第三章 報告

第7話 マツの願い


 翌朝。

 マサヒデは、アルマダの寝ている部屋の隅で、刀を抱いて眠っていた。

 庭で、雀が地面をつついている。


「・・・? はっ!」


 アルマダが、がばっ! と布団を跳ねて起きた。

 その音に驚いて、雀が庭からばさばさと飛んでいった。


「む」


 マサヒデも目を覚ました。


「あっ! ・・・マサヒデさん・・・」


 アルマダはきょろきょろと周りを見て、マツの家だと気付いたようだ。


「わ、私は・・・?」


「あ、アルマダさん。おはようございます」


「あ・・・? おはようございます」


 と、挨拶を返してから、昨日の事を思い出したのか、


「うわっ! そ、そうだ! マツ様・・・マツ姫は!?」


 と、がばっ、と布団から立ち上がった。


「さて? 私もここで寝ていたもので」


「・・・」


 とんとん、と包丁の音がしている。


「あ、台所みたいですね」


「台所・・・?」


朝餉あさげを作ってくれているみたいです」


「朝餉・・・」


「布団を畳んでおきますか。ここへ持ってきてくれるでしょう」


「布団・・・? あ・・・」


 アルマダは、やっと自分が布団の上に立っているのに気付いたようだ。


「はい・・・」


 少しふらふらしながら、アルマダは布団を畳んだ。

 マサヒデもそれを手伝い、部屋の隅に置いた。


「あの、私は一体・・・」


「昨日、アルマダさんはマツさんの名前を聞いて、驚いて気を失ってしまったんです。覚えてますか」


「・・・そうだ・・・そうだった。そうです、フォン・・・」


「アルマダさん。座って下さい」


「はい・・・」


「もう、大丈夫です。ほとんど解決しました」


「解決?」


「ギルドの方々も驚かせてしまいましたけど、もう大丈夫です」


「あの後、何があったんですか」


「うーん、細かく話すと長くなりますので、簡単に言いますと・・・」


「はい」


「国王陛下から祝辞を頂きまして。私とマツさんは、それぞれ実家に結婚の報告の手紙を出しました」


「国王陛下から、祝辞・・・そ、それで・・・?」


「以上です」


 アルマダは片膝を立てて、


「さっぱり分かりませんよ!」


 と、マサヒデに詰め寄った。


「まあ、私とマツさんが・・・」


「失礼致します」


 すー、と障子が開き、マツが膳を運んできた。


「どうぞ。朝餉でございます。ハワード様のお口に合えば良いのですが」


 アルマダは片膝を立てた体勢のまま、細かく震え、ごくり、とつばを飲み込んで、朝餉の乗った膳を見つめている。


「ま。喉をならして・・・そんなにお腹が空いておられましたか」


「マツ・・・姫、様・・・手づからの料理、このアルマダ=ハワード・・・身に余る光栄でございます・・・」


「まあまあ、アルマダさん。そう固くならずに」


「おほほほ。さ、お座り下さい」


 アルマダはゆっくりと、膳の前に座った。


「さ、マサヒデ様」


「ありがとうございます」


 3人の膳が揃い、朝食が始まった。


「・・・」


「うん。やはり、マツさんが作る汁は上手いですね」


「ありがとうございます」


「・・・」


「む、これは」


「先程、市場で買ってきたんです・・・」


 アルマダには、味を感じられない。

 黙々と、2人の会話を聞きながら、口に運ぶ。

 自分が今、何を食べているのかさっぱり分からない・・・


「で、今日なんですけど、昨晩は少しギルドの方も慌ててしまったようで・・・ちょっと私の力試しの触れは遅れてしまうかもしれません」


「・・・私のせいですね」


「さすがにマツさんがお姫様だった、と聞けば、驚いてしまいますよ」


「まあ! そんな年ではないと仰るんですか!?」


 瞬間、アルマダにはマツから黒いオーラが吹き出したのが見えた。

 アルマダはびくっと顔を上げ、自然と腰が少しだけ浮いた。逃げられるように・・・


「ははは! 違いますよ。まさか、魔王様の娘が、こんな田舎町で一人暮らししてるなんて、誰も思いませんよ。驚くのも当然ですって」


 マツのオーラは消えた・・・


「ふふふ。今回は、あのオオタ様も驚いていましたが、今まで国内屈指の魔術師と言われるあなたと、普通にお付き合いしてたんですよ。落ち着いてみればそうでも・・・といった感じでした。それにしても、最初にマツさんの姓を聞いた時の、あの驚いた顔と言ったら。ぷ、ふふふ」


 さりげなく、昨晩オオタに願った、マツへの態度のフォローをいれておく。


「ま、さすがにしばらくは、固いこともありましょう。でも、あれだけ豪快な方です。すぐに、いつものオオタ様に戻ってしまいますよ。ふふふ、たまに『王族なんですよ~』なんて、脅してやるのも、面白いかもしれませんね。あのオオタ様が冷や汗を垂らす顔・・・ふふふ」


