第64話 支援

コーガス侯爵邸に客人達がやって来た。

ミドルズ公国の公王が遣わした使者達だ。


「ミドルズ公国から、コーガス侯爵家の復興を支援したいと考えておりまして」。


「ほう……支援ですか?」


彼らが支援を持ち掛けてきた理由は単純明快だ。

公王の治療を聖女タケコ・セージョーに断られたからである。


彼女が断った理由は――


『コーガス侯爵家にお世話になっておりますので、公国と侯爵家の関係は聞き及んでいます。残念ながら我が神は、恩義を踏み倒す様な者への施しを良しとしておりません』


――コーガス侯爵家のピンチに恩返ししなかったという点だ。


不義理な人間には施しを上げません!

治療して欲しかったら、不義理を悔いてまずは恩返しをしなさい!


そう言われ、ミドルズ公国は慌てて今回の使者を送って来たという訳だ。

因みに対応しているのは俺とエーツーだけで、レイミーはこの場にはいない。


本来、他国とは言え王家からの使者を執事だけで――全権を与えられているとは言え――対応するのは失礼極まりない行為である。

だが30年前の事で、コーガス侯爵家とミドルズ公国の関係は最悪に近い状態だ。

そんな相手の顔を立ててやる謂れはない。


「はい。100年前のご恩返しとして、公国を上げ、コーガス侯爵家の復興を支援する事をお約束します」


「有難い事です。が……そのお言葉は30年前に聞きたかった物ですね」


「こちらにも色々と事情がありまして……遅ればせながら、侯爵家の復興をお手伝いさせて頂こうかと」


俺の放った嫌味に、使者の代表と思われる男は、困った顔になりながらもスムーズに受け答えして来た。

彼らも自分達がコーガス侯爵家にどう思われているか分かっているので、こういう状況は想定済みなのだろう。


ま、こっちは嫌がらせのために聖女に昔の事伝えてるぐらいだからな。

そりゃ気づくよな。

滅茶苦茶恨まれてるって。


「なるほど……分かりました。ではお帰りになったら、お気持ち【だけ】は受け取ったと公王様にお伝えください」


俺は柔らかく『さっさと帰れ』と伝える。

支援は必要ないとアピールする為に。


「お、お待ちください!」


俺の素気無い言葉に使者達が血相を変える。

いくら嫌われているとは言え、無碍むげに追い返されるとは夢にも思っていなかったのだろう。


まあそりゃ普通は、無条件で支援してくれる相手を話も聞かず追い返したりはしないからな。

焦りもするだろうさ。


「公王陛下は……あまり公には出来ませんが、もう先の長くないお体。亡くなられる前に、是非とも過去の清算を済ませたいとお望みなのです」


清算、ね……


聖女に治療して貰う。

公国の狙いは明らかにそこな訳だが、此方が断り辛い様に死の間際の清算にすり替えて来るとか、小狡い奴らである。


ま、支援を断る気は初めっからないから別に理由はなんでもいいが……


今渋っているのは、ちょっとした駆け引きに過ぎない。


「なるほど……ですが現在、コーガス侯爵家の資金繰りは全く問題がありません。特に困ってもいない状況で他国からの資金提供を受ければ、他の貴族や王家がコーガス侯爵家をどう見るか……」


何もないのに他所の国から大金を受け取ったら、普通は周囲から勘繰られる物だ。

それを理由に更に渋ってやる。


「我が家は復興の際中にあり、余計な勘繰りを受けるのは好ましくありません。ですので、心中はお察ししますが……」


「そ、そうおっしゃらず……」


大前提が恩返しである以上、相手に迷惑と言われたらお手上げだろう。

ましてやそれが、自己満足という体なら猶更である。

無理強いなどありえない。


……ま、このぐらいでいいだろう。


『頼んだぞ』


『分かった』


俺はエーツーに伝音を送る。

これは事前に指示しておいた、相手に対し要望を押し付けるすくいのてをさしのべる合図だ。


「タケル殿、今現在当家の復興に当たって一つ問題があるではありませんか。そちらを相談されてみては?」


「何か困ったことがおありなのですか!?」


エーツーの言葉に、使者が食いついて来る。

このまま追い返されれば、何しに来たのか分からないのだから当然だ。


「ふむ……ご存じかと思われますが、コーガス侯爵家の新しい領地は曰く付きでして……」


「土地に問題があると?」


「いえ、土地には何ら問題はありません。問題はイメージです。悪いイメージのため、領地民があつまらないのです。それが爵家における目下にして、唯一の悩みと言えましょう」


「ぬ……それは……」


俺の言葉を聞き終え、使者達が顔を引きつらせる。

此方が欲しているのが人だと理解したからだ。


ま、当然の反応だわな。

貧困層の引っこ抜きとは言え、資金援助よりそちらの方が遥かにハードルは高い。

国を超えた人の強制移住なんて、そうそう簡単に出来る訳もないのだ。


「まあ無茶な話だとは思いますので、聞き流して頂いて結構です。ですが……他には此方からの要望は御座いませんので。もし無理な様でしたら、このままお引き取りお願いするしかないかと」


「……」


俺の言葉に使者達が黙り込んだ。


まあ無理もないだろう。

彼らにはそれなりの権限が与えられているのだろうが、此方の要望は確実にそれを超えている物だ。

だが聖女の助力は絶対に得なければならない。


イエスと簡単に答えられないと同時に、ノーと言えない案件。

そんな状況で彼らが取れる手段は――


「少し……時間を頂けませんでしょうか?国に確認してきますので」


――上の指示を仰ぐ事だけである。


「ええ、構いません」


彼らは通信用のマジックアイテムを持っており、それを使って確認する様だった。

なので俺は屋敷の空き部屋へと使者達を案内してやる。

此方の目の前でやり取りは出来ないだろうからな。


「こちらの要望は通るのか?明らかに無理って顔をしていたが?」


二人っきりになった所でエーツーが聞いて来る。


「問題ない。確実に通るさ」


ミドルズ公国の状況は、抜かりなくリサーチ済みだ。

なので間違いなく此方の要望は通る。


「何せ現公王は、今はまだ絶対に死にたくないって思ってる筈だからな」


そう、公王には死ねない理由があるのだ。

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