第3話 もう一人の俺
【Doppelgänger:1】
いったいどういうことなのだろう。
目の前には、もう一人の俺がいる。
顔は全く同じで、名前も年齢も同じ。
もはや似ている他人とは思えない、全く同じ人間が二人いた。
そういえば、こんな話をきいたことがある――自分とそっくりな人間を見ると、3日以内に死ぬのだとか。
追放されたと思ったら、今度はこんな怪奇現象とは……。
つくづく俺はついていないな……。
とりあえず、俺たちは現状を把握するために、話し合うことにした。
なに、相手は俺自身だ、緊張する必要はない。
「待ってくれ、じゃああんたもドッペル・ニコルソンなのか? それで、俺もドッペル・ニコルソン」
「そういうことになる。俺たちはどういうことか、同じ人間なのに、別々の人間のようだ」
「幽霊ってわけでもないんだよな……?」
「当たり前だ。俺は生きた人間だ。幻覚でもない」
「こんなことって、あるのか?」
「わからないが、こうなってしまったのだから、受け入れるしかない」
「うーん、その口調といい考え方といい、どうやら君は本当に俺自身のようだ」
「だから、そう言ってるだろ」
しかしまさか同じ街に同じ人間が二人もいたなんて。
今まで出会わなかったのが奇跡だな。
どうやら見たところ、服装も荷物も同じようだし、もしかして所持金の額も一緒だったりして。
「なあ、お前は今いくら持ってる?」
もう一人の俺は、財布を取り出して、コインを数えた。
「500Gしかない」
「……どうやら所持金も一緒らしい」
俺たちはどこかでコピーされたのか?
それか、分裂したのだろうか?
「合わせると1000Gになるな。1000Gあれば、それなりに持つぞ」
「ちょっと待て、金が増えても、俺たちは二人いる。だから食費も二倍だぞ」
「あ、そうか。だが宿代はどうだ? 二人で泊れば、その分浮くだろ。なに、俺たちは同じ人間なのだから、気を遣う必要はないさ」
「なるほど、確かにそれはそうだな――って、ちょっと待てよ。金に苦労してるってことは、まさかお前も追放されたのか?」
「お前もってことは、まさかお前も?」
俺たちはどうやら、二人とも追放されて、今ここにいるらしい。
「ちょっと待て、じゃあ、俺たちを追放した奴らも複数人いるってことなのか!?」
「そうなるのか……!? どういうことなんだ……?」
「一応確認しておくが、お前は誰に追放された?」
「俺は、マヌッケスのパーティーから追放された」
俺はそんな名前に、ききおぼえはなかった。
マヌッケスって誰だ……? 間抜けな名前だな。
「ちょっと待て、俺はバッカスという男のパーティにいたぞ?」
「……はじめて食い違ったな」
「どうやら俺たちは同じ人間だが、辿ってきた歴史はちがうようだ……」
「出身の村は?」
「ドドスカス村だ」
「俺はヒルデンデ村だ」
「そこも違うのか……」
「どうやら、微妙に経歴は違うようだな」
出身地や、所属していたパーティは違う、だが、俺たちは確かに同じ人間のようだ。
本当に不思議なことだ。
ちなみに、俺たちはお互いに両親はいなくて、孤児という点は同じらしい。
もしかして、生き別れの双子なのか?
「俺たちは生き別れの双子?」
「いや、それはおかしいんじゃないか? だって、名前まで同じなんだぞ。それに、服装や持ち物まで……。俺たちは、兄弟以上に似ている。ほくろの位置まで同じだ。違う人間だとは思えない。俺たちは確かに、同じ人間だよ」
「そうだよなぁ……。あ、待ってくれ。スキルは?」
「そうか、スキルか。同じ人間なら、きっとスキルも同じはずだな」
「俺は、【投石】のスキルを持っている」
「違うな……。俺は【拡大】のスキルだ」
「同じ人間だけど、スキルは違うみたいだな……」
基本的にこの世界では、スキルは一人一種類と決まっている。
同じスキルを持っている人間は存在しない。
俺たちは同じ人間なのか、それとも違う?
