第二章 両親への手紙
第5話 手紙を受け取る両親
明早朝、トミヤス道場。
隣町の冒険者ギルドから、道場主であるマサヒデの父、カゲミツに書簡が届いた。
差出人は、息子のシロウザエモン改め、マサヒデ。
「チッ、シロウめが。門をまたげねえなら手紙でってか。ふん、小賢しい・・・1ヶ月もたってねえってのに・・・」
ぶつぶつ言いながら、やはり父は嬉しかった。口元には笑みが浮かんでいる。
「おーい! シロウから手紙だ!」
「シロウから!?」
ぱたぱたと小走りに母は部屋へ駆け込んできた。
「こんなに早く手紙が届くなんて。オリネオで何かあったんでしょうか」
ばらり、と書簡を開いて、カゲミツはマサヒデからの手紙を読みだした。
「読んでみねえと分からねえよ。どれ・・・」
『カゲミツ=トミヤス様。
門を跨げない身なれど、大事な知らせなので、ご報告致します。
不肖の身ながら、このマサヒデ、妻を娶ることと相成りました』
「は!?」「え!?」
が、さすがは剣聖・武聖と言われるカゲミツである。
驚きは一瞬、すぐに冷静さを取り戻した。
「ふっ・・・若い若いと言われるけどよ、俺もいい加減、歳をとったみてえだな・・・ちょっと待て」
目元をぐいぐいと押さえ、もう一度、ゆっくりと、読み直す。
『不肖の身ながら、このマサヒデ、妻を娶ることと相成りました』
確かに『妻を娶る』と書いてある。
「・・・あいつ何やってんだ!?」
「あなた、続きを!」
『父上、母上のご了承を得ず、事後承諾となる事、お許し下さい。
妻の名はマツ。元の姓はフォン=ダ=トゥクライン。
オリネオの町の魔術師協会支部に務める者でございます』
「魔術師協会の? 魔術師の娘か?」
「フォン=ダ=トゥクラインって、また仰々しい名前ですけど」
「トゥクライン・・・トゥクライン・・・聞いたことがあるような・・・」
「やっぱり貴族の方?」
「うーん、多分・・・いや、待て。確かに聞いた。どーこのだったかなあ・・・」
トミヤス道場には貴族も多く、カゲミツは特に動じることはなかった。
今は、だが・・・
「ま、いいや。あとで貴族の門弟共に聞けば分かるだろ。読むぞ」
『私は門をまたぐことを許されない身ゆえ、マツを挨拶に向かわせたく思います。
マツの訪ね、お許し下さるとマサヒデ嬉しく思います。
また、オリネオの町は只今大変忙しく、魔術師協会に務めるマツも、同様です。
今すぐに挨拶に伺わせたい所ですが、しばしのお時間を頂くこと、お許し下さい。
また、妻が訪ねた際、万が一、粗相があるやもしれませんが、どうか寛大な心でお許し下さい』
「ふーん。自分が来れねえから、嫁をこっちに寄越すって。でも町が忙しくて、魔術師協会の嫁も、すぐには来れねえ、とよ」
「マツ様・・・楽しみですね。どんな方かしら」
「オリネオの魔術師協会って、すっげえ小せえ所だぞ。祭で今、てんてこ舞いなんだろう。ま、これは仕方ねえな」
『そちらに祝の品が多く届くことがあるやもしれません。
それらのご対応、ご迷惑をお掛けしますが、よろしくお願いします
敬具』
「祝の品が多く、だとよ! は! ほーら、やっぱり貴族だ。シロウめ、上手く抱き込みやがったな!」
「抱き込むだなんて・・・」
「ふふーん、さすが俺の息子だ。女にはモテるな」
「あなたったら、もう。ほら、もう一枚ありますよ」
読み進めるうちに落ち着いたカゲミツは、にやにやしながら、もう一枚の『追伸』と表に書かれた手紙をばらりと開く・・・
『追伸
妻の姓でお分かりかもしれませんが、妻は魔王様の娘でございます。
婿入りしたわけではありませんので、私は続きトミヤス流の一武術家として生きて行きます。
また、マツの身元に関しては、本人もずっと隠してきたことです。
お二人の胸の内にしまっておいて下さいますと助かります。
近いうち、魔王様からの招聘があるやもしれません。
その際は、私の新しい父上、母上にお会いして頂ければ、嬉しく思います。
愚息、マサヒデ=トミヤスより。父、カゲミツ=トミヤス様へ』
カゲミツの笑顔が凍りついた。
「・・・」
慌てて最初の手紙を手に取って読み返す。
マツ=フォン=ダ=トゥクライン。トゥクライン。
『フォン=ダ=トゥクライン』。
カゲミツの手が震える。
「どうされました?」
「どっかで聞いたと・・・こりゃ聞いたはずだぜ・・・」
「?」
「王族だ・・・」(小声)
「なんですか? 良く聞こえませんでした」
「王族・・・姫だ! ・・・魔王様・・・魔王様の・・・姫・・・」
「あ・・・あなた・・・!」
『妻は魔王様の娘でございます』『妻は魔王様の娘でございます』『妻は魔王様の娘でございます』『妻は魔王様の娘でございます』『妻は魔王様の娘でございます』
蒼白になった2人の頭の中を、その一文がぐるぐると回る・・・
ばさり、と、カゲミツの手から手紙が落ちた。
トミヤス道場の門に『主不在。門弟の稽古は各々自由』と札がかかった。
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こちらは魔の国、数ヶ月後の話。
魔王は今日も忙しく、執務室で書類の山と格闘していた。
