第5話 管理

殆ど使われていない執務室の机に持参した国内の地図を広げ、領地として買い取る予定の土地を俺が指し示すと――


「そんな場所を購入されるんですか?そこは危険な森のある一帯ですよ」


バーさんが眉根を顰めた。


彼女の言う通り、そこは魔物の湧き出る瘴気に蝕まれた危険な死の森だ。

普通なら好んでそんな場所を手に入れようとは考えない。


――だが、だからこそ安く買い叩ける。


そしてこれから予定している収入には、この場所が必要不可欠だ。


「もちろん理解しています」


貴族の収入源は領地からの収入で、その収入は大きく分けて四つになる。


まずは人頭税。


これは住民税みたいなものだと思って貰えばいいだろう。

基本的にかなり安く設定されているため、貴族の収入としては今一だ。


因みにこれが安いのは、高いと生まれて来た子供を隠したり、生きているのに死んだ事にして税金逃れをする人間なんかが出てくるためだ。

それをやられると領地内の人口の把握等が困難になってしまう為、基本的にどこの領地も安く設定されている。


二つ目は借地代。


貴族の領地内の土地は全部貴族の物で、そこで暮らす住民は全て土地を借りて生活している扱いだ。

とうぜん借地なので、その使用料を市民は支払う必要がある。


そして三つめが、通行税である。


これは一定規模以上の都市なんかに入る際、かかる税金だ。

旅人なんかだと大した額ではないが、荷車などにはかなりの税金がかかかる。

まあ要は、金を持っている商人を狙い撃ちにした税金だな。


課税が一定規模以上の都市なのは、小さな町や村でそれをしてしまうと、商人がそういった場所に寄り付かなくなってしまうからである。

要は僻地の救済措置だ。


で、最後が資源。

採掘した鉱物とかだな。

これに関しては当たりはずれがあるので、貴族なら絶対あるとは言えない物だ。


まあこの四つ以外にも、自分で商売するさいのメリットなどもあるが、そういうのは置いておく。


で、今の説明からも分かって貰えると思うが、貴族が収入を得るためには領地が必要不可欠となっている。

だがコーガス家は、30年前にその全てを没収されているため領地を持ち合わせていない。

今住んでいる屋敷の土地も、別の貴族から超格安で借りている物だ。


なのでコーガス侯爵家再興のためには、土地を国や他の貴族から買い上げる必要があった。


――だが、領地を買うとなると相当な額が必要になってくる。


人の住める街一つ購入しようとすれば、俺の持参金すべてをつぎ込んでも桁が二つほど足りない。

つまり、今の状況では絶対買えないという事だ。


まあそもそもそれ以前に、領地の大きさは貴族のステータスだからな……


なので金を積んだからといって、簡単に買える物ではないのだ。

じゃあどうするのか?


答えは簡単である。


「ですが……こういった訳ありの場所でなければ、誰も譲ってはくれないでしょうから」


そう、所有すること自体がマイナスに転じる土地を狙えばいいのだ。

瘴気に蝕まれ、危険な魔物が湧き続ける――この世界の魔物は瘴気から生まれて来る――森などに住み着く人間など居る訳もない。


つまり収入は発生しない場所という訳だ。

まあそれだけなら、所有者にとってマイナスはないとも言える。


だが、瘴気の発生する場所はそこを所有する貴族が適切に管理する義務があった。

要は、魔物が外に散らない様に狩れという事だ。

そしてもしこれを怠り、魔物が別の領地で問題を起こそうものなら――魔力を調べればどこの魔物かは一発で判明する――とんでもない賠償金とペナルティが発生してしまいかねない。


だから貴族は予算をつぎ込み、定期的にお抱えの兵士や傭兵などを雇って魔物の討伐を行っていた。


つまり、マイナスだ。

当然無駄な出費が発生する土地など、誰も好き好んで抱えたくはない。


だが手放すには買い手がいる。

そしてそんな場所を買いたがる貴族はいない。

だから此方から声を掛けてやれば、喜んで二束三文で売ってくれる事だろう。


「尤もだとは思いますが……仮にそんな場所を手に入れても、管理できなければとんでもない事になってしまうのではないでしょうか?」


「レイミー様、ご安心ください。私は魔法の腕に自信がありまして……まあ要は、私は大魔導師級なのです。ですので、結界を張ってしまえば管理自体は問題ありません」


大魔導士級の魔法使いなら、購入予定の森を結界で封じる事が可能だ。

因みに、大魔導士というのは国の魔法機関である魔塔が認定する物で、魔法使いの能力を表す言葉となっている。

だいたい、国に数人程度しかいないエリートだと思って貰えばいい。


え?

結界で囲えばいいなら、所有している貴族は何故そうしないのか?


勿論、その方が遥かにコストがかかるからだ。

国に数人しかないエリートを動かす必要があり、しかも結界には大量の魔力が必要なので、結界を張ればその魔法使いは暫く――力量次第ではあるが、長ければ数週間――魔力欠乏で真面に魔法が使えなくなる。


当然そんな条件の仕事は高くつく。

しかも結界を維持できるのはせいぜい数か月程度なので、管理するには年数回張り直しを行う必要があった。


そのため、結界を張っての管理というのは余程の事がない限り行われない。

定期的に討伐隊を組むより、数倍金がかかってしまうから。


「まあ!?そうなんですか?」


「あんたがかい?魔法が使えるのは分かってたけど……」


俺の言葉に、レイミーとバーさんが驚いて目を丸めた。


まあ本当は、大魔導師などより遥か優れているのだが……


しっかりとした信頼を得るまでは力を隠していくつもりなので、大魔導士ぐらいが丁度いいだろう。

流石にそれ以上過少申告してしまうと、色々と制限が出て来てしまうし。


「曾祖父も優秀な魔法使いで、だからこそ高額な遺産が残せたのです。私の魔法使いとしての能力は遺伝と、曾祖父からの指導の賜物です」


まあ全くの出鱈目なのだが、庶民では手の届かない高額な遺産と絡める事で説得力が増したはずだ。


「そうだったんですね」


「なるほどねぇ。アンタの曽祖父は大魔導士だった訳かい。庶民にあんな金額稼げる訳ないから、それなら納得だよ」


「大魔導士だったからこそ、曾祖父もコーガス家の方と縁があったと言えます」


ついでに架空の曾祖父が、侯爵家とかかわった理由もさり気無く差し込んでおいた。

大魔導士なら、十分あり得ると思える理由を。


「まあ管理はアンタが結界を張ればいいとして……けどそんな土地じゃ、結局収入は見込めないんじゃないかい?人は住めないんだからさ」


「問題ありません。収入を得る算段は立ててありますので」


そう、既に決まっているのだ。

どうやってその土地を利用して収入を得るかを。

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