第78話 諜報員

「お初にお目にかかります。私はコーガス侯爵家で執事長をつとめている、タケル・ユーシャーと申します」


コーガス侯爵家の人間である事を隠さず、俺は礼儀正しく名乗る。


まあ目的は第三王子を侯爵領に招待する事だからな。

身分を隠す意味がない。


「コーガス………エンデル王国所属である侯爵家の人間が、何故ここに?」


俺が国外の貴族家の人間だと知り、ローラが戦闘態勢のまま聞いて来る。


警戒心丸出しだが、まあ当然だろう。

他所の国の人間が混迷している公国の首都に乗り込んできて、何の前触れもなく自分達の前に突然現れたのだ。

いくら助けて貰っているとは言え、警戒するのは当然という物。


「その説明の前に……まずは皆さまに謝罪させていただきます」


「謝罪?どういう事でしょうか?」


「このウルは……」


俺は足元にいるウルへと視線を向ける。


「我がコーガス侯爵家に所属する諜報員――所謂、忍犬なのです」


実際は俺の分身な訳だが、それは伏せてニンジャマンの口にした忍犬に乗っておく。


『いつも全裸で側にいたのかよ!』


とか思われたらいやだから。

という訳ではなく、分身系の能力をわざわざ馬鹿正直に教える気がないためだ。

無意味に自分の能力をひけらかせば、後々出来る事――得意裏で――の幅を狭めてしまいかねないからな。


だから俺とは別の、特殊な訓練を施された狼としておいた方が都合がいいのだ。


「ウルが諜報員……」


「そんな」


「やはり忍犬で御座ったか。確かに忍犬ならば諜報員としても一流で御座るな」


俺の言葉にショックを受ける面々の中で、ニンジャマンだけが嬉しそうに『ニンニン』と頷いていた。

まあこいつは正確には青の勇者一行じゃなかったし、推定だった忍犬が確定した事が単純に嬉しいのだろう。


「ウルがそうだったとして……コーガス侯爵家は、いったい公国で何をなさっていたんですか」


そう俺に尋ねるローラの目は非難気だ。

まあ他所の国の貴族が、公国で何かを嗅ぎまわっていたと知らされれば不快にもなるだろうから仕方ない。


「実は少し前に、侯爵家に害をなそうとした不埒物がおりまして」


ウルを送った事情は、隠さず素直に伝えるつもりだ。

下手な嘘を考えるより、ずっと合理的な理由だからな。


「不埒ものですか?」


「ええ。皆さんもよくご存じの相手。そう……闇蠍です」


「闇蠍がコーガス侯爵家を……」


「まあ事なきは得たのですが……当然、侯爵家に手を出した者達を放置する訳にはいきません。ですので独自に調査を行っていた訳ですが、彼らの隠蔽は巧妙な物で結果は芳しい物ではございませんでした」


奴らの情報のロックは徹底されており、本格的に調査してなおその追跡は困難な物となっていた。

そのため、俺は未だその全容を伺い知る事が出来ずにいた。

本当に厄介極まりない相手である。


まあ、俺がそこまで追跡能力に長けてる訳じゃないってのもあるが……


「ですが調べていくうちにある事が判明しました。それは……」


俺はアークの方へと視線を向ける。


「アーク殿が、継続的に闇蠍の襲撃を受けているという事実。そしてその事実に辿り着いた私は、他に手立てのなかったので止む無く、闇蠍の尻尾を掴むべくウルを派遣したという訳です」


「なるほど……」


「ですので、公国に対する害意があっての行動という訳ではないのです。もしそうだったなら、そもそも冒険者である皆様にウルを付けたりはいたしません」


俺の話を鵜呑みにはしないだろうが、まあ少なくとも国政に関わる諜報が疑われる心配はないだろう。

一介の冒険者にくっ付いて得られる国の機密なんて、ある訳ないからな。


まあ今回の様な第三王子関連のイレギュラーもあるが……


流石にそれを期待して諜報活動に組み込むのは、非合理的すぎる話だ。

なので、彼らもそんな無茶な可能性を考慮したりはしないだろう。


「何故ウルを私達に付けていたのかは理解しました。そしてそこから得た情報を元に動かれたのも。分からないのはその目的です。説明頂けますか?」


「はい。私がこの場に訪れた目的ですが……端的に申し上げますと、第三王子をコーガス侯爵家で保護させて頂こうかと思っての行動になります」


「――っ!?第三王子の保護……」


ここまでは、どうやって情報を手に入れたかという話でしかない。

交渉はここからだ。

彼らが納得する提案を差し出さなければならない。


と、その前に――


「まあこの場で長話もなんですので、場所を変えるとしましょうか」


公国軍の奴らはまだ気絶しているが、体力のある奴なんかはそろそろ目覚めだしてもおかしくはない。

まあ大した障害にはなりはしないが、そうなると落ち着いて話が出来なくなる。

場所は移しておくに越した事はないだろう。


「そ、そうですね。では移動を――」


「ああ、皆さんはそのまま動かないでください。私がお送りしますので」


「送る?」


ローラが俺の言葉に、訝し気に首を捻った。

他の面子も、言っている意味が分からないと言った感じだ。


「転移魔法を使って、安全な場所まで皆様をお送りしますので」


俺はそう告げると、高速で魔法を詠唱して転移魔法を発動させた。

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