第15話 バッカス


【三人称】


 

 

 ドッペル(投石)を追放したあと、バッカスとクローンは冒険者ギルドへやってきていた。

 彼らは今日、ここである人物と待ち合わせをしている。


「それにしても、ドッペルを追放してほんとによかったぜ。あいつの辛気臭い顔を見ないで済むだけで、気分が晴れやかだ」

「そうですね。それには同感です。それに、新しいメンバーも加わることですし。僕らの未来は明るいですね」

「ああ」


 待ち人を待ちながら、二人はそんなことを話す。

 二人が待ち合わせているのは、話にも出た新メンバーだ。

 冒険者募集掲示板で出会い、今日ここで待ち合わせをしている。


「新しいやつはどんなやつなんだろうな」

「ドッペルのような無能じゃなければ、なんでもいいです」

「まあな。それに、新メンバーは女だからな。最悪無能なら、俺の女にすればいいだけだ」


 待っていると、冒険者ギルドにそれらしき人物が入ってくる。


「お、あれじゃないか……?」


 バッカスは手を振った。

 するとその女性はこちらへと近づいてきた。


「お前がシェスカ?」

「ええ、あなたがバッカスね?」

「ああ、そうだ。俺がバッカスだ」

「シェスカ・フランティーナよ。よろしく」

「よろしく頼む」


 バッカスたちの前に現れた女性は、シェスカと名乗った。

 シェスカは魔法使いのような恰好をした、美しい女性だ。

 年齢は18くらいに見えた。

 髪の毛は茶髪で、オレンジと黒をベースにした衣装に身を包んでいる。


「シェスカのスキルは【魔法】なんだってな?」

「ええ、そうよ」

「へへ、期待しているぜ」


 【魔法】のスキルは、数あるスキルの中でもいわゆる『当たり』とされているスキルだった。

 普通のスキルだと、スキルごとに1種類ほどの効果しかないものだが、【魔法】のスキルは、いくつかの魔法が使えるという大当たりのスキルだ。

 もちろん、魔力を消費するため、使い放題というわけではないが……。

 だが、【投石】などの単純なスキルと比べれば、無数の使い道が存在する優秀なスキルといえる。


「さて、じゃあシェスカ。俺たちとパーティーを組んでくれるってことで、いいんだよな?」

「ええ、もちろんよ。私も今はフリーなの。ちょうど、入れてもらえるパーティーを探してたところよ」

「へへ、それならよかった。それにしても、アンタ美人だな」

「ふん、よく言われるわ」

「へへ、そういう強気なところも好きだぜ。気に入った」


 バッカスはシェスカの尻を舐めるような目つきで眺めた。

 それに対して、シェスカはゴミを見るような目であしらった。


「それじゃあまず、契約金の話をしたいのだけれど……」


 シェスカは【魔法】というレアスキルの持ち主だ。

 そのシェスカをパーティーに引き入れたいというパーティーはいくつもある。

 そういう冒険者を雇う場合は、それなりの契約金が必要となる。


「ああ、わかってるって。ほらよ、これがまず最初に渡す契約金だ。もしうまくいって、正式にパーティー加入となった場合はさらに上乗せだ」

「ええ、わかってるわ。はい、これでパーティー契約成立よ」

「よし」


 シェスカはバッカスから金を受け取ると、パーティーメンバー加入の書類にサインした。


「じゃあさっそく、クエストに出かけようぜ」


 バッカスはクエストボードを指さして、そう提案する。

 

「じゃあ、嘆きの森へ行くのはどうかしら?」

「嘆きの森か……そうだな。いいぜ。あそこはいろいろとモンスターからのドロップ品がおいしいからな。新パーティーの力を試すのにも、ちょうどいいぜ」

「決まりね」


 シェスカの提案で、バッカスは嘆きの森へ行くことを了承した。

 しかし、それに対してクローンが口をはさむ。

 クローンはシェスカに聴こえないくらいの声でバッカスに物申した。


「バッカスさん、嘆きの森はまずいんじゃないですか……?」

「は? なんでだ?」

「ドッペルを追い出したとき、あいつ言ってたじゃないですか。嘆きの森にだけはいくなって……」

「はぁ? そんなの知らねえよ。ドッペルみたいなカスの言うこと無視しろ。どうせ、俺らに追放されたのが悔しくて、適当なこと言って脅したいだけだろうが。嘆きの森くらい、これまでに何度も行ってる。大丈夫だって、楽勝だよ」

「ま、まあ……そうですよね……。ドッペルのやつのいうことですもんね……」

「おう、そうだそうだ。気にすんな。それに、俺たちには新しくシェスカも加わったんだ。ドッペルなんかいなくても、嘆きの森くらい平気だぜ」


 そう、嘆きの森といえば、ドッペルが最後に忠告として、絶対に行かないほうがいいと言っていた場所だ。

 しかしバッカスからしてみれば、ドッペルの忠告なんて素直に聞き入れるはずもない。

 バッカスは嘆きの森のクエストを受注した。


「よし、さっそく嘆きの森へ行くか」


 バッカスはさっそく、馬車を手配することにした。

 馬車は冒険者ギルドで借りることができる。

 バッカスは荷物をまとめると、クローンと共に借りた馬車に乗り込んだ。

 

「ちょっと待ってもらえるかしら」

「あん? なんだ?」


 しかしシェスカは馬車には乗らずに、バッカスを引き止める。


「嘆きの森へ行く前に、少し買い物をしたいのだけれど……。防具や、道具屋にもよりたいわ」

「そんなの、必要ねえって。嘆きの森くらい、俺様がいれば楽勝だ」

「そうはいかないわ。女の子には準備ってものが必要なのよ」

「めんどくせえな……」


 しぶるバッカスに、クローンが後ろから小声で言う。


「バッカスさん、女の子にはいろいろ準備があるんですよ。引き留めたら野暮ですって。嫌われちゃいますよ」

「お、おう……そういうもんか……しゃあねえな……」


 顔を少し赤らめるバッカス。

 女性は好きだが、その扱いには疎い男であった。

 

「先に行っておいてもらえるかしら? 私は準備が整い次第合流するわ」

「よしわかった。じゃあ近くの村で酒でも飲んでおくとしよう」

「ええ、そうしてもらえるかしら」


 バッカスとクローンは、シェスカを街に残し、馬車を出発させた。

 街に独り残ったシェスカは、バッカスたちを見送ったあと、ひとり虚空に向かって高笑いする。

 

「あっはっはっはっは! ほんっと、馬鹿な連中。こんな単純な手口にひっかかるなんてね。だーれがあんたらみたいなグズでのろまで下品な男とパーティーなんか組むもんですか。これで契約金は私の物よ」


 なんと、シェスカにはハナからパーティーを組む気などさらさらなかったのである。

 シェスカの目的は、パーティー加入時に得られる契約金。

 それさえ受け取ってしまえば、実際にパーティーを組む必要はない。

 シェスカは金を懐にしまい、街へと消えていくのだった。


「さーて、次のカモを探しますか」


 シェスカに騙されたことに、バッカスたちが気づくのは、まだまだ先のことになりそうだ。

 

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