第10話 国王陛下、ご観覧


 皆のマツへの挨拶は、とりあえず明日に、ということにした。


 さすがに今日は、マサヒデもアルマダも忙しい。

 まずはギルドに顔を出し、先程の、国王が試合をご観覧される、という話を報告し、マツに訓練場で、実際にマサヒデが動く所を見てもらって、機材の調整をしてもらって・・・


「さて、マサヒデさん。そろそろ参りましょう」


 アルマダが馬の準備を終え、マサヒデに声をかけた。


「はい。行きましょうか」


 2人は馬を引いて、がさがさと草むらを歩いていく。

 道に出てから、アルマダが話しかけてきた。


「今日はとても忙しいでしょうが、マツ様に稽古はして頂けるでしょうか」


「さあ、どうでしょうか。実際に、マツさんがどんな仕事をするのか、さっぱりで。

 魔術の放映の機材とか何とか、言ってましたが、その仕事次第でしょう・・・

 どんなものなんでしょうか?」


「私にもさっぱりですね。しかし、マサヒデさん。正直に言って、私、マツ様には腰が引けてしまいます。それでも、魔術師相手の戦い方、やはり必要だと思いますから・・・というのは建前で、実を言うと、マツ様の稽古、楽しみでもあるんですよ。胸が踊る、というんでしょうか。そんな気持ちもあるんです」


「私もです。マツさんは、人の国でも屈指の方・・・そんな方からの稽古、実は、もう楽しみで楽しみで」


「ふふ、それにしても、マサヒデさん。私、先程のマサヒデさんの話には、いたく感動しましたよ」


「まあ・・・何というか、思ったこと、そのまま言っただけですよ」


「マツ様は、マサヒデさんの・・・うーん、その、何と言いましょうか、まっすぐな所? そういう所を見抜かれたんでしょうね」


「どうでしょうかね? 自分では良く分かりませんが・・・恥ずかしいですけど、まあ、そのうちマツさんに、私のどこが目にかなったのか聞いてみましょうか」


「ふふふ、それ、私にも教えて下さいますよね?」


「内容次第です」


「ははは!」


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 ギルドに着くと、昨日とは違う受付嬢が迎えてくれた。

 一晩閉まっていたはずだが、もう昨日と同じように、わいわいと賑やかだ。


「マサヒデ=トミヤスと、アルマダ=ハワードです。

 ギルド長のオオタ様か、依頼受付部部長のマツモトさん、いらっしゃいますか?

 おられなければ、その、我々の依頼が分かる方で」


 受付嬢は、は! とした顔をして、


「あの、マツモトは本日休みですが、オオタはおります。少々お待ち下さい!」


 と言って、パタパタと走っていった。


「オオタ様、昨晩はほとんど寝ていないのでは・・・」


「責任感の強い方でしょうからね。マツモトさんもそう感じますが・・・おそらく、オオタ様が強引に休みを取らせたのでしょう」


「さすが、といった所でしょうか。国王陛下のご観覧の話を聞いて、喜んで頂けたら・・・」


 そこで、オオタがどたどたと奥から走ってきた。


「や、これはこれは! お待たせしました!」


 昨晩ほどげっそりした顔ではないが、目の下にはっきりとくまが出来ている。

 声だけは元気だが、全然眠ることが出来なかったのだろう。


「お忙しい所、申し訳ありません。本日は、オオタ様が喜ぶ話を持ってきました。きっと驚きますよ」


「おお! それはそれは! お聞きするのが楽しみですな! さ、奥へ!」


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 昨日と同じ部屋に通され、3人は座った。

 部屋の隅にはメイドもいたが、昨日とは違う人だ。


 す、と茶を出す動きは、やはり洗練されている。

 このメイドも、何か得物を隠し持っているのだろうか・・・


「で。その、喜ばしいお話とは?」


「ふふふ、お喜び下さい。実はですね、今回の、このマサヒデ殿の力試し大会なんですが・・・」


 アルマダはそこで言葉を切り、少し言葉をためて、にやり、と笑った。


「なんと! 国王陛下もご観覧下さるそうです!」


「え!」


「昨晩、マサヒデ殿が通信で国王陛下からお言葉を賜った際です。陛下がこの試合、是非とも見させてもらう、楽しみにしている、と仰られたそうですよ」


 オオタは目を見開いて驚いている。


「つ、つまり、つまりそれは・・・御前試合になると!?」


「まあ、さすがに、こちらにおいで下さる時間はございませんようで、あの魔術の放映でご覧下さるそうです」


 ここで、マサヒデの追い打ちだ。


「確かに、お出でになられる時間はなく、直にご覧下さることは叶いませんが・・・なんと『御前試合と銘打っても良い』、とのお言葉も賜りました」


「お、おお・・・なんと・・・なんという・・・!」


「ふふふ、オオタ様。このこと、触れに出せば・・・」


「あ!」


 オオタが、ば! と顔を上げる。


「もう分かりますよね! そう! 身分関係なく、誰でも参加出来る御前試合!

