第4話 王との通信
オオタとマツモトに案内され、マサヒデは通信室までふらふらと歩いてきた。
足元がおぼつかない。
通信室は分厚い鉄のドアで閉じられており、マツモトが「むん!」と声を上げて、ドアの取っ手を持って引っ張る。
ぎぃー、と音がして、ゆっくりとドアが開いた。
部屋の中には、中央広場で見た魔術の放映の画面のようなものが、大小いくつか浮いている。
正面の大きな画面に、いかにも「王」といった感じの男の顔が写っていた。
太い眉、伸ばされたひげ。鋭い眼光。正に想像どおりの「王」だ。
「さ、トミヤス様。我らはここでお待ちしております」
マサヒデが言われるまま部屋の中に足を入れると、ゆっくりとドアが閉められた。
「マサヒデ=トミヤス殿であるな」
画面に写った男の声が聞こえ、マサヒデは顔を上げた。
「そう、です」
「うむ・・・」
王。国王。今、話しているのは国王。
マサヒデは、はっ! として、膝をつき、頭を下げた。
「し、失礼しました!」
「さあ、立ちなさい。頭を上げて。そなたの顔を、よく見せてくれ」
「は!」
今までのふわふわした感じは消え、緊張感が全身を覆う。ぴりっとした空気が部屋を覆った。
これが、王の声。
この場には実際にはいないというのに、その男の一声で、マサヒデは我に返ったのだ。
マサヒデは勢いよく立ち上がり、画面に映る王に、顔を向けた。
「マサヒデ殿、とお呼びして良いかな」
「はい!」
「うむ。マサヒデ殿。此度の事、急な話で祝いの品もなく、このように通信での祝辞だけであるが、許されよ」
「恐縮です!」
「では、マサヒデ殿。祝辞を述べる」
「は!」
「マサヒデ=トミヤス。マツ=フォン=ダ=トゥクライン姫を娶られたこと、我が国を代表し、この王が祝う。お二人に、終生の幸せがあらんことを願う」
「有難き幸せ! マサヒデ=トミヤス! 王より言葉を授かり、この上なき幸せにございます!」
「では、短いが祝辞はここまでとする。長々とした、固い言葉を考えるのは、大臣共に任せておるでな。今回は急なことで、私が考えた。後日、改めて書簡を送るとしよう」
「は! 王のご厚意、感謝致します!」
「さて・・・」
王はじっとマサヒデを見つめた。
マサヒデも王の視線を逸らすことなく、じっと見返した。
「ここからは、ただの好奇心で聞くので、答えたくなければ答えずとも良い」
「は! 何なりとお聞き下さい!」
「ふふふ・・・無理かもしれんが、近所のオヤジとでも話すつもりで良い」
「お気遣い、感謝致します!」
「ではマサヒデ殿。聞こう。マツ姫とは、どうして結婚することになった?」
「は、少々長くなりますが・・・」
マサヒデは、今までの事を話した。
自分は祭に参加しており、組に人が少なく、募集の為に冒険者ギルドに依頼を出しに行ったこと。
条件が整わず、魔術師協会に陳情に行ったこと。
初めてマツと出会い、怖ろしい目にあったこと。
訓練場で冒険者3人と立ち会ったこと。
ギルドでオオタと会い、その姿勢に感動したこと。
再び魔術師協会へ出向き、逃げられない選択を迫られたこと。
腹を据え、マツを娶ると決めたこと・・・
王は顔の前で手を組み、口の端に笑みを浮かべながら、マサヒデの話に耳を傾けていた。
「・・・そして、結婚することになりました・・・」
「ふふふ、面白い話であった。たしかマツ姫は姓を隠して隠遁していたな。
結婚してからいざ姫の姓を知って大慌て、というわけだ。ふふふ・・・ははは!」
王は口を開けて笑い出した。
「・・・はい」
「くくく・・・いや、これは、後世まで語られる話となろうな」
ぴりぴりした感じはいつの間にか消え、王はにやにやしている。
「面白い話を聞かせてくれた礼に、助言をする。
これから先、もし王宮に連絡が必要な場合、出来る限り書簡で行え。この通信、直通とはいえ、腕の立つ魔術師であれば盗み聞くことも可能だ。余程の急ぎでなければ、書簡を出せ。印を届ける。国の印が入った書簡であれば、盗まれるようなことはよもあるまい。盗賊や追い剥ぎ程度が盗んだ所で、売り先もなかろう。例え中身を読んでも、情報を売ろうともせぬはずだ。だが、予期せぬ事故もあろうから、書簡は同じ物を複数出すこと」
「は!」
「魔王様には連絡したか?」
「いえ! まだです! まず先に陛下へと!」
「ふふふ、ありがたいが、わしより魔王様の方が格は遥かに上だ。先の通り、報告は書簡でな。数ヶ月はかかろうが、魔王様にとっては数ヶ月程度、わしら人族の感じる数日程度であろう。気になさることもあるまい」
「は!」
「それと・・・うむ・・・」
王はそこで言葉を濁した。
「・・・」