「これは却下。こっちは町の財を確認の上で良し。財務に確認させろ。今は保留」
カリカリカリ・・・
「よし、この手紙を送れ。宛先は・・・」
コンコン。
執務室にノックの音。
「入れ!」
「魔王様、失礼します」
「何だ」
「書簡が届いております」
「忙しい。そこに置け」
「魔王様、こちらの書簡はすぐに読まれた方が良いかと」
「急ぎか」
「そうではありませんが、久方ぶりのご連絡。マツ姫様からです」
魔王は書類から顔を上げ、ペンを止めた。
「マツから? 随分と連絡がなかったが・・・ふむ。よこせ」
「は」
執事から書簡を受け取り、魔王は書簡から巻かれた手紙を取り出した。
魔の国の印で、蝋封が押してある。
この印は、たしかにマツの物だ。
「ふむ・・・」
魔王は封を開け、手紙を広げた。
『父上様へ。
永らく連絡もせず、申し訳ありません。
ですが、私にはとても嬉しいことで、どうしても父上、母上に知らせたく、筆を取った次第です。
どうか、父上と母上が、供にお喜び下さることをマツは願います。
此度、マツは結婚することになりました。
お許しなく他家へ嫁ぐこと、どうかお許し下さい。
夫の名はマサヒデ=トミヤス様。
魔の国にも聞こえておりましょう、高名なトミヤス流の武術家、カゲミツ=トミヤス様の息子です。
マツは今、マサヒデ様とともに、オリネオの町におります。
ここは魔の国から遠く離れた地、すぐに顔を出すことは叶いませんが、必ず、マサヒデ様と共に、父上、母上の元にご挨拶へ向かいたいと思っております。
その際、お目通りが叶えば嬉しく思います。
私はトミヤスの者となりますが、どうかこれまで通り、父上、母上との良好な関係を願います。
図々しいことは承知ですが、この願い、伏してお聞き下さいますことを願います。
マツ=フォン=ダ=トゥクライン 改め マツ=トミヤス』
「何・・・!」
魔王の身体から、怖ろしいオーラが吹き出した。
書記官たちは驚き、執事も目を見開いて顔を上げた。
積まれた書類が、そのオーラで巻き上がりそうだ。
「本日の執務は終了! 全員下がれ!」
「はっ!」「は!」「はっ!」
「貴様、すぐに奥を会議室へ呼べ! マイヨールだ! マツの母だ!」
魔王には何人も妻がいる。
「姫様の身になにか危急の!?」
「急げ!」
「は!」
執事は慌てて走り出し、魔王もドアをばたん! と閉めて、マツからの手紙を握りしめ、会議室に早足で向かった。
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バァン! と大きな音を立て、魔王が会議室の戸を開く。
誰もいない広い会議室は、しーん、としていた。
王の座に座り、改めて手紙を読む。
マツが結婚・・・マツが・・・!
魔王はぎりぎりと歯ぎしりをし、手紙を握りしめる手は震えている。
周りの空気が、魔王の身体からにじみ出る魔力で歪む。
ぴしり、と音がして、部屋の隅に置かれた花瓶にひびが入り、水がにじむ。
「魔王様!」
ばたん、と戸が開き、マツの母が会議室に入ってきた。
執事も入ってきたが、
「貴様は外に控えておれ!」
「は!」
執事は廊下に出、ドアを閉めた。
「魔王様! マツに何か!?」
マイヨール婦人が、真っ青な顔で魔王の元に走り寄る。
この空気は尋常ではない。
これほどのオーラを吹き出す魔王を、マイヨール婦人は見たことはない。
これは、娘の身に、何か大変なことがあったのだ!
ぎりぎりと握りしめた手紙を、魔王は婦人の前に差し出した。
婦人は震える手で、手紙を受け取った。
「これは・・・?」
「読め!!」
会議室に魔王の声が響き、びりびりと窓が震えた。
「これは・・・マツからの・・・?」
震える手で手紙を開き、婦人は手紙を読み出した。
「ああ、マツ・・・何があったの・・・」
「・・・」
読み進めるうち、婦人はぼろぼろと涙を流しだした。
ぽたぽたと涙が手紙に落ち、書かれた文字がゆっくりとにじむ。
「ああ・・・マツ・・・マツ!」
「・・・」
「魔王様!」
「・・・うむ」
「私・・・私!」
「・・・」
婦人は魔王に抱きついた。魔王のマントの肩が、涙で濡れる
婦人の肩に手を回し、魔王も目を潤ませた。
「あの子が、あの子が、結婚するなんて・・・ぐすっ」
小さな頃から、王宮の者からも恐れられ、避けられていたマツ。
各地から何人もの候補を向かわせても、全てから避けられたマツ。
独り身を嘆きながらも、もう結婚は出来ないと諦めていたマツ。
隠遁生活を送り、故郷への連絡もなくなり、このままマツは・・・
そのマツが結婚!
「・・・早く、マサヒデ殿に会いたいな」
「・・・はい」
「・・・早く、孫の顔が見たいな」
「・・・はい」
「・・・」
「・・・」
魔王と婦人は静かに立ち上がり、窓辺に寄った。
魔王は婦人の肩を抱き寄せた。
婦人は声を出し、ついに魔王の目からも一筋の涙が流れ、魔王は肩を震わせた。
2人は、遠く人の国の方角を眺めながら、泣いた。
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