「さ、どうぞ。このように手裏剣が当たりましたら、一本ですよ」
そう言って、マサヒデに手裏剣を手渡した。
「・・・」
呆然と手裏剣を受け取って、マサヒデは立ち尽くした。
本気で投げたのだ。
おそらく、マツの目には見えない速度で飛んでいったはず・・・
「さ、参りますよ」
「・・・」
「マサヒデ様? 参りますよ?」
「! は、はい、お願いします!」
マサヒデは、改めて魔術師に驚いた。
あれはきっと、剣でも斬れまい・・・
「では」
ぐっと構える。
また、マツは動かない。
しばらくすると、熱が地から上がってきた。
ゆらゆらと空気が揺れているが、火が立つような気配は感じない。
「・・・」
このまま、熱で参ってしまうのを待つ・・・?
確かに長期戦ならば効果的ではあるが・・・
身体中から汗が吹き出してきたが、燃えるような危険は感じない。
揺れる空気の向こうにマツが見える。
マサヒデは腹を括り、マツに向かって走り出した。
「むん!」
斬った!
そう思ったが、手に何の手応えも感じない。
あの防護の魔術のように、止められたわけでもない。
完全に、空振りだ。
(まずい!)
そのまま前に飛び、マツの方に振り向いて、驚いた。
マツの位置が大きく離れている。
飛んでから振り向くまで、ほんの数瞬。
たったこれだけの時間で、マツがあれほど動けるとは思えない。
(あれ?)
「ふふふ。マツはどこでしょう?」
声のする場所と、マツの位置が違う。
声はすぐ近くだ。
「さあ、マサヒデ様。愛しい妻はここですよ」
「・・・」
言葉とは裏腹に、すごい威圧感を感じる。
咄嗟に声のする方に手裏剣を投げたが・・・
「惜しい。もう少しでした」
かん、と壁に手裏剣が当たる音がして、次いでマサヒデの前に火球が浮かんだ。
「さ、一本」
火球が消え、訓練場を包んでいた熱も消えた。
「あれ!?」
マツが全然違う所に立っている。
声が聞こえた方だが、手裏剣を飛ばした所とは少し離れている。
「これは一体!?」
「ふふふ。陽炎です」
「陽炎?」
「熱い空気の揺らめきで、マサヒデ様は私の陽炎を見ておられたのですよ」
「・・・」
「ただ燃やすだけではなく、こういう使い方も出来るということです」
「うーむ、なるほど・・・」
「最後の手裏剣は惜しかったですね。からくりが分かってしまえば、マサヒデなら気配で位置がお分かりになりましょう。目ではなく、気配を追って下さい。暑さで集中を切らせないようにすれば、簡単でしょう」
「気配」
「ほら、こんなことも」
また、すごい暑さが周りを囲んだ瞬間、マツの姿がいくつも浮かんだ。
「ええっ!」
話に聞く分身の術のようだ。
浮かんだいくつものマツの姿は、全く同じ動きで、口に手を当ててくすくす笑っている。
「驚きましたか」
「はい・・・」
また、すーっと暑さが引いていき、マツの姿は一つに戻った。
「所詮は目眩まし。気配さえ分かれば、すぐに倒せます。結構魔力も使いますから、使えたとしても、すぐ切れてしまうと思いますけど」
飛んでいったマサヒデの手裏剣が、すーっと飛んできて、足元に落ちた。
「さあ、火の魔術独特の戦法はこんな所でしょうか。あとは、武器に火を纏わせたりするくらいですけど」
「それならば、普通に受けるか流せば良いですね」
「はい。あまりぎりぎりで避けて、また服が燃えないようにして下さいね」
そう言って、マツはふふふ、と笑った。
ぎい、と重い音がして、訓練場の扉が開く。
アルマダだ。
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