 さあ、これはどれだけ参加者が増えることか!」


「そうだ! そうです! それだけではない! これは当ギルドの大きな名誉にもなる!」


「どうです。お喜び頂けましたか」


「素晴らしい! 実に素晴らしい話です! ハワード様! トミヤス様!

 ・・・このオオタ、もう、いくら感謝しても感謝しきれませんよ!」


「せっかくですから、もっと日限を延ばして、と行きたい所ですが・・・陛下にはお忙しい中、ご観覧のお時間を取って頂きます。1日2日ならともかく、あまり長くは。それに、日がずれるとなれば、王宮への連絡も必要でしょう」


「十分です! そうだ、それなら、近くの町のギルドに今すぐ連絡すれば・・・!」


「ふふ、他の町からもどっさりと」


「おお・・・」


 オオタが喜びのあまりか、震えだした。

 昨晩、マツの名を聞いた時の震えとは正反対だ。


「客足も多く増えましょうね。放映はこの町内の魔術放映ですから」


「そうだ! そうです! 商人ギルドにも連絡をしましょう! 今すぐ、町長にも連絡して・・・」


「とてもお忙しくなられてしまうと思いますが、いかがでしょう。悪くないかと」


「おお、何ということだ! 何と・・・! このオオタ、お二人にはもう、感謝の念しかありませんぞ!」


「お喜び頂けて、我らも光栄です」


 オオタは、ばっ! と立ち上がり、


「ありがとうございます!」


 と、頭を下げた。

 マサヒデは立ち上がり、オオタの両肩に手を置く。


「オオタ様、これは、昨晩お騒がせしたお詫びだと思って下さい。それに、私はオオタ様の『トミヤスとして生きて行ける』という言葉に、救われました。私は、あなたに感謝と、そして尊敬の念を抱いております」


「トミヤス様・・・!」


 顔を上げたオオタは泣いていた。

 アルマダはそのオオタの顔を見て、にこりと笑った。


「オオタ様、我々の出番は、もうありませんね。少し、訓練場など見させて頂いてよろしいでしょうか」


「はい! ご満足頂けるまで、お周り下さい!」


「あ、そうだ。訓練場といえば、マツさんが訓練場に機材をとか言っていましたが、来ていますか?」


「はい。先程、お二人の到着する少し前に、訓練場の方へ」


「ありがとうございます。見てきますね」


「はい! 君! ご案内を!」


 ドアが閉められるまで、オオタは頭を下げていた。


----------


 廊下を歩きながら、


「マサヒデさん、喜んでもらえて良かったですね!」


「ええ、本当に。しかし、これでギルドはすごく忙しくなってしまいますよね。我々では、大したお手伝いも出来ないでしょうし・・・少し、申し訳ないですかね」


「ははは! そこまで気にすることはないですよ。それに、これで商人ギルドや町内会、町長にも大きな貸しが出来ます。我々としては願ったり叶ったりです」


 ロビーを通り抜け、訓練場の方の廊下へ入ると、いくつかのドアは開けっ放しで、メイドや冒険者らしき者たちが行ったり来たりしている。


「これは・・・思ったより忙しそうですね・・・」


「ええ・・・」


 先を歩くメイドが「お気を付け下さい」と注意を促す。


「まずは訓練場からですね。魔術の放映の機材って、どんなものでしょうか」


 アルマダが呆れ顔で、


「マサヒデさん・・・ここはマツ様に会えることを喜ぶ所ですよ」


 ぎ、と扉を開けると、訓練場の中でもメイドや冒険者が走り回っている。

 長椅子を担いだ者、武器棚を担いだ者が「よいしょ、よいしょ」と歩いている。


 見渡すと、扉の横から少し離れた所にマツはいた。

 マツは真剣な顔で、腰くらいの高さの、何やら石の柱のような物をいじっている。あれが機材だろうか? つついたり、表面を指をすーと撫でるようにしている。その度に、懐からメモを出して、何やら書き込んで、柱とメモを交互に見たり・・・