もうよくわからない。
だけど、こいつは間違いなくドッペル・ニコルソンなのだ。
他人とは思えないし、お互いにお互いのことを放っておくわけにはいかないだろう。
どのみち、運命が俺たちを引き合わせたのだ。
「それで、これからどうする?」
「どうするって?」
「俺たちはお互いに、行く当てがないだろう? 同じ境遇にいるわけだ。力を合わせるってのはどうだ?」
「たしかに、同じ人間だしな。俺の利益はお前の利益でもあるってことか」
「そうだ。一人ではできないことでも、二人いればなんとかなるかもしれないぞ? 俺が二人いれば、そこそこのことはできるはずだ。俺もお前も、それなりに頭はいい」
「そうだな。俺も、よく俺が二人いればいろいろ楽なのにとか、思ったことあるよ」
俺もそういう妄想をしたことがある。
もし俺が二人いれば、俺は楽をして寝てすごしておいて、もう一人に働かせることができるのにって。
「よし、じゃあ俺は宿に戻って寝るから、お前は職を探してきてくれ」
「なんでだよ! 嫌だよ! 逆ならいいけど……!」
「そうだよな……。いや、今のは冗談だ」
「交代で働くというのはどうだろうか? 同じ人間なのだから、雇ってもらえば交代で出勤すれば、多少は楽なんじゃないのか?」
「だけど、その場合は一人分の稼ぎで二人が生活しないといけないだろ? それは厳しいんじゃないか?」
「ああ、そうか……」
「やっぱり、冒険者になるのがいいんじゃないのか?」
「冒険者……? それは無理だろう。だって、俺たちは二人とも、ステータスはオール1だし、スキルはゴミスキルしかない」
俺たちはステータスを見せ合ったが、どうやら二人ともステータスはオール1だった。
ステータスというのは、普通はレベルをあげると自然とあがっていくものだが、俺たちはどういうわけか、レベルをあげてもステータスがあがらないのだった。そこも同じだった。
まあ、そもそも俺たちは戦闘能力がないから、レベルも上げにくいんだけどな。
ちなみに、俺たちはお互いにレベルは10だった。
そんな俺たちが冒険者になるのは、無謀にも思えた。
だけど――。
「まあ待て、俺たちは二人いる」
「そうだな?」
「一人なら無理なことも、二人いればなんとかなるものだ。力を合わせよう」
「いや力を合わせるといっても俺たちにはゴミスキルしかないぞ?」
「ああ、だが。俺たちにはスキルが2つある」
「ゴミスキルが2つな」
この世界の人間は、みなスキルを一個しか持たない。
だけど、俺たちは合計で2つのスキルがある。
そんな人間は、この世界で俺たちだけだった。
「俺は【投石】のスキルが、お前には【拡大】のスキルがある」
「ああ、そうだ。だがそれがどうした?」
「この二つのスキルを見て、なにか思いつかないか?」
「……?」
「俺たちは、見事に相性のいいスキルを持ってるんだよ……! 【投石】スキルで、石を投げるだろ? そしてそれを【拡大】で大きくする。そうすれば……?」
「なるほど……! お前は天才か……!? って、お前は俺なんだった。じゃあ、俺は天才か!?」
「まあなんでもいい。俺たちはついてるぞ。神は見放してはいない。ただのゴミスキルも、合わされば化けるかもしれない」
「小さな石でも、拡大で大きすれば、巨大な岩になる……。そして、拡大スキルは価値の低いものであればあるほど、大きくしやすい。小石ならば、簡単に大きくできる……!」
「そういうことだ。ちょっと試してみようじゃないか」
「まさか、俺でも思いつかないことを、お前が思いつくとはな……」
「俺の手柄はお前の手柄でもあるさ。俺たちは同じ人間だ。気にするな」
「そうだな。とにかく試してみよう」
俺たちは試しに、なにもない空間に向かって、【投石】を繰り出した。
俺が投石をしたあとに、もう一人の俺が【拡大】を発動させる。
すると――。
――ドシーン!
俺が投げた石は空中で、巨大な岩となって、大きな音を立てて、地面に衝突した。
「おお……! これは……すごい相性のよさだ……! まさに、俺たちは一心同体。二人で一つというわけだな」
「ああ、これを使えば、もしかしたらスライムの一匹くらいは倒せるかもしれないぞ」
俺たちの冒険はここから始まった。
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