第6話 懐古         6/8




 某女子高生との初めての出会いはちょうど一年前に遡る。


 僕の方は入学生総代を務めた某女子高生のことを、実は全然知らなかった。

 初めて顔を合わせるもの同士の中で、入学式に誰が代表に選ばれて挨拶したかなんて覚えているわけがない。


 大体成績がいい奴なんて僕には何の縁もない。


 因みに入学生392人中、僕の入試での順位は358位。

 下から数えた方が圧倒的に早い。


 総代なんて間違っても当たる心配がなかったのは事実だ。


 二年になって理系と文系で大雑把にクラスが分配されて、理系だった僕と某女子高生はたまたま同じクラスになった。


 たまたま同じクラスで、たまたま席が近かった。


 学生時代の出会いなんてそんなモン。


 まあ、学生でない時分の出会いと言ったら幼稚園まで遡らねばならないから、当然のごとく出会いの記憶など全くないが。


 学校始まって以来の天才と誉れ高い女が近所の席で、別に取り立ててこれといった感慨を覚えた事もない。


 そもそも某女子高生は社交性が欠けていて、学校内じゃ愛想笑いすらしない。


 笑みと言えば冷笑か嘲笑。時々失笑。


 学校内でも嫌われ者で、特に同じ女子からの嫌われ振りは凄まじいものがある。


 顔はいいのに高嶺の花過ぎて誰も手を出せない始末。

 まさに鉄壁だ。


 そんな輩からわざわざ劣悪とまで言われるはめになったのは、ちょうど二年の夏。半年くらい前のことだ。


 年間の八割を遅刻している人間が、補習に夏休み中だというのに登校していると、道端で絡まれてる某女子高生に出くわした。


 ここで僕が颯爽と某女子高生を救い出せるような甲斐性があれば、まだマシなのだが、人生に波風を立てるのは僕の流儀ではない。


 かと言って進行方向にいる以上、それを迂回するのも面倒だ。


 素知らぬふりで通り過ぎてもいいが、面倒になりそうだなと思っていると、絡んでいるアホの内の一人がこちらを睨み付けてくる。


「なんだてめえは。なにジロジロ見てんだよ、ああ?」


 険しい顔つきでの恫喝。筋違いだ。


「何してんの?」

「あ?」


 僕の質問に言葉の意味が分からないと言ったアホその2。


「何してんのかって聞いてるんだけど?」

「何してるように見える?」


 アホその3が頭の悪そうな笑みを浮かべて聞き返す。

 質問に質問を返すなと言いたかったが、それはこちらが先か。


「ナンパかカツアゲか、集団暴行か、ただの世間話」

「分かってんじゃねえか。だったらすっこんでろ」


 分かってるって、結局どれだったんだ?


 分からないから聞いてるってのに。まあ、どうでもいいか。


「カツアゲならご自由に。集団暴行かナンパならお薦めしないな。その女に女である何かを期待してるなら尚更。病気持ちだよ、その女。いやいや、僕も酷い目あっちゃって。いま通院中でさ。これ診断書なんだけど、見る?」


「ああ? なんだよ病気持ちかよ」

「外面に騙されるとロクな目に遭わんよ。一応忠告しといたから」


 僕はそのまま通り過ぎた。


 後ろの方で海釣りに行ったらわかめばかりが引っ掛かって魚が釣れなかった初心者みたいなため息が漏れて、アホ共が立ち去る気配がした。


 そして足音が一つ足早に近づいてくる。


「おい、そこのクラスメイト。ちょっと待て」

「はい?」


 振り返った瞬間、唸りを上げて拳が迫っていた。


 何とかかわしたが尻餅をついてしまう。


「何を避けている。甘んじて受けろ」

「いや、殴られる理由が見あたらない、んだけど?」


「余計なお節介をした挙げ句、不当な話を捏造されたのだ。侮辱され傷ついた私の矜持の慰謝料を、拳一発で済ませてやろうと言うのだ。感謝して欲しいな」


「ん? 何をそんなに怒る?」

 僕の当然の疑問に、某女子高生はわなわなと震えた。


「それすら理解できないか。劣悪だな、劣悪なるかなクラスメイト。名前は一体何だったか。ああ、別にいい名乗る必要はない。貴様の如き劣悪なる存在に固有名詞は勿体ない」


「助けてやったと恩を売るつもりもないし、売ったつもりもないけど、なにやら怒らせたようだな。あんたの下らん矜持とやらの慰謝料なんぞ払う気もないが、せめて謝ろうと言うんだ。なにが悪かった?」


「人のことを病気持ち呼ばわりしただろう。殺人の動機にすら匹敵しかねないぞ。親切心で教えておいてやるが」


「ああ、なるほどな。下らない。君もそうか某女子高生。君も目的のために手段を選び抜かなくては満足できない小人か。やれやれ、頭は良いと思っていたが、存外器は小さいな」


「そのセリフ、高く付くぞ」


「君が大人物だというなら僕如き小物の戯れ言など気にするな。君には何の影響も及ぼせないほど小さな羽虫の如き僕の言葉など、君のような偉人がわざわざ気に掛ける必要もない。君が君の思っているほどに優秀だというならば、ここは何でもない状況のはずだが?」


