第7話

 そういうわけで?

 そういうわけで、私は今宮殿にいる。

 第三王子の応接室という、テーブルや椅子があるほかはダンスが踊れるほどに広い贅沢な部屋で香り豊かな紅茶を入れてもらっている。


「あ、イザベル(初出だが私の名前だ)はレモンを練り込んだクッキーにクロテッドクリームを付けるのが好きだから」

 とウサギ女だったころの知識でもって、私の大好物をメイドさんに用意させてくれた。

 味音痴だって?くどいって? 仕方ない!だって好きなんだもの!


 クロテッドクリームがぬるくなるのは分かっていたが、素直に食べるのはプライドが許さず、じとりと第三王子を見つめた。


 うさぎ女の仮装はやめて、元の格好に王子様っぽいネジネジのついた服装をしている。

 王子は鷹揚に笑った。


 だから自己肯定感の高いやつは、と前世の彼氏を思い出したり、白男を思い出したりした。


「だって危険はなさそうだったんだから仕方ないだろ。

それに俺がいたら安全だったんだし」


 前言撤回。自己肯定感が高いのではなく、責任感がないのだ。


 ごほんと咳払いをしてウサギ女改め、第三王子の後ろに立っていた側近が言った。

「殿下、そろそろ言ってあげたらどうです?」

 第三王子は後ろをふりむくとなぜかニヤリとした。

「そうだな、おい、イザベル。私が付け胸や姿を変える装備を開発したことで、何か良いことがあると思わないか?」


 私は前よりも一層ジト目になってしまったと思う。

 変態プレイが出来るようになってよかったですね、と言わせたいのだろうか。


 椅子にふんぞり返るように凭れて、王子は続けた。

「その顔は分かってないな。何も女に付けさせて胸を大きくするためだけじゃない。

あれをお前に付けてみろ?どうなる」

「胸が・・・・大きくなります」

 ちょっと涙が出そうだった。トータル30歳にして、なぜこんな悲しい願いを言わねばならないのだろう。


 ぶふっと王族にふさわしくない笑い方をした王子は、隣で気まずげに目をそらした側近の背中をなぜかさすった。

 そういう関係???! 性転換!?? 男を女に!?!!?高度な変態!白男さーん!貴方を上回る変態がいましたよーーー!

 しかもこっちは王族だから捕まらないみたいですよーーーー!!!


 やっぱり生まれが肝心なんですね!

 どこに産まれるか、ガチャですよ、ガチャ!親ガチャ!!


 私が白男に思いを馳せて、現実逃避をしていると、王子がコホンと咳をして、改まったように座り直した。

拳を両膝の上に載せて、まるで結婚の挨拶に来た新郎のようだ。

 知らんけど。見たことないけど。前世でも経験ないし。


「だから、身体も耳も変えられると言っているのだ。

それをお前に付けたらどうなる!

耳も尻尾も生やせるだろう!」


「え」


 そうだ。あんなにふわふわしていて、自然なしっぽと耳

とおっぱい

だ。

 自由自在に動かせていて違和感もなかった。

 それになにより、前に作ってもらったのと違って1日休ませる必要がない。

 毎日、24時間使いっぱなし、付けっぱなしでOKだ。


 それはウサギ女と一緒に風呂に入り、一緒のベッドで寝た私が一番よく知っている。


「じゃあ、私は普通の獣人になれるってこと・・・?」

 思わず声が出た。


 にこりともにやりとも言えない、満足そうな顔で第三王子は声を出さずに笑った。

 施政者の持つ、圧倒的に立場が上の者だけが持てる余裕と笑みだった。



 ぽたりと頬を濡らす者が当たって、王宮でも水漏れするんだなと思った。

 きれいなハンカチを後ろから差し出されて、それが私の涙だったことに気付いた。


 そうか、そうか。

 もう、私は”異質”じゃなくて良くなるんだ。


 ハンカチを、差し出してくれた人の顔も見ずに掴み取るようにして、ぐしゃりと握った。それで顔を覆った。

 マナーを教え込もうとした白男が見たらびっくりするだろう。


 そのハンカチを顔に押し当てて、私は人目も気にせずにワンワン泣いた。



 私は人と違う。でもそれは仕方のないことだ。

 そう思っていた。割り切っていたつもりだった。

 でも、本当は全然割り切れてなくて、辛かったのだ。

 そのことに自分自身、初めて気付いた。


 人と違う、それは私の望んだことじゃない。

 遠巻きにされて、指を指されて。

 家族は私のことで気に病んでいないような、私のことを愛している仮面を被っていて、そんな家族に囲まれた私は幸せなんだと思おうとした。


 私が悪い子だから、私が良くない特徴を持ってしまったせいで、家族まで苦しんでいるんだと思っていた。

 だから、それでも受けいれてくれる家族に、「辛い」なんて言えないと思っていた。

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