「あれが、機材でしょうか? なにか、随分と小さいですね。もっと大きな物を想像していました」


「私もです。何か、小さな石の柱みたいですね?」


 マサヒデ達はマツに近付いたが、あまりの真剣さに、声をかけるのをためらってしまった。

 あのマツが、近付いても気付かないとは。余程、集中しているのだろう。


 少ししてから、マサヒデは声を掛けた。


「マツさん」


「あっ! マサヒデ様」


 マツが驚いて振り向いた。


「すみません。とても集中してるように見えましたので、声を掛けるのを躊躇ってしまって」


「いえ、こちらこそ気付かずに・・・早く終わらせようと思って、急いでおりましたもので・・・」


「これが、機材ですか?」


「はい」


「随分と小さなものなんですね。もっと大きな物を想像していました」


「ええ。ですが、この中にはぎっしりと魔力が詰まっているんですよ。お二人共、もし間違って壊してしまったら大変ですので、気を付けて下さいね」


「もし壊してしまったら?」


「ドカン! ですよ。このギルドの建物くらいは吹っ飛んでしまうかも・・・」


「え! それじゃあ、気を付けて戦わないと」


「うふふ、冗談ですよ。吹っ飛んだりなんてしません。お金はいっぱい飛んでいきますけど」


「驚かせないで下さいよ。まあ、どちらにしても気を付けないといけませんね」


「私の特製の防護の魔術を掛けますから、大丈夫かと思いますけれど」


「防護の魔術、ですか」


「はい。まあ、ものすごく丈夫な、薄いガラスのような、布のようなもので囲む感じです」


「へえ・・・?」


「あ、せっかくですから、少し見てもらいましょう。ついでに、お手伝いを頼みます」


「お手伝い? 私達は魔術は全くですが」


「防護の魔術が壊れてしまわないか、試してもらうだけです」


「はあ」


「まずはご覧下さい」


 マツが手をかざし、少しすると、石の柱が薄い透明な膜のようなものに包まれた。

 これが防護の魔術だろうか? なんとも頼りない感じだが・・・


「ではマサヒデ様、この膜、斬ってみて下さい。あ、念のため、柱に当たらないような筋で」


「はい。では」


 マサヒデは一歩前に出ながら、居合抜きに軽く斬ってみたが・・・


「お?」


 膜の表面で、刀が止まった。

 固いものを斬った感触はなく、かと言って、ぐにゃぐにゃした感じでもない。

 音もしない。


 驚いたことに、剣筋をそらされておらず、まっすぐ止まっている。

 普通、こんな止められ方をしたら「ガツン!」と手に衝撃が入るものだが、それが全くない。何とも言えない感触だ。


「こ、これは、一体・・・?」


「うふふ。これが私特製の防護の魔術です」


 刀を引いて、立てて見てみるが、傷ひとつ付いていない。

 不思議なものだ・・・


「マツ様、私も試してみてよろしいですか」


「ええ、どうぞ」


 アルマダが剣を抜き、ゆっくり振り上げて、怖ろしい速さで振り下ろした。

 これはマサヒデの軽い居合抜きとは違い、本気だ。

 が・・・


「・・・? こ、これは!?」


 アルマダの剣も、膜の上で止められた。

 狐につままれたような顔をして、自分の剣と膜を交互に見ている。

 きっとマサヒデも、さっきはこんな顔をしていたのだろう。


 マサヒデも本気で試したいと思い、


「もう一度、試してみてもいいですか」


「どうぞ」


 逆八相に構える。最も力の入る形だ。

 集中して・・・


「ん!」


 斜めにまっすぐ振り下ろす。

 やはり止められた。

 が、今度は剣先が、ほんの少しだけ、膜の中に入っている。

 何か斬れたような感触は一切なかったが・・・


「あら・・・」


「・・・これは・・・斬れた、のでしょうか?」


「はい。自信はあったのですが・・・作り直しですね」


「マサヒデさん・・・私、こんな不思議なものは、初めてです・・・」


「ええ・・・」


 2人が驚いて顔を見合わせていると、


「あ、そうだ。少し早いですけど、ついでです。お二人に、もう一つお手伝いをしてもらってよろしいでしょうか」


 マツがにこにこ笑いながら、マサヒデとアルマダに話しかけた。

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