第8話

 ひとしきり泣いた後、ぐずぐずになって鼻水は垂れるし、ハンカチぐじゅぐじゅだし、それでも第三王子を見上げた。

感謝を伝えたくて。

 齢30を超えていて、バカみたいだ。羞恥心を感じた。


 王子は先ほどと変わらないポーズで見守ってくれていた。

 後ろから太陽の光が斜めになって部屋に差し込んでいた。


「それでだ」

 と続いた言葉に私は目を丸くした。側近は耳を赤くした。



 続いた言葉はこうだ。


 一応、自分たちが付いていたので安全だったとはいえ、自分を売るようなロンのような隣人のいる町に戻るのは気まずかろう。

 だから宮殿で暮らせ。

 そもそもこれを開発したのは側近が私に一目惚れして、なんとかして幸せに暮らさせてやることは出来ないだろうかと一人、仕事の合間に人を訪ね、夜な夜な書物を紐解き研究していたからなのだ。

 それに気付いた慎み深い王子は(本当に第三王子はこう言った)、二人をどうにかして幸せにしてあげたいと、協力を申し出(これを言ったとき、ちょっと側近の額に青筋が浮かんだ。見なかったことにしよう)、そして二人は研究をして、24時間付けっぱなしOK、さわり心地も動作も、まことに本物らしい代物を作り上げた、というわけなのである。


 ぽーっとそれを聞いた私は、泣いた後の虚脱感も相まって、夢なのか現実なのか、言われていることは分かるが、内容は頭に入ってこなかった。


 え?側近が私のことが好き?好き・・・?

 側近は顔を真っ赤にして、耳はもっと真っ赤にして、斜め下を向いていた。しっぽは忙しなく左右に揺れた。


 王子はにやにやと、

「で、ここからはお前の仕事だ。ジャン。ちゃんと自分の口から言え。

そして許しを受けろ」


 王子は立ち上がった。

 私の方に向かって歩いてくると、

「もし断っても、お前のことは宮殿で保護してやる。

ジャンと会うのは気まずかろうから、私の妹の侍女にしてやる。礼儀見習いだ。

妹は天使みたいにかわいいぞ」

と言って、さっさと私の後ろのドアから退出していった。


 その後に足音がいくつか続いたので、私にハンカチをくれた人も立ち去ったのだろう。


 ジャンは顔を真っ赤にしたまま、後ろ手にしていた腕を何度か動かし、心を決めたと言うかのように私の方に歩いてきた。


 心臓がバクバクいっていて、耳まで心臓になったみたいだった。

 目が閉じれなくて、汗も止まらなくて、身体は熱いし、声も出ないし、喉は何かが詰まっているかのようだった。


 側近改めジャンという名だと知った側近は、私の足下にひざまずき、はかせてもらった白いワンピースの裾をつまむと、

「・・・順番は前後したが、君のことは愛している・・・・といったら大げさだな」

にっと顔を初めて上げたジャンは、照れくさそうに、いたずら小僧のように笑った。

 冷静でいるときよりも、顔が幼く見えた。

「君のことは気になっている。不幸な・・・・」

 ちょっと考えて言い直した。

「人と違う個性をもって産まれてきたが、それでもその状況を受け入れて、へんてんこな王子の試作品を受け取っても、気持ちに折り合いを付けて、対応する姿、強さに惹かれた。

まだ恋というには幼く、小さな気持ちだが、君には好意を抱いている。

もし、君が別の人を好きになったらいつでも手放そう。

だが、それまでは、どうか自分が見守りたいと思った。

その気持ちだけは嘘ではない。


だからどうか、僕の気持ちを受け入れてくれないだろうか?まずは共に過ごそう。この宮殿で。

友となり、仲間となり、いつか恋人になれたらいいなと思っている。急がない。せかさない。

見返りはいらない。ただ君の成長と笑う顔が見たい」



 なんて素敵な愛の言葉だと思った。

 そうか、私はこの言葉がほしかったのか。

 私を見てほしかった。


 私の答えは決まっている。

 でも喉がひっついたみたいになっていて、声が出ない。

 涙はぼろぼろと流れてくる。

 泣き顔は不細工なのよ、やめてよ。



 ジャンは少し心配そうな顔をした。

 だめ、早く否定してあげないと。


 そう思えば思うほど、胸は詰まるし、涙はこぼれる。


 だから、裾を握っていたジャンの手をほどいた。

 ジャンが傷ついた顔をしたから、慌てて、ぎゅっと握りしめた。

 えっと言う顔をしたから、やっと言った。


「ありがとう。私を見てくれていて」


 私はそう言って笑った。

 それしか言えなかったんだもん。

 齢トータル30でも愛の言葉への返答には慣れていない。恋愛経験はあって、一応性行為の経験はあっても、こんな素敵な言葉になんて返せば良いのかなんて分からなかったのだ。恋愛初心者だから。恋愛偏差値は低いし。学校の偏差値も低かったけど。



 そんなこんなで?

 私とジャンは二人でひとしきり泣いた後、第三王子の執務室にいき、ひとしきりからかわれたあとで、第三王子の下で働く同僚兼恋人未満として過ごすことになったのだ。

 私は第三王子の寮から、王都内の学校に通わせてもらっている。


 その後はどうなったかって?

 そんな野暮なことは聞くではない!


 ただ一つ言えることは、耳や尻尾があってもなったって、自分は自分でいていいんだと思えるようになったってこと。


 確かなものは何もない。

 ジャンの心さえ、いつ変わるか分からない。

 それでも、あの太陽の光が優しく差す部屋の光景は覚えておこうと思う。





 これにておしまい。めでたし、めでたし。

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ある女の話 らくだ @rakuda4444

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