第7話 メイド達の祝


 マサヒデはマツの横に座り、そっとマツの背中に手を回し、支えた。

 1人目が部屋の前に立った。

 メイドの祝辞が始まる。


「マツ様。本日はおめでとうございます」


 メイドが廊下に手を付いて、頭を下げた。


「ありがとうございます」


「お疲れの所、お時間を取って頂き、恐縮です」


「構いません。昨晩は、お世話になりました」


「当然の事でございます。本日は、昨晩、マツ様がトミヤス様の『本当の奥様』となられた事、我らお喜び申し上げたく、参上致しました。お目通りが願い、嬉しゅう願います」


「はい。あなた達のおかげで、この子も出来ました。きっと、この子も喜んでいるでしょう」


「・・・『この子』?」


 メイドは顔を上げた。ほんの少しだけ、困惑を浮かべる。

 同じ誤解をしたマサヒデは、思わず笑いを浮かべてしまった。

 彼女たちは、たた初夜を過ごしたことを祝にきたのだ。

 子が出来たことは、知らないようだ。


 魔族の妊娠を知らなければ、想像もつくまい。マサヒデもそうだったのだ。

 おそらく、医者も、子が出来たから手伝いに、とは言わなかったのだ。

 彼女たちは、ただ、マツが痛みで大変だとでも思って来たのだろう。


「はい。まだタマゴですけど、今、あなたに会えて、きっと喜んでいるでしょう」


「タマゴ?」


「はい。まだ出来たばかりですけど・・・」


 マサヒデは小さく笑って頭を下げ、


「あなた達のおかげで、マツさんのお腹に、私達の子が宿りました」


「子が・・・子が、タマゴ? 宿った?」


「はい。うふふ」


「ははは。マツさん。メイドさんたち、初夜の祝に来てくれただけで、どうやらタマゴが出来たことまでは、知らないようですよ」


「あ、マサヒデ様も驚いていましたものね」


「まあ、人族であれば仕方ありませんね。ふふふ」


「・・・」


 メイドが驚いた顔でマツを見ている。

 マサヒデはにやにやしながら、


「昨晩の『事』で、マツさんに我々の子が宿ったんです。マツさんが魔族ということは、ご存知ですよね。タマゴで産まれる種族だったんです。まだタマゴ、いつ産まれるのは分かりませんが、早ければ2週間、長くて2ヶ月くらいかと」


 つー・・・とメイドの顔に汗が流れた。

 何とか、と言った感じで、言葉をひねり出す。


「さ、左様でございましたか。我々、そこまでは知らず・・・」


「うふふ。構いません。祝に来てくれた事には変わりませんもの。ありがとうございます」


「その、此度は、大変、お喜び申し上げます・・・そ、それでは、長くなっても申し訳ありませんので・・・お時間頂きましてありがとうございました。私はこれにて」


 マサヒデはそこでメイドに声をかけた。


「あ、お待ち下さい」


「は」


「これ、皆には、内緒ですよ」


「あら。マサヒデ様ったら。うふふ」


「皆の驚く顔が楽しみですね」


 マサヒデとマツは顔を合せて笑った。


----------


 メイド達の挨拶は、すぐに終わった。

 皆が驚き、


「子が?」「タマゴ?」


 などと、困惑の表情を浮かべ、その後、驚いていた。

 その顔を見て、マサヒデもマツもにやにやしていた。


 最後の1人の挨拶が終わり、静かに襖が閉じられた。


「さ、マツさん」


 マサヒデは、起き上がっていたマツをそっと横たえた。

 布団を掛け、額にそっと手を乗せる。


「お疲れ様でした。後は私とメイドさんに任せて、あなたはゆっくり寝ていて下さいね」


「ご面倒をおかけします」


「いいんです。1日くらい、ゆっくり休んで下さい。明日、またギルドに湯を借りに行きましょうか。ゆっくりと湯に浸かって、食堂で美味しいものを頂いて」


「オオタ様にも、とても気を使って頂きました。私、オオタ様にご挨拶を致したいと思います」


「そうですね」


「それと、明日には動いても大丈夫なのでしょう? 一応、お医者様には確認致しますけど、ばっちり稽古をしましょう。マサヒデ様の試合は明後日。明日1日しか猶予がございませんよ。きっと、魔術に対するように致しましょう」


