第9話 結婚の報告


「さて・・・」


 皆の興奮が収まった所で、アルマダがちらり、とマサヒデに目を向けた。

 マサヒデも、こくり、と頷く。


「もうひとつ、皆様にお話があります。こちらも喜ばしい話です・・・さ、マサヒデさん。どうぞ」


「はい。では、私から」


 ごほん、と咳払いをして、マサヒデは背を正した。

 こうやって、妻を娶った、という話をするとなると、ちょっと恥ずかしい。


「えーと、ですね・・・」


 皆がじっとマサヒデの方を向いている。

 改めて報告するとなると、話し出しづらい・・・


「その、ですね。昨日、大変なことがありまして・・・」


「なんじゃマサヒデ。もちっとはっきり話せ。まったく、らしくないの」


「う? ううむ、いざ口に出すとなると、少し、恥ずかしくてな・・・」


「どうしたんじゃ?」


 騎士達も、なんだ? という顔でマサヒデを見ている。

 アルマダも、相手が普通の相手なら、きっとにやにやしていただろうが・・・

 先程と違って、ぴりっとした顔をしている。


「うむ! 思い切って、話す! このマサヒデ=トミヤス、妻を娶った!」


「・・・」


 沈黙があばら家を包んだ。


「・・・そ、そうか。妻か。妻・・・目出たいの・・・」


 トモヤはぽかーんとしている・・・


「・・・」


「のう、マサヒデ。いくつか、聞いて良いか」


「うむ」


「お主、昨日はギルドに依頼を出しに行ったはずじゃの・・・」


「いかにも」


「なぜ、それが見合いになったんじゃあ!?」


 トモヤは立ち上がって怒鳴った。


「ううむ・・・話せば長くなるが・・・トモヤ、お前は幼い頃からの友。しかと、聞いてもらいたい」


「よし! 聞こう!」


 トモヤは腕を組んで、どすん、と座った。


「まず、昨日のギルドとの交渉だが、全てが上手く進んだわけではない。たとえば、先程の、訓練場を借りる時の話。下手な場所では客に怪我人・・・悪ければ人死も出るかもしれぬな」


「うむ」


「場所は後で考えるとして、まずは試合の様子、魔術で放映してもらえまいか。我らはそれを魔術師協会に陳情に向かった。これなら、場所さえあれば、客に危険はないからな」


「それで」


「そこで出会ったのが、マツ=マイヨール。我が妻となった女だ。この町で、たった1人で、魔術師協会の運営を行っておる。俺はマツさん、と呼んでいる」


「たった1人でか?」


「うむ。後から知ったことだが、マツさんは、人の国の中でも、3本の指に入るほどの魔術師だそうだ。マツさんにとっては、この町の魔術師協会の仕事程度、大したことではないのだろうな」


「それほどの女か」


「そうだ。話を戻すぞ。まあ、陳情はすんなり通り、先程の訓練場を借り受ける所になるわけだ。で、借りる条件として、俺は3人と立ち会った」


「で、3人を叩きのめした、と」


「と、言いたい所だが、中に魔術師がおってな。俺は魔術師と立ち会い、苦戦した。

ひとつ間違えば、今頃は灰になって、お主の前には俺の骨壷が置いてあるところだ」


「ほう。魔術師とはそれほどであったのか」


「うむ。そこで、試合までは数日だが・・・少しでもよいから、マツさんに魔術師との戦い方を指南してもらおう、と頼みに行った」


「で?」


「うむ・・・」


「どうしたんじゃ」


「うむ、稽古はしてやろう。ただし、条件がある、ときてな・・・」


「まさか・・・」


「そのまさかよ。稽古してほしければ、妻に娶れ、とな」


「で、マサヒデ。お主はその条件を飲んで、そのマツとかいう女を妻にしたのじゃな」


「そういうことだ」


「マサヒデ。お主、強くなりたいが為に、その女を娶ったのか」


「やはり、そういう風に見られるであろうな。しかし、昨日、マツさんと会って、色々あった。この国屈指の魔術師とあって、恐ろしい女でもあった・・・」


 マサヒデは、庭の方に目を向けた。

 目は、少し離れた町の方。マツの家の方・・・


「だが、その恐ろしさゆえ、マツさんは皆に避けられていた。今もな。ずっと、孤独なのだ。何十年、いや、何百年かもしれぬ。それだけの間、ずっと寂しく暮らしてきたのだ。心を許せる人もいないではないが、やはり、恐れられておって、一線を引かれている」


「そうなのか・・・む? ちょっと待て。何十年? 何百年?」


「うむ。マツさんは魔族だ。見た目は人と変わらんがな。それも、人の国で避けられいる理由の一つではあろうが・・・あの恐ろしさだ。おそらく、魔の国でも、同じような暮らしであったろうな・・・」


