第6話 マツの手紙
ギルドに手紙を頼んだ後、マサヒデは、マツの家に戻った。
「遅くなりました」
障子を開けると、まだアルマダは寝ていた。
額には、濡らした手拭いが置いてある。
しかし、先程のように険しい顔はしておらず、うめき声も上げていない。
すーすー、と穏やかな寝息を立てている。
「大丈夫そうですね。ありがとうございました」
「いえ・・・私のせいで・・・」
「アルマダさんには、このまま寝ていてもらいましょう。少し、お話があります」
マサヒデは立ち上がり、隣の部屋の襖の前に立った。
「ここは?」
「書見と、執務を行う部屋です」
「では、こちらで」
静かに障子を開け、マサヒデは中に入った。
暗くて良く分からなかったが、月明かりで、棚にずらりと本が並び、小さな机の上に書類が置いてあるのが分かる。
マサヒデは座り、マツも座った。
ぽ、と行灯に明かりがついた。マツが魔術でつけたのだろう。
マサヒデは、明かりに照らされたマツの顔をじっと見つめて、膝を進め、マツの手を取った。
「マツさん。ご両親に、結婚の報告をしましょう」
「結婚、の・・・報告」
ぽ、とマツが顔を赤らめた。
「私は、先程ギルドで父上に書を送って頂くよう、頼んできました。了承を頂くためではありません。もう、あなたと結婚したと」
マツは赤い顔のまま下を向いていたが、目が潤んでいる。
「我々、勝手に話を進めましたが・・・あなたも、父上、母上に報告すべきです」
「・・・はい」
「私の家は隣村ですから、明朝には報告は届きましょう。しかし、魔の国は遠い。少しでも早く、書を出しましょう」
「でも、それなら通信で」
「先程、国王より、通信ですが祝辞を頂きました。
その際、余程の危急な知らせでなければ、通信ではなく、書簡を使うこと、と、強くご注意を頂きました」
「・・・」
「あの通信も、手練の魔術師であれば、盗み聞くことが可能であると。よって、出来る限り書簡を使え、ということです」
「・・・」
「急いで報告すべきことではありますが、危険があったわけではありません。今回は、書簡で良ろしいでしょう。そしてマツさん。昼間あなたが仰った通り、あなたには『魔王の姫』という肩書がある。立場がある。私とあなたの結婚は、国の大事とも言えます」
「国の、大事・・・」
「別に争い事を引き起こすようなことではないでしょうが・・・今回は念のため、国王の仰る通り、書簡でご連絡しましょう」
「はい」
「そして、何より・・・顔を合せて話すより、書の方が気持ちを伝えられることもあります。今回は、そうだと思います。ですから、私はすぐ隣村でも、手紙を送ることにしました」
「気持ち」
「はい。気持ちです。一言、一言。お父上、お母上に、今のあなたの気持ちと、感謝の気持ちを込めて」
「私の気持ちと、感謝の気持ち」
「もし、あなたのお父上とお母上がおられなければ、我らが出会うことはなかった。その、感謝の気持を込めて」
「・・・はい!」
「では、私は縁側で月でも眺めておりましょう。急がないで下さい。
ゆっくりと、丁寧に、あなたの気持ちと、感謝の気持ちを込めて。
出来上がったら、呼んで下さい。私がギルドまで持っていきます」
「わかりました。それではマサヒデ様。しばし、お待ち下さい」
マサヒデは立ち上がり、部屋を出た。
襖を閉め、アルマダの横を静かに歩いて、縁側に座った。
もう夜更けも近い。
新婚初夜とあれば、妻を抱くと決まっているらしいが、今夜はそんな余裕はなさそうだ。
夜空を眺めながら、今後の予定を考える。
まず、マツの手紙を届けたら、朝にはギルドを開けてもらうよう、頼んでおこう。
冒険者ギルドには悪いが、ギルドは予定以上に忙しくなるだろう。
可能であれば、だが、明日には町中に触れを出してもらいたい。
しかし、1日、2日はずらしてもよいだろう。
オオタとマツモトには、数日は日程がずれても良いと伝えよう。
そして、明朝。
まずはアルマダの目が覚め次第、体調を確認。気疲れだろうし、大丈夫だろう。
大事なければ、あばら家に戻り、今回の事を皆に報告。
マツの身元に関しては、皆には教えなくても良いだろう。
