第3話 女魔術師の正体・3
部屋の中は、マサヒデとメイドだけだ。
ギルドメンバーも追い出されたのか、部屋の外も静かだ。
ばたばた走る音がし、マツモトとオオタの声が聞こえる。
「つながりました!」「行く! お前は全部屋を再確認!」「は!」
何が起こるのだろう・・・
「どうぞ・・・」
かちゃかちゃと震える手で、メイドが茶を差し出した。
「あ、すみません」
「い、いえ・・・とんでもない」
「あ、そうだ。私とアルマダさんのパーティーに、今日はマツさんの家に泊まると連絡したいので、少し出てきます」
マサヒデが腰を上げると、メイドが慌ててドアの前に立った。
「お、お待ち下さい!」
「何か?」
「いえ、早馬は用意してございますから! こちらでご連絡を!」
「早馬・・・」
マサヒデ達は寺の近くに泊まっている。
あまりこの事を知られたくはない。
泊地を用意してくれた寺にも、迷惑がかかってしまうかもしれない・・・
「うーん・・・」
「な、何か」
「いえ、あまり我々の滞在する場所を知られたくはないもので」
「あ、あー! そ、そうですよねー! 祭に参加しておられますものね!」
「ええ、まあ・・・」
「あの! それでは私が! なにがあっても口は割りませんので!」
「え? あなたが?」
たしかに、このメイドは信頼出来る人物だが・・・
おかしい。おかしすぎる。あまりに周りの反応が仰々しい。
たしかに、マツは個人的には怖ろしい人物ではある。
どうやら大きな貴族の出のようだが、普通にこの町の魔術師協会で働いている者だ。貴族など、と言っては失礼だが、村のマサヒデの道場にもいるし、村役場にもいる。
何かがおかしい・・・
「・・・」
ドアの前に立つメイドをじーっと見つめる。
「・・・」
メイドは顔に汗を流しながら、マサヒデから目を逸した。
「・・・あの、何か・・・?」
おかしい。
昼間はこんな態度を取らなかった。
「・・・分かりました。ご厚意に甘えて、早馬を頼みましょう」
「は、はい!」
「では」
マサヒデは懐紙を出して、机の上のペンを取り、さらさらと
『マサヒデ、アルマダ両人、魔術師協会に泊まり候。ご心配に及ばず』
とだけ書いて、畳んでメイドに差し出した。
「場所は、寺の東側にあるあばら家です。
既に夜ですし、草がぼうぼうに生えていて、分かりづらいと思います。
どうしても分からなかったら、寺のご住職に聞いてみて下さい。
あまりご住職に迷惑を掛けたくはありませんが・・・仕方ありません」
「はい! 必ず届けます!」
メイドはマサヒデの懐紙を持って、部屋を飛び出した。
マサヒデはソファーに座って考え込んだ。
(どうもおかしい。異常すぎる)
今までの事を思い返してみる。
アルマダが気を失う前、マツの名前を聞いていた。
オオタもマツモトも、マツの名前を聞き直して様子がおかしくなった。
マツだ。
マツの姓が何か問題なのだ。
皆の慌てぶり。
そして、王宮に連絡・・・
(王宮に連絡?)
まさか・・・
(マツは王族?)
とまで考えたが、王族が、こんな田舎町で、寺子屋のような家で、たった1人で魔術師協会。
ふっ、と自分の思い付きに思わず自嘲してしまった。さすがに、それはない。
(となると、国家に対する大犯罪者を出した家か)
国家に対する、何らかの大犯罪を犯したような家柄の者。
それで名を隠して、隠遁生活。
・・・マツなら、それはありうる・・・
慌ててマツモトが戻ってきた。
「トミヤス様! 今メイドが出ていきましたが!?」
「ああ、使いを頼んだんです。こちらで早馬を用意してくれるとのことで、ご厚意に甘えて」
「使い!? どちらに! どのような!?」
「我々のパーティーの泊地です。今晩は、私とアルマダは魔術師協会に泊まる、と」
「他には?」
「いえ、特に」
マツモトは安堵した表情で、
「左様で・・・では、今少しお待ち下さい! すぐ戻ります!」
と言って、頭を下げて出て行った。
ちょうどメイドが戻ってきたようだ。ドアの外でマツモトと小声で何か喋っている。
「まさか、な」
ふ、と笑って、
(考えても分からないものは仕方がない。マツの名については後で聞けば良い。成り行きに任せよう)
と結論づけた。
(少し、休もう)
刀を抱いて、マサヒデは目を閉じた。
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「ん」
部屋の外に気配を感じ、マサヒデは目を覚ました。
何かこそこそ話しながら、こちらに向かっている。足音は3人。オオタ、マツモト、メイド。
少しして、ノックの音がした。
「オオタとマツモトです! よろしいですか!」
「・・・どうぞ・・・」
「失礼します!」
ドアが開いた。
(?)