「あ、そういえば、そうでしたね。もう試合のことなんて忘れていましたよ」


「あら。そんなに嬉しかったんですか?」


 嬉しいというより、ほとんどが驚きであったが・・・


「はい。嬉しかったです。今も嬉しいです」


「私も・・・最初は驚いてしまいましたけど」


「ふふふ。さあ、寝ましょうか。明日の稽古、楽しみにしています。よろしくお願いしますね。では、私も失礼しますね。ゆっくりお休み下さい」


「はい」


----------


 縁側の部屋に戻ると、メイドが茶を用意して待っていた。


「お手数をお掛けしますね。よろしくお願いします」


「・・・」


 メイドは黙って、マサヒデに茶を差し出した。

 マサヒデは茶を受け取り、一口、口に含んだ。


「・・・」


 メイドがこちらをじーっと見ている・・・

 相変わらずの無表情だが、何か気まずい。


「あの」


「はい」


 心なしか、彼女の返事は固く聞こえる。


「ふふ、もしかして、あなた、怒っていますね?」


「そのような事はございません」


「タマゴの事、黙っていたのを怒ってるんでしょう」


 さすがに、マサヒデにもこのくらいの事は分かる。


「そのような事はございません」


「ははは! 私もすごく驚いたんですよ。少しくらい、あなた達にその驚きを分けても良いでしょう」


「・・・」


 ぴく、と彼女の眉が上がった。


「あなたも驚いたといっても、喜ばしいことなんですから。許して下さい」


「許すなど、とんでもございません」


「ふふふ」


「・・・」


 メイドは無表情のまま、マサヒデの笑顔をじっと見ていたが、ふんっ、と顔を逸した。


「トミヤス様。一言申し上げます」


「はい。なんでしょう」


「あなたは、お人が悪うございます」


「あははっ!」


 初めて、メイドの表情が動いた。

 ぷんぷんした顔をして、あからさまに怒った表情を浮かべた。


「ふふ、気が収まったら、喜んで頂けますか」


「ふんっ」


 マサヒデは、普段はいつも無表情なメイドの、あからさまな顔を見ることが出来て、嬉しかった。

 昨晩のマツを囲んでいたメイド達。

 マサヒデに怒ったメイド達。

 いつも無表情ではあるが、彼女達も顔に出さないだけで、彼女達にも感情があるのだ。


 怒っている所に出す話ではないが、今、感情が出ている所で話しておきたい。

 マサヒデはそう思って、ひとつ、メイドに頼みを願おうと思った。


「・・・ところで、真面目な話をしますが、聞いて頂けますか」


「・・・なんでございましょう」


 こちらを向いたメイドの顔からは、あからさまな表情は消えたが、目は明らかに「怒ってますよ」と言っている。


「今、怒っているあなたに頼むのは、機が悪いとは分かっていますが・・・とても大事な話なんです。聞いて頂けますか」


 マサヒデが真面目な表情をしているので、先程までの怒りを消して、メイドも顔を引き締めた。


「・・・はい」


「あなた方が、普段はマツさんを怖れているのは知っています。ですが、昨晩のマツさんを囲んだ時のあなた方。本当に、嬉しそうだった。まるで、怖れなど感じていなかった」


「・・・」


「マツさんは、誰もが怖れるような、すごい気を発しますけど、あれは、わざとじゃないんです。どうしても、出てしまうものなんです。体質のようなものです」


「・・・」


「あれに馴れろとは言いませんし、あなた方の仕事上、一歩線を引くのは当然ですけど・・・マツさんは、今までずっと孤独な生活を送ってきました。気を許して仲良くしてくれる方など、ほとんどいなかったはず。今もそうです」


「・・・」


「昨晩のように、同じ女性に囲まれて、あのように騒いだのは、生涯で初めてではないでしょうか。きっと、マツさんに普通に接することが出来た女性は、お母上くらいだったかもしれません。いや、もしかしたら、お母上も・・・」


 メイドはじっとマサヒデを見つめている。

 もう、目から怒りは消えている。


「オオタ様やマツモトさんは心良くしてくれておりますが、やはり男性と女性。どこかで一歩、線を引いているはず」


 マサヒデは、手を付いて頭を下げた。


「皆様、どうか、マツさんと、仲良くしてもらえませんか。昨晩のように、いつも囲んで騒げというのではありません。同じ女性の・・・もし可能であれば、仕事の外では友として・・・お願いします」


「トミヤス様。頭をお上げ下さい」


 メイドはマサヒデをじっと見つめ、


「トミヤス様。あなたは勘違いをされておられます」


「勘違い?」


「本当に我々が心の奥底からマツ様を怖れているのであれば、昨晩のようにマツ様に近付いて、初夜のご用意など出来ません。ご命令がなければ、動けなかったでしょう」


「と、いうことは」


「はい。怖ろしい魔術や、たまに発する気。怖れも致します。大変悲しいことですが、確かに、メイドの中にはマツ様を避けている者もおります。しかし、我らはそうではございません。でなければ、本日、すすんで祝の為にお目通りを、などと願いは致しません」


「あ、そうか・・・そうですね」


「トミヤス様、そのご心配は当然でございます。皆、マツ様に怖れも抱くことはございます。仕事上、線を引いております。避けているように見えて、当然でございます。ですが、少なくとも本日参りました者達は、皆、マツ様と心良くと願っております」


「私が、心配しすぎていただけだったんですね」


「左様でございます」


 マサヒデはもう一度、頭を下げた。


「皆さん、これからも、マツさんをよろしくお願いします」


 メイドはふっと笑いを浮かべ、


「しかし、マツ様は貴族。我らは平民。身分が違いすぎますから、いくらなんでも、友は難しいお願いですよ」


 そう言って、メイドは、すっとマサヒデの前にケーキを差し出した。


「さ、こちらギルドからお持ちしました。茶菓子です。ご賞味下さい」


 マサヒデは皿を受け取って、口にケーキを入れた。

 溶けるようなクリームの感触。柔らかな、しかし、絶妙な弾力のあるスポンジ。

 口の中に甘さが広がり、次いで、柑橘類の香り。

 いつもより、ケーキが甘い。

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