第6話 転移魔法
レイミーに連れられ、俺は二回の部屋へと案内される。
そこはレイバンの部屋だ。
「レイバン。少し良いかしら」
レイミーがノックして声をかけるが、中から返事は帰ってこない。
「大事なお話があるから入るわね」
そう言ってレイミーが扉を開いた。
カーテンが閉められているせいか部屋の中は薄暗いが、まあ視界がきかない程ではない。
ぼろいカーテンなので、遮光がキチンと出来ていないためだ。
まあ俺は真っ暗やみでも問題なく見通せるが。
レイミーの背後から中の様子を伺うと、壁際にあるベッドの上の毛布が膨らんでいるのが見えた。
レイバンは、毛布をかぶる典型的な引きこもりスタイルの様だ。
べたって奴である。
「失礼いたします」
レイミーが室内に入ったので、一声かけてから俺もそれに続いた。
その時、一瞬毛布が揺れる。
おそらく、知らない人間が一緒で驚いてしまったんだろう。
「紹介するわね。彼はこれからコーガス家の為に働いてくれるタケル・ユーシャーさんよ」
「タケ……ル?」
それまで無言だったレイバンが、俺の名前に反応を示した。
初対面なので、当然彼が俺の事を知っている訳もない。
おそらく勇者と同じ名前に反応したんだろう。
普通勇者ならあやかって名前を付けられまくってそうなもんだが、変わった名前である事と、すでにもう百年も経っているので、この名前を付けている人間は少なく珍しいからな。
「初めまして、レイバン様。本日よりコーガス家に仕える事になった執事、タケル・ユーシャーと申します。以後お見知りおきを」
「……」
返事は帰ってこない。
引きこもりが初対面の相手と満足なコミュニケーションを取れ訳もないので、まあこれは仕方ない。
精神的な物だし、俺もすぐにどうこうできるとは思っていないから気長にやっていくとしよう。
「あのね、レイバン……実はユーシャーさんの曾祖父様から多額の支援があってね。それでね、新しい屋敷を購入してそっちに移ろうって話になってるの。ここは古くて色々と不便だから」
レイミーの言葉に、レイバンが被っていた毛布から頭を出した。
姉に似た優しそうな顔立ちの少年だ。
「い……いやだ!外になんか出たくない!!」
余程外に出たくないのだろう。
彼は激しい拒絶の反応を見せる。
「レイバン様、ご安心を」
そんな彼に、俺は鎮静効果のあるスキルを声に乗せて語り掛けた。
――スキル【ウィスパーヴォイス】。
魔界での戦いは、チート能力持ちの俺ですら一人で戦い抜くには余りにも過酷過ぎた。
そのため大魔王との戦いには、他の魔族達と手を組んで挑もうとした訳だが……
絶対強者の暴君相手に、異種族と手を組んで抗おうという魔族はいない。
それは魔族と人間を置き換えても変わらないだろう。
まあ当たり前の話だよな。
だが俺は諦めずに根気よく話し合い、信頼を勝ち得て反大魔王軍を結成する事に成功している。
その際、興奮して話を聞こうともしない相手に俺の話を聞かせるために編み出したのが、このスキルだ。
「……」
俺のスキルの効果で、興奮気味だったレイバンが一瞬で落ち着きを取り戻し、慌てて毛布を被りなおした。
「私ならば、一歩も動く事無く新居までレイバン様をお連れする事が出来ますので」
落ち着きはしたが、スキルはそのまま継続しておく。
一応。
「どうやって……どうやって、そんな真似……」
「私は転移魔法が扱えます。なのでこの部屋から、新居の部屋までレイバン様を一瞬で送らせて頂きます」
「「転移魔法!?」」
レイミーとレイバンが、驚いて声を上げる。
「タケルさんは、転移魔法を扱えるんですか?」
「はい」
「大魔導士レベルになると、転移魔法も扱えるんですね」
レイミーが感心した様に言う。
だが実際は、大魔導士レベルで転移魔法を扱うのはまず無理だ。
そのレベルの魔法になると、最低でも大魔導士の上である賢者クラスの実力が必要である。
因みに、賢者レベルの魔法使いは国に一人いるかどうかって感じだ。
「普通は難しいかと。私の魔法は特殊で、空間関係に特化しておりますので可能なのです」
「そうなんですね」
ちゃんと普通は無理で、俺が例外なのだと言っておく。
力を隠すためとは言え、仕える主に変な勘違いを持たせる訳にも行かない。
「ですので……引っ越しの際は私にお任せ頂ければ、レイバン様を不快な気分にさせない事をお約束します」
「本当に……出来るの?」
「はい。任せ下さい」
「それなら……別にいいよ……」
「ありがとうございます」
許可を得たので、これで問題なく引っ越しを執り行う事が出来る。
理想は自分の足で部屋を出て貰う事なのだが、改善への取り組みは、状況がある程度落ち着いてからでいいだろう。
環境が良い方向へと変わっていき、それが実感できれば、おのずとレイバンにいい影響を与える様になる筈だ。
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