大っぴらに知らせて、わざわざ面倒事を増やすこともない。
マツも、それが嫌で、ずっと身分を隠して暮らしてきたのだから。
その間、訓練場の様子が映るよう、マツに準備してもらう。
その後、試合の前までは、マツに魔術師との戦い方をみっちり鍛えてもらう。
これにはアルマダにも参加してもらおう。
アルマダには引け目があるだろうが、先を考えると、やはりマツに鍛えてもらった方が良い。無理にでも参加してもらうべきだ。もし大怪我をするような事があっても、マツに治してもらえる。
アルマダとマツで思い出した。
マツはきっと、一緒に旅に、と言い出すだろう。どう説得しようか。
そして、父と母。
父と母にはちゃんとマツの出自は伝えるべきだ。
手紙を読んだ父や母は、きっと驚くだろう。
もしかしたら、父も母も、向こうからこちらへ出向いてくるかもしれない。
「ふっ」
思わずマサヒデは笑ってしまった。
追伸を読んで、父が驚く顔が目に浮かぶ。
あの追伸には、少しいたずら心も入っている。
滅多に驚くことなどない父だが、マツが魔王様の姫だと知れば、さすがの父も驚くだろう。
向かわせると書いたが、慌てて礼服など用意するだろうか。
貴族の門弟に頼んで、土産でも用意してもらうのだろうか。
蔵に放り込んである物でも吟味するのだろうか。
「ふふふ・・・」
すー、と障子が開く音がした。
マツが、静かに歩いてきた。
マツはマサヒデの隣にそっと座り、ことん、と肩に顔を置いた。
昼間、アルマダの前で見せていたような、ベタベタした感じではない。
「嬉しそうですね」
「はい。とても」
「手紙、書きました」
マツがそっと、蝋封をされた手紙を差し出した。
マサヒデはそれを懐にしまって、夜空を向いた。
「ギルドに行く前に、もう少しだけ、月を眺めませんか」
「はい」
マサヒデの心の中から、マツに対する恐怖心は、もう消えていた。
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ギルドに戻ると、オオタとマツモトがげっそりした顔でマサヒデを迎えた。
「オオタ様、マツモトさん。この手紙、魔王様の城へお願いします」
マサヒデはマツの手紙を差し出した。
「必ずお届けします」
「もう、ギルドはいつ開けて下さっても結構です。お二人には・・・何というか、申し訳のないことをしました」
「そんな! とんでもない!」
「急がずとも構いません。高札やビラの準備、よろしくお願いします。日程は、数日ずれても構いません」
「はい」
「それと、お願いがあります」
「何なりと」
「身元を知った以上、すぐには無理でしょうが・・・なるべく、マツさんには、今まで通り『どこかの貴族マイヨール』として接して下さいませんか。マツさんは、こういう事が嫌で、ずっと身分を隠して暮らしてきました。たしかに、すごい魔術師として恐れられてはいたでしょう。しかし、王族として、腫れ物扱いされたりするのとは、違う」
「・・・」
「今日は浮かれて、うっかり身分を明かしてしまいました。しかし、長い付き合いのあなた方の態度が急に変われば、マツさんは苦しむ。きっと、居場所もなくなる」
「トミヤス様・・・あなたは・・・」
オオタの目に、涙が浮かんだ。
「もちろん、私にも、今まで通り、ただのギルドの客という形でお願いしますよ」
マサヒデは、にこり、と笑った。
「はい・・・」
「では、本日は、この辺で。お二方には大変ご迷惑をおかけしました。また明日、顔を出します」
「はい。遅くまで、お疲れ様でした」
「オオタ様も、マツモトさんも、おやすみな・・・」
と、立ち去りかけ、
「おっと」
と、マサヒデは足を止めた。
「あの、メイドの方は・・・」
「今は休ませております」
「彼女にも、今のこと、お伝え願いますか。あの方、特にマツさんを怖がっていましたし・・・固い感じですから、何というか、身分とかそういうのにも・・・難しそうですけど」
「はい。必ず」
「それでは、おやすみなさい」
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