第45話 襲撃
エンデル王国。
王宮の敷地内にある離宮の一つは、貴賓が寝泊まり出来るようになっている。
普段はあまり使われない場所ではあるが、ここ数日そこに寝泊まりしていた人物がいた。
――聖女と呼び声の高いタケコ・セージョーだ。
彼女はその善行から、巷で聖女と呼ばれる様になった人物である。
とはいえ、その正確な素性は知れず――本人に尋ねても濁されてしまう。
いくら聖女と呼ばれていようとも、素性の知れない人間が王家に貴賓として扱われる様な事は通常ありえない事だ。
だがそんなタケコが、賓客として王宮に迎え入れられていた。
その最大の理由は、その治癒魔法の優秀さゆえと言えるだろう。
彼女の魔法は本来なら不治と呼ばれる病を癒し、更に、先天的な欠落を修復する事まで出来たのだ。
――先天的欠落とは、生まれつき肉体の一部や機能がない事を指す。
魔法のあるこの世界では怪我などで腕や目を失っても、回復魔法で再生する事が可能となっている。
だが遺伝子の異常などで生まれつき肉体の一部を欠損して生まれた来た様な者は、その状態が通常と判定されてしまうため魔法での治療が出来なかった。
しかしタケコは、魔法でその先天的欠落すらも治療して見せたのだ。
そしてそれだけの能力を見せたからこそ、彼女はエンデル王国で賓客として扱われていた。
因みに、この治療が出来たのは歴史上二人だけである。
聖女タケコ・セージョーと。
勇者タケル・コーガスの。
――深夜・貴賓室。
貴賓室には天蓋の付いた、まるでお姫様が眠ってそうな大きなベッドが中心部に備えられていた。
そこには黒髪の美しい女性――タケコ・セージョーが眠っている。
「……」
だが、寝ていた筈のタケコの瞳が唐突に開かれた。
そして彼女は静かに上半身を起こす。
「私に何か御用ですか?」
貴賓室にタケコ以外の人影はない。
だが彼女はまるで自分の言葉を聞く者が居るかのように言葉を続ける。
「深夜の訪問の非常識を問い詰めるつもりはありません。用件があるのなら、さっさと済ませて頂けると有難いのですが?」
タケコがベッドから出て、履物を履いて立ち上がる。
「それとも……」
彼女は扉へと視線をやり。
そしてその視線を、今度は窓へと移した。
「私の方からお伺いした方が宜しいですか?」
その瞬間、轟音と共に扉が弾け飛び。
甲高い音と共に窓が粉々に砕けた。
そして力づくで解放された扉と窓から、黒衣を身にまとった者達が飛び込んで来る。
侵入者の数は二人。
二人は真っすぐに聖女の元へと迫り、彼女を挟み込む形で手にした凶器を――少し反り気味の黒い刀身をした短剣――それぞれ首と心臓へと狙いを定めて迷いなくつき込む。
だが――
「なっ!?」
「馬鹿な!?」
その刃が、タケコの肉体に降れる直前に止まってしまう。
暗殺者達が目を見開き驚いている事からも、彼らが直前で止めた訳でない事は明白だ。
ならば、その攻撃を止めたのは聖女タケコという事になる訳だが……
「魔法ですよ。話しかけたのは、中に魔法の詠唱を混ぜるためだったんです」
詠唱を圧縮し、それを会話の中に混ぜる。
言うのは簡単だが、通常、人間では到底なし得ない超技術だ。
それをサラリとやってのけたという聖女の言葉に、襲撃者たちは戦慄する。
「聖女だからと、癒ししか出来ない訳ではないんですよ?」
魔法で固定されピクリとも動かなくなったナイフから、暗殺者達は素早く手を離した。
「あら……」
暗殺者二人の気配が急激に変化し、それを察知したタケコがその変化に目を細めた。
――彼女の目の前で、二人の姿が変わっていく。
手から人の物とは思えない長く鋭い爪が生え、額と肩からは太い角が。
体格は一回り大きくなって、背中の部分からも角の様な物が幾本も飛び出して来る。
「この魔力……貴方達、魔族だった訳ね。まさか生き残りがいるなんて」
襲撃者の異形化。
それを目の当たりにしても、タケコに焦った様な様子はない。
「貴様を殺す!」
「我ら魔人の未来のために!死ねぇ!!」
全身から魔力を放出させる魔人達がタケコへと襲い掛かる。
だが彼らが聖女の元へ辿り着くよりも早く、その肉体が突然空中に湧き出た水に捕らわれてしまう。
「なんだ!?」
「私は唱えた魔法が一つとは言ってませんよ?」
「くっ……こんなもの!」
首から下が完全に水に捕らえられている状態。
それを何とかしようと魔人達は藻掻くが、球状に彼らを捕らえた水はビクともしない。
「無駄ですよ。今の私はより完全に近い状態で召喚され、マスターから肉体まで分けて頂いているんですから。貴方方程度で、その私の魔法をどうにか出来る筈もありません」
「ぐうぅ……」
「おのれ……」