「なるほど」


 落ち着き払って頷いた某女子高生に、その後散々殴られた。


 空手の有段者というソースがあれば、僕もあそこまであからさまに挑発しなかったのだが。


 少なくともあれ以来、あそこまで思いきり踏み込んでおちょくったことはない。


 まあ、そんな邂逅から半年間、僕と某女子高生の間の関係は主にメールでのやりとりに留まった。


 某女子高生は人前での馴れ合いを好まなかったし、僕も正面切って某女子高生を挑発する愚は犯せなかった。


 まあ、メル友というには少し頻度が少なくはあったが。


 そんな某女子高生のことが好きかと問われれば、僕は迷い無く首を横に振る。


 僕が積極的に関わりたいと思う人間ではないのだ。


 馬鹿にしてはいるが、良家の子女で、日本一頭がいい高校生で、見た目もいい。

 そう言う奴は芸能人でもやっていればいい。


 僕は何より偶像が嫌いだ。


 某女子高生。まあ、からかって面白い奴ではある。


 だがそれは、猫じゃらしで虎と遊ぶくらい危ういことなのだ。




 ◇◇◇◆◆◆




 初めて劣悪なる元クラスメイト出会ったのは、入学式の日だった。


 入学式とそれに続くクラスでの顔合わせが終了し、いざ帰ろうかというその時だ。


 あの出来れば縁を切りたい母親が、ばったり知り合いに会って話が弾み始めた。


 帰りは母親の自動車で帰るはずだった私は、用が済んだら携帯に電話するという約束を交わし、時間を潰すために学校の近くにある店を回っていた。


 服屋や靴屋は、所詮スーパーに便乗して建っているようなものだったので、大したものは置いていなかった。


 早くも飽き始めていた私は、仕方なくゲームセンターの方に足を運んだ。


 私にゲームなどという俗なものを楽しむ習慣はない。

 こんなもの人間が生きていく上で何の身にもならないではないか。


 鼓膜に煩い中で、どこかに腰を下ろそうかと思っていると、一角に人だかりが出来ていた。


 ゲームセンター内は入学式後と言うこともあって、同じ制服に身を包んだ者達が多く見られたが、人だかりも当然のように青い制服だった。


 野次馬根性など特になかったが、他にやることもないのでその人だかりに混じると、あの劣悪なる元クラスメイトが、格闘ゲームの筐体の前に座って、せわしなくスティックとボタンを叩いている。


 正直私には何が凄いのかさっぱり分からなかったが、周りにいるゲーム好きそうな俗物共は口々にその腕を賞賛している。


 こんなものの腕がいくら良くても賞賛されるほどのものとも思えなかった。


 直ぐに興味も失せて寂れて誰もいない筐体の前の椅子に腰を下ろした。


 ちょうどあの元クラスメイトが座っている反対側にいた男が、荒々しく立ち上がった。


 体つきを見るに、そこそこ鍛えているようだ。


 筋肉は硬そうだが。


「おい、一年坊主」


 反対側に群がっていた制服軍団が散らばって、元クラスメイトが筋肉男に引き上げられるのが見えた。


「ちょっとツラ貸せ」


 古風だなと思って眺めていると、あえなく引っ立てられていった。


 特に堪えている風はない。


 慣れていると言った顔だ。


 その頃にはあれだけいた制服姿の新入生の姿は大分減っていた。

 さっきの騒ぎで興ざめしたらしい。


 明日から学校なのだからさっさと帰った方がいいだろう。そう思う。


 元クラスメイトは真っ直ぐこちらに歩いてくると、私の隣に座った。


 何事かと思っていると、百円玉を入れてゲームを始めた。


 何事も無かったかのように。


 やっているのは縦スクロールのシューティングゲーム。素人の私から見ても尋常ならざる腕だというのは良く分かった。


 まるで機械のように正確な操作。


「上手いものだな。ああ言うことは良くあるのか?」

 気が付くと私から話しかけていた。


「何が? って、ああ絡まれるのは良くある。見てたのか、あんた」


「一部始終な」


「男子トイレを覗き見とは随分変態なんだな」


「……そこまで見ていたわけ無いだろう」


「じゃ、一部始終じゃないだろ」


 ムカツク奴だった。


 私も店の裏まで連れて行って殴ってやろうかと思ったが、いくら何でも軽挙過ぎるので止めておいた。


「お前新入生だろ。何組だ?」

「四組。アンタは?」


「五組だ」

「ふーん」


「……悔しくはないのか?」

「は?」


 元クラスメイトは私の方を見る。


 恐ろしいことに見もしないのに手は正確に動いている。


 全部記憶しているとでも言うように。


「殴られっぱなしで、と言うことだ」


「争いは嫌いだ。大抵の奴は一発殴ればそれで気が済む。殴り返して三発殴られるより効率いいだろ?」


「それでも男か」

「生物学上は」


「まったく骨のない……っと。ようやく話を終えたか、あの女。では縁があればまたな」

「ああ」


 劣悪なる元クラスメイトとのファーストコンタクトはそれで終了した。


 その後二年になるまで一度も会話をせず、2度目のコンタクトは……思い出したくもない。


 その上あいつは私のことを完全に忘れていた。今なら断言できるが、あいつに記憶力というものを期待するだけ無駄だ。


 刹那的にしか生きていない輩なのだ、アレは。


 目的を遂行するのに手段を選ばず、出来るだけ少ない労力で効率よく行う。


 そこに自分の不利益や不都合な点があってもなんら看過しない異常性。

 私も理性の権化とさえ評されるほど行動に自覚的な人間ではあるが、あの劣悪はそれですらない。


 全くの真逆。自覚が無いのだ。自分をないがしろにしているという。


 目的は目的でしかなく、それが何のためであるのか、あの劣悪は自覚がない。


 だから、行為を限定しない。

 結果だけを追求する。

 生まれながらの本末転倒。


 それがあの劣悪の、劣悪たる理由だ。



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