第47話 願い
聖女襲撃から数日。
その日、秘華宮に外から客人がやって来ていた。
「先日の一件……正直、理解しかねますね」
応接室に通された客人――金髪の男性が、宮の主であるヴィーガに向かってそう告げる。
男の名はアグルス・デベロッペ。
デベロッペ子爵家の若き当主であり、ヴィーガ・エンデルの甥にあたる人物――魔人だ。
「……」
ヴィーガはアグルスの歯に衣を着せない言葉に眉根を顰めた。
「なぜあの様な真似を?」
アグルスの言う『あの様な真似』とは、聖女暗殺の事を指している。
「貴方にも説明したはずです。かの聖女は、我らの妨げになると予知に出たと」
「だから暗殺を企てたと?」
「そうです。全ては我らが未来のため」
「叔母上の予知能力ですか……」
ヴィーガには予知能力があった。
その能力があったからこそ、子爵家の令嬢でしかなかった彼女は前エンデル国王の妻になれたと言っても過言ではないだろう。
「絶対ではないと聞きますが?」
「確かに100%ではありません。ですが、憂いの芽は早めに摘んでおくに限ります」
彼女の予知は何でも分かる訳でもなければ、出た予測が絶対という訳でも無かった。
的中率は7割ほどと言っていいだろう。
とは言え、7割の確率で致命的な妨害を受けかねないとなれば、大抵はそれに対して対策を講じる物だ。
なのでヴィーガの主張は正しいと言えるだろう。
だが――
「憂いの芽……ですか?お言葉を返す様ですが、放っておいても聖女タケコは自滅していたのでは?」
――アグルスは外れている3割の方だと認識していた。
何故なら、聖女タケコは魔王の残した呪いの解呪を宣言しているからだ。
「それともまさか……叔母上は魔王様の呪いが、聖女に解呪される可能性があるなどと本気で考えているのですか?」
魔王の放った呪いの解呪は、失敗すればそれを試みた者へと確実な死を与える類の物だ。
彼ら魔人にとって崇拝の対象である魔王が生み出したそれを、人間の聖女如きが解除できる訳がない。
ならば聖女は放っておいても確実に死ぬはず。
それがアグルスの、いや、多くの魔人達の考えである。
にも拘らず、ヴィーガは放っておいても滅びる聖女にわざわざ手を出したのだ。
その行動を理解不能とアグルスが考えるのも、尤もな話と言えるだろう。
「もちろん私も成功するとは考えていません。ですが、世の中には万一と言う事があります。私はそれを回避する為、聖女の処理を決めたのです」
ヴィーガの万一の保険という答え。
それを聞いたアグルスは大きく溜息を吐いた。
「万一などありえませんよ。叔母上はそんなありもしない可能性を潰す為に、優秀な同胞を無駄死にさせたというのですか?」
「――っ、それは……」
言われてヴィーガは顔を歪める。
せめて聖女を始末できていたならばともかく、失敗している以上、それが無駄死にであると評されても仕方ない事だ。
だからそこを詰められては、彼女に返す言葉はなかった。
「今回の一件で、バグリッチ様は叔母上の軽率な行動に大変失望しておられましたよ」
現在、各地に散らばる魔人達のリーダーを務める存在。
それがバグリッチである。
「バグリッチ様は、件の聖女に関してもう余計な真似をするなとおっしゃっています。私が今日訪ねて来たのもそのためですよ」
「しかし……」
「叔母上。絶対的に数の少ない魔人にとって、軽率な行動は致命傷に繋がりえない。だから今までずっと、我々は影に潜んで静かに活動して来たのではないですか。来るべき日の為に」
「……」
「魔王様復活までまだ暫し時があります。どうか慎重な行動を」
ヴィーガは聖女に対し、強い不吉な予感を感じて仕方がなかった。
だからこそ、出来るだけ速やかに処理しようと動いたのだ。
「……分かりました」
だが現実的に考えるならば、アグルス達他の魔人の考えの方が正しい。
そして自分の勘で配下を動かし、そして失うという失態を犯している以上、リーダーであるバグリッチの指示を無視する事など出来る訳も無かった。
「大丈夫ですよ、叔母上。きっと何もかも上手く行きます。そのために我々は100年も耐え忍んで来たのですから」
じきに魔王が復活し、魔人が隠れて暮らす日々は終わる。
そして万一勇者が生きていたとしても、今度こそ蘇った魔王が勝利してくれるはず。
魔人達はそれを信じて疑わない。
何故なら、魔王は彼らにとって神にも等しい存在だからだ。
だがその願いは決して――
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