第3話 金貨千枚

「お待たせしました」


客室に入って来たのは、赤毛の優しそうな顔をした女の子だ。

その姿は、貴族らしくない質素で地味な物となっている。


彼女の名はレイミー・コーガス。

現在のコーガス侯爵家の当主代理を務める人だ。


代理なのは、次期当主である弟のレイバンがまだ未成年で家督を告げない為である。

言い方は悪いが、要は繋ぎって事だ。


「突然の訪問お許しください、レイミー様。私の名はタケル・ユーシャーと申します」


俺は立ち上がり、一礼してから自己紹介する。


「タケル様……ですか?」


レイミーが俺の名を聞き、『ん?』といった困惑の表情を浮かべる。

コーガス家が輩出した勇者と同じ名前だから戸惑ったのだろう。


「はい。勇者様にあやかってつけられた名になります」


まあ実際は本人なんだが、それは暫く伏せておく。

百年前の人間を名乗ると確実に怪しまれるから。


「そうなんですね」


「わたくしが本日私がここへやって来たのは、ずっと前に亡くなった曾祖父の遺言が最近見つかったからなのです」


「遺言……ですか?」


「はい。実は曾祖父は結構な隠し財産を隠しておりまして……それが最近になって見つかったのです。そしてそこに遺言も。その遺言には――」


あ、遺言ってのはもちろん作り話だぞ。

スムーズにコーガス家に仕える為のな。


で、考えた遺言の中身だが――


曽祖父は以前、コーガス家に並々ならぬお世話になった事があり、もし困っている事がある様なら自身の隠し財産の半分をその手助けに使う様にと言い残した。

そして残りの半分はその手助けを行った物に譲る、と。


まあ要は財産半分継ぎたきゃ、半分上納してコーガス家に仕えろって内容だ。


「そんな事が……」


「はい。一族はわたくし以外残っていませんので、その曽祖父の遺言に従いこうして参った次第です」


俺の言葉に、レイミーが困った様な顔になる。


「お気持ちは嬉しいのですが……ご覧になって分かる通り、今のコーガス家にユーシャー様の賃金をお支払いする余裕は……その……」


俺に支払う給金の心配をしている様だ。

ひょっとしたら、曽祖父が残した遺産が大した額ではないと思っているのかもしれない。

まあ一般人の残した遺産なら、大した事が無いと思うのも無理ないか。


「ははは、その心配なら無用です。曽祖父の残した遺産は、私が一生遊んで暮らしても余りある額ですから。報酬は既に全額渡していると思ってください」


「そ、そうなんですね」


「一生遊んで暮らせる額……因みに、それはいかほど?」


バーさんが興味深げに金額を聞いて来る。


「今お見せします。取り出すための魔法を使っても宜しいですか?」


「まあ、魔法をお使いになられるんですね」


「ええ。かなりの腕前だと自負しております。私の魔法が必要なら、その時はどうぞお申し付けください」


レイミーではなかったが、バーさんから許可を貰ったので魔法で亜空間から金貨のパンパンに詰まった大きな袋を取り出す。

中身は金貨が千枚だ。


金貨の価値は一枚二百万円位だと思って貰えばいい。

つまり、約二十億だ。


これはかつて、魔王を倒した際に王国から渡された報酬の極一部。

本当は受け取った当時に全部コーガス家に入れるつもりだった物だが、義父であったガルバン様が魔界から帰ってきたらその時に受け取るとおっしゃられて、結局渡す事が出来ず今に至ってしまっている。


……まさか魔界に100年も閉じ込められるとは思ってなかったからな。


当然だが、国から貰った報酬金はコーガス家復興に使う。

今回全額ではなく一部しか出さなかったのは、余り額が大きすぎると余計な詮索——使った際に他の貴族から――をされてしまうと思ったからだ。


二十億でも十分過ぎる程高額?


まあ庶民の感覚でならそうだろうが、貴族からすればそれ程大した額ではない。

そもそもこの程度なら、一芸に秀でる者なら――優秀な魔法使いなど――十分稼げる額だし。


要は現実的な金額って事だ。


「す、凄い……」


袋の中身を見てレイミーが感嘆の声を零し、バーさんが息を飲む。

通常の貴族なら大した事のない額でも、没落した家門にとっては十分大金だ。

ましてや彼女は、生まれた時にはもうコーガス家は没落した後だった訳だしな。


「中に金貨が千枚入っています。この全てを、コーガス家の為に使わせていただきます」


「よ、宜しいのですか?こんな大金を我が家の為に……」


「使用は私が裁量させていただく事になりますが、曽祖父の意思ですので。それに私としても残りの千枚を受け継ぎたいので、どうかお気になさらずに」


「ありがとう……ありがとうございます……なんとお礼を言ったら……」


「良かったですね。お嬢様」


レイミーが俯き、体を震わせる。

余程苦労して来たのだろうな。

だがもう安心だ。


「お礼はいりません。曽祖父が受けた恩を返すだけですから」


正確には俺の、だが。

それに恩返しはこんな物ではない。

かならずコーガス家を再建して見せるさ。

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