第4話 再興始動
「なるほど……」
コーガス家で執事として働く事になった俺が最初にやったのは、内情の確認だ。
事前に調べて来てはいたが、外からで正確には分からない事もある。
例えば借金の額とか。
侯爵家の裁量で行える叙爵——従属貴族の任命――はどうなっているのかとか。
後、弟――次期当主のレイバンの事とか。
――この家の差しあたっての問題は四つ。
まずは借金。
これが8億程になる。
これは先代以前――要はレイミーの両親や祖父母が作った物だ。
まあ彼らは貴族として暮らしてきて、それ以外の生き方を知らなかった訳だからな。
放蕩――貴族としてはそれでも相当慎ましやかだったんだろうが――の結果、今の借金にまで膨れ上がってしまっている。
ま、これは俺の持参金でサクッと返せばいいので問題ない。
次は叙爵の権利。
貴族は自らの裁量で、従属的な立ち位置の爵位を与える事が――回収も可能――出来る様になっている。
侯爵家クラスなら準子爵クラスを複数任命する事が可能だ。
まあ余り宜しくない事ではあるんだが、この叙爵の権利は売る事も出来た。
代金を受け取り、その対価として一定期間爵位を付与するという感じで。
金に困った貴族なんかはこの権利を売る事で、糊口を凌いだりする事があるという話は百年前からあった事だ。
そして没落したコーガス家も御多分に漏れず、叙爵権を見事に売り払ってしまっていた。
それも超が付く程の格安で。
全財産没収され全てを失った貴族は、ハイエナ共にはさぞかし美味そうに見えた事だろうな……
コーガス家も流石にそれは理解していただろうが、切羽詰まった彼らに選択肢はなかったのだ。
100年間権利を与え続けるとか言う無茶な、もはや追いはぎレベルの不利な契約を結んで、明らかに割に合わない金額を受け取っている。
済んだ事をグダグダ言うつもりはないが、もうちょい何とかならんかったのかねぇ?
まあこれには考えがあるので、後々手を打つとする。
そして三つ目が弟。
次期当主であるレイバンだ。
彼は一言で言うと……引き籠りだった。
そう、引きこもり。
ここ2年、部屋から全く出て来ない状態だそうだ。
その原因は――
貴族には三年に一度、王都で代表が集まっての貴族会議に出席する義務がある。
これがまた貧しいコーガス家には負担のかかる行事で、ってのはまあいい。
問題は、両親が病気で寝込んでいたため代理として弟のレイバンがそれに出席した事だ。
年齢的にはレイミーの方が適任だったのだが、彼女はこの家の唯一の稼ぎ頭だったため、彼女が行く訳にはいかなかった。
そして……レイバンはそこで死ぬ程恥をかかされてしまう。
まあ没落貴族で借金まみれな訳だからな。
心無い貴族からすれば、格好の的だ。
そして自らを守る術を持たない11歳の子供に、それは耐えがたい屈辱だった。
しかも最悪な事に――
首都から帰って来た時には、両親が揃って病で他界してしまった後で、彼はその死に目にも立ち会う事が出来なかった。
そんなダブルパンチでレイバンの心は激しく傷つき、結果引き籠りになってしまったという訳だ。
これを乗り越えさせるのは、正直苦労しそうである。
まあやるけど。
流石に当主が引きこもりとか洒落にならないし。
「取り敢えず……借金は今すぐに返してしまいましょう」
利息があるので後回しにしても損をするだけである。
さっさと返して、心機一転再スタートとしないと。
「それと、レイミー様は今働いている場所をおやめになって下さい」
レイミーは現在、飲食店で働いている。
侯爵家の当主代理が飲食店で働くとか、笑い話にもならない。
家を再興させるのだから、彼女には貴族として振る舞って貰わないと。
「え……でも、そうなると収入が……」
貴族の収入源は、基本的に領地からの税収や借地代などである。
そのため現在領地がないコーガス家は、貴族としての収入が0となっていた。
だからレイミーは働いて生活費を稼いでいるのだ。
だがもうその必要はない。
「収入に関しては考えがありますのでご安心ください」
コーガス家を食い物にした、叙爵された者達を利用して金を稼がせて貰う。
あちらが此方をいい様に喰らったのだから。
やり返されても文句は言えまい。
「でも……私が急にやめてしまったら女将さんが困ってしまう事に……」
成程。
まあ確かに、いきなり店員が止めたら困るよな。
その辺をおもんばかれる当り、レイミーが真面目で良識ある人物である事が良く伺える。
「では、今月いっぱいはという事にしておきましょう」
因みにこの世界の暦は地球に近い感じだ。
1月30日で、12か月で年360日。
若干短くはあるが、まあそこは誤差みたいな物だろう。
「はい。そうお願いしてみます」
「それと屋敷の事なのですが、修繕か……出来れば、手放して新しい場所に用意した方が宜しいかと」
この古い屋敷は、侯爵一家が住まうのには相応しくない場所だ。
もうほぼ幽霊屋敷だし。
まあリフォームで大改造という手もあるが、そもそもこの場所は街の外れで立地が宜しくない。
なので新しく屋敷を購入し、そこに引っ越して貰うのがベストだ。
「それは……」
俺の提案に、レイミーが表情を曇らせた。
「ご家族との思いでが詰まっているこの屋敷から移るのは、やはりお嫌ですか?」
気持ちは分からなくもない。
とは言え、これから侯爵家を再興させていくのに、これから先もこの屋敷で暮らすというのは体面上問題がある。
面子ばかり気にするのはあれだが、それでも貴族として周囲に侮られない様にするためには、それ相応の格という物が必要だ。
「ならばこの屋敷自体はこのまま保存して、いつでもいらっしゃれる様にして貰う形ではどうでしょう?」
「ああいえ、それはいいんです。そんなにいい思い出がある訳でもありませんし。でも弟が……」
彼女は、この屋敷に対する思い入れは特にない様だ。
それはそれで物悲しい気もするが、まあ幼い頃から苦労して来たのだから仕方のない事ではある。
「レイバン様ですか?」
「はい。あの子は外に出たがらないので……引っ越すとなると、無理やり引っ張りだす事になってしまいます。出来ればそれは……」
このコーガス侯爵家の次期当主。
それがレイミーの弟であるレイバンだ。
彼は色々と辛い事が重なった結果、絶賛引き籠り中である。
確かに、部屋から一歩も出ない相手を引っ越しさせようとしたら、無理強いしかないだろう。
レイミーはその事を危惧している様だ。
無理強いする事で、弟がさらに自分の殻に閉じこもってしまう事を。
だが問題ない。
何故なら――
「分かりました。その件に関しまして私にお任せください。無理強いする事無く、何とかしてみましょう」
――俺には、部屋から一歩も出ずとも新居にレイバンを連れて行く方法があるからだ。
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