「さて……あなた方には、お話を聞かせていただきましょうか」
怨嗟の眼差しを向ける二人の殺気など意に介さず、涼しい顔でタケコが言葉を続ける。
「まずは、何故私を狙ったのか……は、まあ聞くまでもないですか」
――旧魔王城近辺の呪いの解除の妨害。
これが人間の仕業だったなら、他にも色々と理由は考えられただろう。
だが魔族――魔人――が相手なら、その可能性が極めて高いと言わざる得ない。
「じゃあそうですね……取り敢えず、他の魔人達について聞かせてい貰いましょうか」
「断る!」
「誰が貴様などの言う事など――ぐっ!?」
魔人達が急に苦悶の表情を浮かべ、呻き声を上げる。
見ると彼らを捕らえていた水球が赤く染まっていた。
「これはお願いではありません、命令です。断ればそれだけ苦しむ事になりますよ?ああ、それと言っておきますけど……自害しても無駄ですから。死んだ直後なら、私の回復魔法で蘇生可能ですので。なので、死んで楽になれるなんて甘い考えは捨ててください」
「聖女が聞いてあきれるな……」
笑顔で恐ろしい事を告げるタケコに、魔人の一人が吐き捨てる。
「魔族にかける情けなど持ち合わせていませんので」
「はっ、そうかよ」
「くくく……死んでも蘇生できるとは恐れ入る。だが――」
水球に捕らえられていた魔人達の体が赤く輝く。
「――っ!?」
「体が粉々になってもそんな真似が出来るのか見ものだな!」
「テメーも一緒にあの世行きだ!!」
次の瞬間、二人の体が爆発した。
◇◆◇◆◇
轟音が響き、大気が揺れる。
それは強烈な爆発による物。
――その爆発は、賓客用の部屋があった離宮を吹き飛ばし半壊させている。
その様子を、秘華宮から見つめる人影があった。
先代国王の妃――ヴィーガ・エンデルだ。
「なんて事……」
ヴィーガは眉根を顰め、苦々しく呟く。
彼女が今夜繰り出した凶手達は、魔人の中でもかなりの腕利きだった。
そんな二人が夜襲をかけたにもかかわらず、自爆を選ばざる得ない状況に追い詰められたのだ。
その事実に彼女は驚愕する。
魔人達は少数で、また、魔王という絶対的な支柱を欠いている状態だ。
そのため、人間の世界で生き残るためには自分達の情報の秘匿を徹底する必要があった。
バレれば待っているのは確実な死なのだから、当然の話と言えるだろう。
そして魔人の秘密を守るために徹底されたのが自爆である。
遺体すら残さず消え去れば、その痕跡を追う事など出来ない。
まさに最強の隠蔽方法と言えるだろう。
「でもこれで……」
ヴィーガがタケコの命を狙ったのは、彼女の予知で聖女が障害になると出ていたからである。
しかもその予知を肯定するかの様に、聖女タケコは旧魔王城一帯の呪いを解呪すると言い出した。
だから魔人の、そして魔王の未来のため彼女は暗殺を決行したのだ。
「憂いは消えたわ」
自爆は最初は隠滅の為の物だった。
だが長い時間の中で改良を施された事で、それはもう必殺の一撃にまで昇華されている。
それを2人分も間近で受けたのだ。
聖女は死んだと、ヴィーガは確信していた。
「二人ともご苦労でした。貴方方の尊い犠牲が我々の未来を守ったのです。ありがとう」
ヴィーガは目を閉じ黙祷する。
魔人の未来のために準じた二人を思い。
◆◇◆◇◆
「はぁー、してやられたわね」
崩壊した建物の瓦礫を押しのけ、黒髪の女性が這い上がって来る。
「まさか自爆までするなんて」
彼女は魔法で水鏡を生み出し、自分の姿を確認した。
そこには、爆発の影響でボロボロになったタケコの姿が映っていた。
「やだもう、髪の毛がちりちりじゃない……って、そんな事はどうでもいいわ。マスターにどう言い訳したらいいかしら」
自分のやらかしに憂鬱になり、タケコが大きなため息を吐く。
彼女の肉体はタケルの分身が素体になっている。
そのため、何かあった場合は直ぐに連絡を入れる事も出来たのだ。
――だがタケコはそうしなかった。
自分の手で取り押さえ、自らの手柄にしようと考えていたから。
もしいち早く連絡を入れさえていれば、駆け付けたタケルが自爆などさせる事無く相手を捕らえていた可能性が高い。
そう考えると、タケコの行動は完全に失態以外のなにものでもなかった。
「……せっかく私だけ貢献できてると思ってたのに、これじゃあ逆に叱られちゃうわ」
翌日、王家主催のパーティーは中止となった。
そして首都には、重度の警戒態勢が敷かれる事となる。
王城内の敷地にある建物が一つ何者かによって吹き飛ばされたのだから、その対応は当然と言えば当然と言えるだろう。
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