第46話 アビーレ神聖教

――王宮内のとある化粧室。


「何があったアクレイン」


王都が厳戒態勢に置かれてから三日。

護衛の監視が厳しく、近づく事が難しかった聖女タケコ――水の精霊アクレインと接触する事にやっと成功する。


流石の俺も最大レベルの警戒の中、痕跡一つ残さず侵入するというのは簡単ではないからな。


もちろん緊急性が高ければ無理やりにでも接触しただろうが、コーガス侯爵家が狙われた訳ではないのでその重要度は低い。

仮に用意した分身せいじょが殺されたとしても、別に中の精霊が死んだりする訳でもないし。


まあ今のアクレインを殺せるレベルの奴がいるなら、多少警戒は必要ではあるが……


「申し訳ございません」


アクレインが土下座する。

どうやら何かやらかした様だ。


「そういうのは良いから、立って説明を頼む」


「はい、実は――」


俺はアクレインから事のあらましを説明される。


「ふむ……」


聖女が襲われた。

それだけなら、アビーレ神聖教が容疑候補に真っ先に上がっていた事だろう。

彼らにとって、神聖教に所属していない聖女と呼ばれる人物は目障りこの上ない事だろうからな。


――アビーレ神聖教は、唯一神として女神アビーレを信奉するこのエンデ最大の宗教だ。


この世の神はアビーレだけであり、それ以外の神を奉じる者達は邪教であり人類の敵であると公言する様な排他的かつ攻撃的な性質を持ち。

神聖教は他の宗教を弾圧、攻撃して今現在の勢力にまで拡充されている。


ただしこのエンデル王国内においてはその活動が大きく制限されているため、その影響力は小さい。


何故制限されているのか?

理由は簡単である。

数十年前に王家と揉めたためだ。


――原因は旧魔王領の呪いの解呪をアビーレ神聖教に依頼した事に端を発する。


自国内の呪われた地を放置する事を不名誉と考えた王家。

そして呪いを解呪する事で、名を上げたかった神聖教。

お互いの思惑が合致した結果、王家は国内における神聖教の布教活動のバックアップを対価に、アビーレ神聖教に解呪を依頼したのだ。


そして100人からの神聖教の聖職者が集められ、破滅の傷跡の解呪が行われた。

その結果は言うまでもないだろう。

未だに呪いが健在なのだから。


ただまあ失敗しただけなら、王国が神聖教を冷遇する様な事はなかっただろう。

失敗したとはいえ多くの犠牲を出しているのだから。


――揉めたのは、アビーレ神聖教が欲張ったためだ。


国は失敗はしたが多くの犠牲を出てしまった事で、成功時の報酬を与えるつもりだった。

だが、聖職者達を失った事に対して相手はそれ以上を要求する。


アビーレ神聖教を国教と定める事。

さらに、トップである聖人に国王に次ぐ権限まで求めた。


王国からすれば『何言ってんだこいつら』状態である。

いくら大量の犠牲が出たとはいえ、成功したならともかく、失敗しておいてエンデル国の統治にまで口出せる権限を与えろなどと言い出したのだから当然だろう。


結局、神聖教はその主張を変える事無く強固に王国に求めたため、その間がこじれ今に至っているという訳だ。


欲をかかなければ今頃この国でも布教がある程度進んでいただろう事を考えると、まあ馬鹿な奴らとしか言いようがない。


「しかし魔族か……」


まさか、100年経った今でもまだ生き残りがいるとはな。

魔王はそのあたり何も言っていなかったが、まあ地下で眠っていた彼女が知らないのも無理はないか。


「目的はやはり解呪の妨害か」


魔族が神聖教と手を組んだとは流石に考えづらい。

となると、聖女を狙ったのは呪いの解呪を妨害する為と考えるのが無難だ。


アソコには復活途中の魔王の体があるから、それを見つけられない様に動いた……って所だろう。


まあ決めつけは良くないが。


「私がすぐさまタケル様にお知らせしてさえいれば、捕らえる事も可能だったというのに。本当に申し訳ありません」


アクレインが再び頭を下げる。

自分の失態を悔いている様だが、彼女の思考は少々俺を過大評価していると言わざる得ない。

自爆を事前に知っていたならともかく、急にやられたら俺でも対応は難しかっただろう。


「それは気にしなくていい。それより王家はなんて言ってるんだ?」


「犯人は必ず見つけ出すので、その間は王家が必ず庇護するので王城に留まって欲しいと言われております」


王家のテリトリー内で聖女の暗殺未遂が起こったのだから、彼らからすればとんでもない醜聞だ。

必死になって犯人捜しをする事だろう。


とは言え相手は王城に忍び込んで来た魔族だ。

そう簡単にその尻尾を捕まえる事は出来ないだろう。


つまり、王家の指示に従ったらアクレインは何時まで経っても王都に留まる事になると言う訳だ。


それは困る。

こっちとしても予定という物があるのだ。

王家のプライドの為に無駄な時間を浪費するつもりはない。


「庇護は断って、解呪に向かう事にしてくれ。コーガス侯爵家の護衛もいるし、それに自分の身は自分で守れるって言えば王家も無理強いは出来ないだろう」


アクレインは最初の襲撃を自力で退けている。

それだけ力がある証拠だ。


それに同行するコーガス侯爵家には、大会の優勝者と準優勝者が護衛にいる。

決して力不足とは言うまい。

まあそれでも、追加の護衛あたりは付けて来るだろうが。


「了解しました」


「じゃあ俺は戻る」


用件は済んだので、俺はさっさと退散する。

余り長時間化粧室に籠っていると、アクレインの護衛が不審がってしまうからな。


「取り敢えず、魔族の事はエーツーに聞いてみるとするか」


ひょっとしたら、彼女なら簡単な発見方法を知っているかもしれないからな。

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