「もう。マサヒデ様ったら、お人が悪い!」


「とまあ、そういうわけで、少しギルドがバタついてしまったので、宣伝が遅れそうで。アルマダさんが良ければ、1日か2日、日程をずらしたいんですが」


「・・・」


「アルマダさん?」


「はっ! はい、なんでしょう!?」


「聞いてませんでしたか?」


「な、何をですか」


「ですから、昨日、ギルドが大騒ぎになってしまったので、私の力試しの宣伝が遅れてしまうかも、と」


「はい」


「それで、アルマダさんが良ければ、1日か2日、日程をずらしても、と」


「もちろん! 構いません!」


「良かった。アルマダさんには、審判に立ってほしかったですから。その、何と言いましょうか、ギルドの方々には失礼ですけど・・・ギルドの立ち会いだけでは不安ですから」


 マサヒデはマツの方に顔を向けた。


「それと、マツさん」


「はい」


「あの約束、守って頂きますよ」


「約束・・・あの、すみません、何の約束でしょうか」


「とぼけてもだめですよ。私はちゃんと、条件を守りましたからね。我々に、魔術師との戦い方をしっかりと稽古してもらいますよ」


「ああ! そうでした! 忘れてました! 申し訳ありません」


 マサヒデはアルマダの方を向いて、


「アルマダさん、先のことを考えたら、あなたも参加すべきです。元々、マツさんにはアルマダさんも一緒に稽古していただくという約束でしたからね」


 アルマダは驚いて顔を上げた。

 箸から、ぽろり、とつまんでいた米が落ちる。


「え! ・・・わ、私めが、姫から、手ほどきを」


「マツさん。お忙しいとは思いますが、ほんの少しの時間で構いませんから。よろしくお願いします」


「はい。私がお役に立てるなら」


 アルマダの額から、つー・・・と、汗が流れ落ちる。

 たびたび、一瞬だけマツの身体から怖ろしい空気が吹き出しながら、朝餉は続く・・・



----------



「では、マツさん。お世話になりました。今日から忙しくなると思いますが、よろしくお願いします」


「はい。マサヒデ様。いってらっしゃいませ」


 マツはそう言って、きれいに頭を下げた。

 マサヒデは、くるりと背を向けて歩き出した。

 アルマダはぴし! と姿勢を正し、マツに頭を下げた後、マサヒデの後ろに続く。


「・・・マサヒデさん」


「ま、歩きながら話しましょう。まずは、皆さん・・・トモヤや、アルマダさんのパーティーの方々に、報告しなければ」


「・・・そう、ですね・・・」


「ふふ、私が結婚したと聞いたら、トモヤは驚くでしょうね」


 2人は、向かいのギルドの入り口に向かう。

 昨日から、ギルド入り口前の繋ぎ場に、馬が止めてある。

 マサヒデとアルマダは手綱を取って、早朝の雑踏を、馬を引きながら歩く。


「アルマダさん、マツさんのことなんですけど」


 いきなり大上段からきた!

 アルマダは緊張し、話を促す。


「なんでしょうか」


「昨日は浮かれて、うっかり口にしまいましたが・・・マツさんは、自分が、王族だと知られたくはない、と思っています」


「そう、ですね。母方の姓を名乗って、今まで暮らしてきた理由も、そうでしょう」


「ただ、王族と知られれば、マツさんに取り入ろうとか、そういう者が近寄ってくるのが面倒とか、というだけではない」


「といいますと」


「先程のアルマダさんのように・・・まるで腫れ物に触れるような、そんな扱いをされるのを、マツさんは心良く思っていません」


「・・・」


「だから、あんな風に、マツさんは普通の態度で接しようとする。周りにも、それを求めている。ずっと、孤独だったんです」


 たしかに、アルマダは既にマツが王族だと知っている。

 マツの方も、アルマダが自分を王族だと認識しているのを分かっている。

 それでも、変わらずに接してきた。


 あの怖ろしい空気は変わらないが・・・


「ただでさえ、マツさんはあの空気。魔術師としての名も知られ、恐れられている。その上、王族だと知られれば、どんなことになるか。数少ない、心知れた人たちも・・・」


「・・・」


「アルマダさん。貴族のあなたには、無理な願いかもしれませんが、マツさんには、なるべく今まで通り、接して下さいませんか。あなたがマツさんを恐れているのは分かっています。怖ろしいのを我慢して、仲良くしろ、とまでは言いません」


「・・・」


「ただ、王族として、恐れないように・・・ただ、尋常の腕を持った者ではない、と・・・その、何と言いましょうか、例えれば、父上に接するような感じで、でしょうか?」


「・・・分かりました。しかし、これでも私は貴族。身についてしまっているものがあります。必ず出来ると約束は出来ません。それでも、努力は、します」


「ありがとうございます。皆さんにも、マツさんはただの貴族、マイヨールとしてお話するつもりです。本当の事は・・・また、折を見て、ということで」


「・・・そうですね。そうだ、マサヒデさん。市場に寄って、皆さんに何か土産でも買っていきましょう」


「そうしましょうか」

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