第65話 調印
ミドルズ公王には、三人の息子がいる。
そのうち長男と次男は、母側の家の干渉によってとんでもない屑に育ってしまっていた。
しかも両者とも権力欲が強く。
人目もはばからず継承権争いを堂々と繰り広げる始末。
その醜い姿に、公王や両者の派閥に属さない貴族達は強い不安を覚えた。
どちらが勝っても、絶対に碌な事にならない、と。
そこで白羽の矢が立ったのが第三王子だ。
聡明で優しく。
人徳もある人物。
正に上の二人とは正反対の人物と言えるだろう。
だが第三王子には問題がいくつかあった。
母親が低位の貴族出身である点――後ろ盾がないに等しい。
更に上二人とは年が大きく離れており、現在まだ13歳である点――成人は15歳。
しかも本人が病弱であるため、国のトップを務めさせるのに懸念もある。
そのため今公王が亡くなれば、確実に第三王子は他の二人に排除されてしまう事になるだろう。
それを何とかするためにも、公王は後何年かは生きなければならなかった。
第三王子の成人と、後ろ盾を用意する為の時間を稼ぐために。
それには聖女タケコの助力が必要不可欠であり、そのために公王はコーガス侯爵家から無茶な条件を出されても飲まざる得ないのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「こちらにサインをお願いします」
レイミーを連れて俺は王都へとやって来ていた。
例のミドルズ公国から、コーガス侯爵領への移住の件の調印の為に。
他国の人間を受け入れるのに、王家の承認を得ない訳にはいかないからな。
内容的にはまあ、受け入れた奴らの扱いについてだ。
移住者は10年間、侯爵領の中でのみ生活が許され。
彼らが外に出て問題を起こした場合、侯爵家が全ての責任を負うと言った感じだ。
これはハッキリ言って、受け入れる側のデメリットが果てしなく大きい条件と言えるだろう。
犯罪者などは受け入れ時の審査で国が弾くとは言え、なにせ移住して来るのは真面に就学しているかも怪しい貧困層や、スラムの孤児メインだ。
そんな人間達を10年も完璧に管理するのは、相当難しいと言わざる得ない。
……まあでも、それぐらいの内容じゃないと国が首を縦に振ってくれないのだからしょうがない。
受け入れる事にメリットが殆どない以上、当然国側はそれを渋る。
だから、問題が起きたら全て侯爵家で引き受ける形でしか許可が下りなかったのだ。
……ま、俺が管理するから全く問題ないけどな。
移住人数は最初は400人。
それを5年連続で続け、計2,000人程受け入れる予定となっている。
この程度の数なら、俺の力と、大河に急遽制作させているGPS的な機能付きの埋め込み式マジックイテム――マイクロチップみたいなもの――があれば管理は楽勝だ。
まあ、常識人の大河には最初非人道的だからと作るのを渋られたが……
移住によって彼らがどれ程の利益を得るのか。
そしてコーガス侯爵家にとって、それがどれ程大きな前進があるのかを。
『犬やサルには首輪が必要』などという本音は悟らせずに懇々と説明して、俺は彼を言い含める事に成功している。
「あ、はい……」
レイミーが背後に立つ俺をチラ見して来たので、俺は笑顔で頷く。
はたから見たら傀儡待ったなしで余り宜しくない行動なのだが、まあ多少は仕方ない。
こういう雰囲気の場にはまだ、彼女は不慣れだからな。
こうして国との調印を終え、正式にコーガス侯爵領に移住者がやって来る運びとなった。
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