「そう、か」


「最初は俺も怖ろしかった。条件とは言われても、とても断れるものではなかった。あれほど怯えたのは、生まれて初めてだ。アルマダさんには、恥ずかしい所を見せてしまった・・・

 が、その時、国王陛下からお声を掛けて頂いた。陛下の声は、怯えた俺を落ち着かせた。正気に戻った時、俺は思った。この女と共にいたい、と。その寂しさを、少しでも、と。

 憐れみの情かと聞こえるかもしれんが、そうではない。この女でなければいけない。そう感じたのだ」


「・・・」


「マツさんと俺とは、寿命がはるかに違う。

 俺が白髪頭で、頭もぼけ、杖をついたジジイになっても、マツさんは今と変わらず、若々しく、美しいままだ・・・」


「・・・」


「共に年を重ねることが叶わぬ。それは、どれだけつらいであろう・・・

 マツさんはこの先、どれほど苦しむであろうか・・・

 どんどん年を取っていく俺を側で見ていて、どれだけ苦しむであろうか・・・

 それでも、マツさんは俺と夫婦に、そう言ってくれた。

 それは、覚悟のような・・・そう、覚悟だ。

 俺が死ぬまでずっと、そんなつらさに耐えると、覚悟をしてくれたのだな・・・」


「ぐすっ・・・」


 トモヤは鼻をすすった。

 騎士達も、アルマダも、皆、涙を流している。


「だから、俺は、マツさんを娶った」


「マサヒデよう・・・マサヒデ・・・ううっ」


「マサヒデさん・・・」


「まだ、マツさんと出会って1日にも満たん。マツさんの事を、よく知っているとは、冗談でも言えん。だが、俺はマツさんを娶ることが出来て、本当に良かったと思っている。あんな良い女に会うことは、今後、ないだろう」


 トモヤは鼻を垂らし、がば、と、涙でぐしゃぐしゃの顔を近付け、マサヒデの肩を掴み、揺さぶった。


「マサヒデ! マサヒデ! マツ殿を大事にせいよ!」


「当然だ」


「のう、マサヒデ。マツ殿を是非紹介してもらえんか! ワシも、マツ殿に会ってみたい!」


 今までの雰囲気が変わり、マサヒデとアルマダは、ぎくっ、とした。

 「私も!」「私もです!」と、騎士達も感動した声を上げた。

 だが・・・彼女と顔を合せたら、皆、どうなるか・・・?


「う、うむ、そのうちな。さっき言った通り、マツさんはたった1人の、この町の魔術師協会の協会員。いくら腕利きとはいえ、とても忙しくてな」


「そう! そうなんですよ! 我々との訓練も、本当に、寝る間を惜しんで何とか作ってもらっているくらいで!」


 アルマダがぶんぶんと手を振ったが・・・


「マサヒデ。アルマダ殿。ごまかさんでもよい。マツ殿、おそらくとても怖ろしいお方なのじゃろ? マサヒデが、これまでにないほど腰を抜かすくらいじゃなからな」


 余計な時に、トモヤの慧眼が光る。


「ワシなど、顔を見ただけで、小便を垂らしてしまうかもしれん」


「・・・」


「じゃがの、マサヒデ。そんな事は覚悟の上じゃ! たとえ小便をちびっても、ワシは、ワシはマツ殿に祝の言葉を、直に伝えたい! どうじゃ、許してはくれんか!」


「・・・」


 トモヤはすごい勢いだ。

 余程、マサヒデの話に感動してしまったのか・・・


「坊様には訳を話して、必ず時間を頂いてくる! 頼む!」


 トモヤが、ばっ! と頭を下げた。


「マサヒデ! 頼む!」


「う、ううむ・・・」


 トモヤは顔を上げ、


「それにマサヒデ。今は会えずとも、祭が終わればワシらは帰ってくる。そのうち、必ず顔を合わせるのじゃ。なら、今! お主らが結婚した、今、この時! ワシは祝の言葉を送りたい! どうじゃ!」


 たしかにその通りだ。その通りなのだが・・・


「マサヒデ様! 我らもお願いします! どうか、どうかお許しを!」


 騎士達まで頭を下げた。

 とても、断れる雰囲気ではない。

 マサヒデとアルマダは顔を合せ、目を伏せて頷いた。


「ふう・・・分かった・・・皆さんも、ほら、顔を上げて下さい。しかし、トモヤ。お前は、必ずお坊様から許しを得てこいよ」


「そうか! ありがたい!」


 トモヤは輝くような顔で、笑顔を向けている。


「皆さん・・・これは冗談ではありませんよ・・・下着の代えは、忘れないように・・・」


 アルマダも、頭を抱えてしまった。

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