第16話 嘘つき


 シェスカ・フランティーナは嘘つきだ。

 その名前すらも、偽名である。

 シェスカ・フランティーナなどという人間は最初から存在しない。

 なので、冒険者ギルドでパーティーメンバー登録をしても名前から足がつくことはない。

 偽名を使っても、たいていの場合、冒険者ギルドはそこまで深く調べることはない。

 なぜなら、たいていの冒険者が登録後半年以内に死ぬからである。

 冒険者ギルドは、いちいち冒険者の素性なんか調べたりしないのだ。


 彼女の本名は、クララ・フロレンツといった。

 クララは嘘つきだ。

 彼女は生まれながらの詐欺師だった。

 クララは同様の手口で、冒険者たちから契約金をせしめる詐欺師である。

 冒険者たちはみなプライドが高く、決して自分たちが騙されたことを警察に訴えたりしない。

 なので、騙すのなら冒険者たちはうってつけの相手なのだった。

 クララは、そうやって詐欺で生計を立てていた。

 

 シェスカ――もといクララのスキルは【魔法】ではない。

 彼女の本当のスキルは【変身】である。

 それは、あらゆる人物の姿に【変身】することのできるスキルだ。

 偽名を使って冒険者登録をしても、見た目が同じだと、ギルドにバレてしまうため、重複してパーティーメンバー登録することはできない。

 だが、この変身スキルをつかえば、見た目さえも自由自在なのだ。

 詐欺師であるクララにとって、この変身スキルほど相性のいいものはなかった。


 彼女はこのスキルと持ち前の頭の良さを利用して、数々の冒険者たちから契約金をだまし取ってきたのだ。

 そして今日もまた、彼女は騙すために、姿を変える。


「それにしても、さっきのバッカスとかいう男。私のお尻を舐めるように見てきて、マジでキモかったわぁ……。あんなやつ、絶対にパーティーなんか組みたくないっての」


 バッカスたちを見送ったあと、クララは次のターゲットと接触する予定を入れていた。

 彼女は人目を避けて、商業施設の店内へと入る。

 クララはトイレの個室の中に隠れると、【変身】スキルを使った。

 さきほどまで『シェスカ』と名乗っていた姿から、まったくの別人へと変身する。

 これで、次にバッカスが彼女とすれ違っても、あのシェスカだとはわからないだろう。


 変身しトイレから出ると、クララは再び冒険者ギルドへと引き返す。

 今日はまだ数人会う予定がある。

 もちろん、バッカスにやったのと同様の手口で契約金をだまし取る相手だ。

 

「どうも今週は新メンバー募集の張り紙が多かったのよねー。なんでかしら? まあ、私が運がいいってことね」


 冒険者ギルドに戻り、クララは次なるターゲットに接触する。


「あんたが、メーデルか」


 そう声をかけてきたのは、男二人組の冒険者パーティーだ。

 クララは今回、メーデルという偽名を使っている。


「ええ、そうよ。あなたがマヌッケス?」

「ああ、そうだ。俺がマヌッケスだ。こっちはマルコ」

「よろしく」


 クララが次に騙そうとしていたその男、彼はなんと、マヌッケスと名乗った。

 そう、マヌッケスといえば、ドッペル(拡大)を追放したあの男である。

 なんと奇しくも、クララのターゲットとなったのは、どちらもドッペルと関わりのある人物だった。

 それもそのはず、バッカスもマヌッケスも、ほぼ同時にパーティーメンバーを追放したわけだ。

 なので、彼らがほぼ同時期に新しいパーティーメンバーを募集したのも、なんらおかしなことではない。

 そこにちょうど、クララが目を付けたのだ。

 ドッペルのあずかり知らぬところで、なんとその元パーティーメンバーたちが、まさか詐欺にかけられていようとは……そんなこと、今はまだ知る由もない。


 その後クララは、マヌッケスたちに、バッカスにしたのと同様の手口を使う。

 契約金だけ先に受け取ると、買い物があるといって、いったんパーティーを離脱。

 あとは変身で姿を変えれば、もはやメーデルなどという人物が存在した証拠はどこにもない。

 クララは足がつくことなく、多額の契約金を手に入れるというわけだ。

 そして、マヌッケスたちは、バッカスたちと同様に、嘆きの森を目指す。

 もちろん、マヌッケスたちがいくら待っても、メーデルは合流しない。


 クララがカモを嘆きの森へ誘導するのには、わけがあった。

 嘆きの森は非常に危険な場所だからだ。

 嘆きの森へのクエストを受けてしまった手前、マヌッケスたちはクララがやってこなくても、二人だけで嘆きの森へいくことになる。

 そうなれば、準備不足でメンバーも足りない二人は、そのまま嘆きの森で死ぬ可能性が高い。

 死んでしまえば、万が一にも訴えられることもないので、クララにとってはそれが都合がいいのだ。

 もちろん、カモたちが嘆きの森のクエストを途中で辞退したり、引き返してくる可能性はある。

 だが、たいていの場合、冒険者というのはプライドが高い。

 そのため、クエストを途中で破棄するなど許せないという性格のものが多いのだ。

 クエスト棄権は、少額ではあるが違約金をギルドに支払わなくてはならない。

 金にケチな冒険者は、違約金を払うことを嫌がり、無理やりにでもクエストをクリアしようと無茶をするのだ。

 なにもかもが、クララの策略なのだった。


 マヌッケスたちを見送ったクララは、再び物陰に隠れると、【変身】を使った。


「さて、次のカモはどんな間抜け面なのかしらね」


 次にクララが待ち合わせたのは、ノーキンという男だった。

 そうこのノーキンという男もまた、ドッペル(爆発)を追放した男だ。

 なんの因果か、クララのカモとなるのはどれもドッペルと関わりのある人間ばかりだった。


「お前がハルナか」

「ええ、あなたがノーキンね?」

「ああ、よろしくな」


 クララはまたしても偽名と変身を使い、ノーキンから契約金をだまし取る。

 そしてノーキンが嘆きの森へと向かったあと、クララはまた別の姿に変身した。

 

 次にクララが待ち合わせたのは、ワルビルという男。

 ワルビルもまた、ドッペル(融合)を追放した男だった。

 クララはワルビルからも同じ手口で契約金をむしり取ると、また変身して姿を変えた。

 ワルビル相手には、クララはジェシカという偽名を使った。

 今日だけで、クララは4人から契約金をだまし取ったことになる。


「みんな馬鹿よねぇ。それにしても、今日は大量収穫ね。4人も騙せちゃった。さーて、あと1人残ってるのよねぇ」


 この日、クララはまだもう一人と待ち合わせをしていた。

 クララが変身して冒険者ギルドへ戻ると、その男は既に待機していた。


「あなたがドッペルさん?」

「そういうお前は、掲示板で約束したミシェルか」

「ええ、そうよ。よろしくね」

「ああ、ドッペル・ニコルソンだ。よろしくな。こっちはカレンティーナだ」

 

 クララと待ち合わせていたその男は、ドッペルと名乗った。

 そう、このドッペルは【豪運】のスキルを持ち、ジャクソンを追放したあのドッペルである。

 酒場から出てくるところを見た1~3人目のドッペルたちが「見なかったことにしよう」と言った、あの4人目のドッペルだった。

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