2人はドアから一歩入った所で直立し、メイドもドアの外に控えている。
「あの、どうか、しましたか・・・? 座って下さい」
「は!」
メイドにも、
「あなたも、そんな所にいないで入って下さいよ」
と、声を掛けた。
メイドはぎこちなく頭を下げ、
「し、失礼します」
と入ってきた。
(よし。聞こう)
マサヒデは、こわごわとソファーに座ったオオタとマツモトの顔を順に見て、
「オオタさん、マツモトさん」
「は!」「はい!」
「私、分からない事があります。お二人に質問したい。よろしいですか」
「はい。我々にお答え出来ることであれば、何なりと」
「マツさんのことですが」
ぴくり、と2人の動きが止まる。マサヒデは構わず続けた。
「もしかして、マツさんて大犯罪者なんですか? 例えば・・・国家に」
「犯罪者だなんて! と、とんでもない!」
マツモトが慌てて手をぶんぶんと手を振る。
「皆様の慌てよう、おかしすぎる。マツさんは一体、何者なんですか?」
「・・・」
オオタとマツモトは目を合せ、しばらく黙った。
しばしの沈黙。
そして、オオタが口を開いた。
「・・・トミヤス様、トゥクライン家をご存知ないようですね」
「私は、これまでずっと田舎道場に引きこもっていました。ほとんど村の外に出たことがありません。門弟には貴族もいますが、皆、同門の仲間という感じで、あまり貴族というものを知りません。マツさんが大きな貴族の出だということは、皆さんの反応で分かりますが・・・」
「トミヤス様。マツ様は、貴族ではありません」
「では、『トゥクライン家』とは?」
「トゥクライン家は、王族です」
「王族? まさか、マツさ・・・」
瞬間、マサヒデの頭の中のピースがぴたりとはまった。
マツの姓を聞いて気を失ったアルマダ!
これほどの皆の慌てよう!
「魔族! 王族! まさか!」
マサヒデは勢いよく立ち上がり、オオタを見つめた。
オオタはマサヒデの視線をそらさず、噛んで含めるように、マサヒデにゆっくりと説明した。
「トミヤス様。マツ様は・・・あなたは、魔王様の娘を、娶りました。本日をもって、あなたは、魔王様の義理の息子となりました」
「・・・魔王様の、息子・・・」
「ご結婚、おめでとうございます」
マサヒデは口を開いたまま、しばらく呆然とした。
「そんな、まさか。そうだ、皆さんの勘違いですよ。同じ姓の貴族って、いっぱいあるんでしょう? そのくらい、私でも知ってますよ」
「トミヤス様。『トゥクライン』という姓は、魔族の国の、王の一族の者しか名乗ることを許されていない姓です。人族にも、トゥクラインという姓の貴族はおりません。分かりますね」
オオタの目は真剣だ。
「・・・」
「その中で『フォン=ダ=トゥクライン』は、王の姓となります。つまり・・・マツ様は魔王様の、姫です」
どさ、とマサヒデはソファーに崩れ落ちた。
オオタは言葉を続ける。
「トミヤス様」
「・・・はい・・・」
「これが救いになるかは分かりませんが・・・あなたは婿入りしたわけではない。
トゥクラインの者になったわけではない。トミヤスの人間です」
「・・・トミヤス・・・」
「あなたは、今まで通りの暮らしを送って良いのです」
「もちろん、親戚付き合いは必要です。時には『息子の顔が見たい』『娘の顔が見たい』『孫の顔が見たい』などと、魔王様からお呼びがかかることもあるでしょう。王とて、親なのです」
「親戚付き合い・・・魔王様と・・・親戚・・・」
「結婚したとなれば、挨拶にも行かねばなりますまい。しかし、王族として王宮で暮らすようなことはないでしょう。魔王様は寛大な方。あなたや、あなたの家族に、今までと違う暮らしを要求などしますまい。あなたは、トミヤス道場の、マサヒデ=トミヤスとして、生きてゆける」
「・・・挨拶? ・・・魔王様に・・・挨拶?」
「もちろん、希望すれば、きっと王族として迎え入れてもくれるでしょう」
「・・・」
「オオタ様、マツモト様。そろそろ」
メイドが2人に声を掛けた。
マツモトが頷いて、虚ろな目をしたマサヒデに、声を掛けた。
「トミヤス様。バタバタして申し訳ありませんが、事が事です。通信で、国王陛下より『祝いの言葉を授けたい』と。陛下がお待ちです」
「・・・わかりました」
「通信室へご案内します」
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