先程までの雰囲気は消え、また緊張感が部屋を包む。
「うむ・・・つらいことであるが、我ら人族と、魔王様の一族とは、遥かに寿命が違う」
「・・・」
「マサヒデ殿が老人になっても、姫はまだ若々しい盛りであろう」
魔王は既に数千年以上を生きており、実際の年齢は本人も忘れてしまったという。
マツモトが言うには、マツも軽く100歳を越えているだろうという。
・・・年老いたマサヒデ、いつまでも若いマツ・・・
「世に知られている限り、寿命を延ばすような魔術は、ない。既に魔術は数千年と研究されておる。これから、そのような魔術が作られることもまずなかろう。共に年老い、共に死ぬ事は、出来ぬ」
「・・・」
「よいか。姫はそれを覚悟して、お主を夫として選んだ。この事、しかと心に刻め」
「はい」
「必ず、姫と子をなせ。家族だ。マサヒデ殿との子。それが、姫の救いになろう」
「はい」
「マサヒデ殿は武術家。いつどこで倒れても、という覚悟は既に持っておろう。しかし、姫はそうではない。寿命で尽きず、勝負で尽きるとも、必ず、子をなしてから倒れよ。正式なものではないが、王からの命。頼みと言っても良い」
「はい。必ず」
マサヒデの返事を聞いて、王は笑顔になった。
「よろしい。では、試合を楽しみにしておるぞ。そちらには行けぬが、わしも放映で見させてもらう。日取りが決まったら、連絡を。書簡では間に合うまいし、通信で構わん。ふふふ、何なら御前試合と銘打っても良いぞ。人が集まろうな」
「ご期待にこたえられるよう、頑張ります」
「ご苦労であった。機会があれば、また旅の話を聞かせてくれ」
「是非とも」
「では、マサヒデ殿。妻の元へ行くが良い」
「はい! マサヒデ=トミヤス! 下がります!」
「うむ」
ドアをノックすると、ぎぃー・・・と重い音がして、ドアが開かれた。
出る時に、ちらりと後ろを振り向くと、王はまだ、じっとマサヒデを見ていた。
マサヒデが頭を下げると、王も目礼を返した。
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「トミヤス様」
部屋を出ると、オオタが声を掛けてきた。
マツモトも、メイドも、不安そうにマサヒデを見ている。
「皆様、ご心配をおかけしました。私、マツさんが姫と聞いて動転しておりましたが、陛下の声で目が覚めました」
「トミヤス様・・・」
「オオタ様。マツモトさん。我ら、まだしばらくこの町で厄介になると思います。お二人共、よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしくお願いします。トミヤス様」
「先程、オオタ様が仰って下さいました言葉、とても助かりました。トミヤスで良い、と。私、トミヤスで生きて行きます。マツさんを、必ず幸せにしてみせます」
マサヒデの顔は晴れて、明るい。
メイドは、マサヒデのその顔を見て、泣き笑いの顔をしていた。
「さあ、皆様、部屋へ戻りましょう。まずは書簡の作成です」
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部屋へ戻ると、まずマサヒデはオオタとマツモトに、余程の急ぎでなければ、連絡は書簡で、ということを伝えた。
「魔術での通信ですが、腕の立つ魔術師ならば盗み聞くことも出来るらしいです」
「なるほど、あの通信でも、漏れる危険性があるのですね。分かりました」
「しかし、書簡では盗まれたり、伝令が襲われたりする危険があるのでは?」
「陛下は印を送る、と。国の印が入っていれば、まず安心だろう、とのことです」
「伝令が、そのような書簡を持っていると知らずに、襲われたりすることもあるかもしれませんが・・・」
「それでも、通信よりも安全なのだ、という判断でしょう。あと、同じ物を必ず複数出すように、と」
「王宮は国の中枢。通信も集まっています。盗み聞きされた事が、何度もあったのでは」
「おそらくそうなのでしょうな」
「魔王様へは、書簡で報告せよ、とのことです」
「書簡で・・・よろしいのでしょうか。ここからでは、早馬を飛ばしても何ヶ月もかかるかと。天候などによっては、半年以上かかることも・・・」
「その程度の時間は、魔王様にとっては我らが感じる数日程度のことで、気にすることはない、と仰っておられました」
「分かりました。それでは早速、トミヤス様のご両親へお送りします書簡を書きましょう」
「はい。では以下の通りお願いします」
マツモトが先程と同じようにペンを取った。
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