第2話 女魔術師の正体・2


 既に日は沈んでいる。

 気を失って倒れたアルマダは、布団に寝かされていた。


 マサヒデは慌てて医者を呼ぼうとしたが、マツが「私が看ます」と言ったので、そのまま寝かせることにした。

 マツは言うには、マツは治癒、解毒、解呪などの魔法を「それなりに」使えるということで、マツに任せることにしたのだ。

 彼女の「それなりに」は、他から見ればおそらく超一流なのだろう・・・


「う・・・」


 アルマダが苦しげなうめき声を上げた。

 マサヒデが見ても、おそらく気疲れのようなものだ、と分かる。


 倒れる前、アルマダはマツが貴族で、どこかの姫だとか話していたが・・・


(マツはアルマダが気を失うほど、有名な貴族の出なのだろうか?)


 と、首をひねった。


 彼女の生活ぶりを見ても、そんなに大きな貴族のようには見えないが・・・


「マツさん、私、一度ギルドに顔を出してきます。

 マツモトさんが、私達の結婚の報告を待っています。

 マツさんのご両親への連絡も頼みたいですから」


「はい。分かりました」


 マサヒデは立ち上がりかけて、


「そうでした。我々の祭の仲間にも、今夜はアルマダさんはこちらでお世話になると伝えてきます。ここから少し離れていますので、遅くなりますが・・・アルマダさんをお願いします」


「お任せ下さいませ」


 そう言って、マツは指をついてマサヒデを送った。


----------


 ギルドに入ると、受付嬢が心配そうな顔をして、マサヒデに声を掛けてきた。


「あの、先程は何かあったんですか・・・?」


「いえ、もう大丈夫です。ご心配をおかけしました」


 マサヒデは受付嬢を見て、にこっと笑った。

 本当は、まだ安心は出来ないのだが・・・


「まだマツモトさんはいますか? 少しお話ししたいことがあるのですが」


「はい。マツモトは先程の部屋におります。ここにお呼び致しますか?」


「いえ、結構です。ありがとうございます」


 軽く頭を下げて、マサヒデは奥へと向かった。


 さっきは、恥ずかしい所を見せてしまった・・・

 今までの人生で、自分があれほど慌てたことはない。

 がたがたと震え、頭を抱え。アルマダに泣きついた自分。

 思い出すと、顔が赤くなる。


 とんとん、とノックをし、


「トミヤスです」


 と声をかけると、


「おお! お入り下さい!」


 とオオタの声がした。


(オオタ様?)


 ドアを開けると、奥の席にオオタが座っている。

 マツモトはばつの悪そうな顔をして、頭を軽く下げた。


「ささ! どうぞお座り下され!」


 言われるまま座ると、オオタが喋りだした。


「お聞きしましたぞ! トミヤス様! マツ様と夫婦になるとか!」


 マツモトの方を向くと、マツモトは顔の前で手を組んだまま、マサヒデからそっと目を背けた。


「おお、君! お茶をお出ししなさい!」


 マサヒデの前にカップを置いたメイドも、マサヒデから目を逸している・・・


「式は当ギルドにお任せ下さい! 町一番の場所を用意しましょう! 親戚一同をお呼びして、ド派手に参りましょう! 最高の料理! 最高の酒! 町を上げての大宴会といたしましょうぞ!」


 話がどんどん大きくなる。


「オオタ様、お待ち下さい。確かに、私はマツ様と夫婦となりましたが、まだ式を挙げると決まったわけでは」


「いやあ、めでたい! 実にめでたい!」


「社長!」


「む・・・」


 うきうきとしたオオタを、マツモトが大声を上げて止めた。


「オオタ様。申し出は実にありがたいのですが、我ら、式を挙げるつもりはありません」


「なんと? 式を挙げぬと?」


「ええ。私はまだ祭の旅の途中ですし、マツさんはこの町の魔術師協会でただ1人の協会員。お互いに忙しい。とても式を挙げている余裕などありませんよ」


「お忙しいですと? なあに、旅はまだまだ長い。この町にもう少しくらい滞在して頂いても良いではありませんか。4日後にはマサヒデ殿の力試し大会! 続けてマツ様とのド派手な結婚式で、町を上げての大騒ぎ! 国中に名が轟きますぞ!」


「社長・・・」


 マツモトは呆れた顔をしている。彼の予想通りだった。

 先程オオタに相談などしていたら、どうなったことか。


「オオタ様、式はとりあえず置いておきまして、我らはまず両親に報告の使いを出したい。お願い出来ますか」


「おお! たしかにそうですな! どれだけお喜びになるでしょう! 式への準備も必要になりましょうからな!」


「オオタ様・・・式は・・・」


「トミヤス様は、トミヤス道場、カゲミツ=トミヤス様宛でよろしいですな!」


「はい。文面は以下の通り、お願いします・・・」


 マツモトがさっとペンを取り、メモを用意する。


「カゲミツ=トミヤス様。私こと、マサヒデ=トミヤス、本日、妻を娶ることと相成りました。

 妻の名はマツ=フォン=ダ=トゥクライン。オリネオの町の魔術師協会支部に務める・・・?」


 マツモトの手が、止まっている。

 笑っていたオオタの顔が、笑い顔のまま、ぴたっと止まっている。

 カップに茶を注いでいたメイドの顔が、こちらを向いて凝視している。

 茶がカップから溢れ「あつっ!」と言って、メイドがカップを落とし、がしゃん、と割れた。


「し、失礼しました!」


 メイドが床を片付け始めたが、ちらちらとこちらを見ている。

 オオタが止まった笑顔のまま、目をこちらに向け、


「すみません、今、何と・・・?」


「?」


「マツ様・・・マツ=マイヨールでは・・・」


「ああ、何やら理由があって、ずっと母方の姓を名乗っていたんだとか。本名、というか、父方の姓はフォン=ダ=トゥクライン、というそうで」


「・・・フォン、フォン、ダ、トゥクライン・・・?」


 マツの家はそんなに大きな貴族だったのか?

 皆が驚いているが・・・


 がば、とオオタが頭を抱え、


「なんということだ・・・なんということだ・・・」


 マツモトもペンを落とし、オオタと同じ体勢でがたがた震えだした。

 メイドも壁を向いて、肩を抱いて震えている・・・


「・・・皆さん、どうしたんですか? オオタ様?」


「私は知らなかったんです! ずっと、マイヨールだと・・・どこかの貴族の方だと・・・」


 あの豪快なオオタが、真っ青な顔で震えている。


「どうして・・・どうして・・・」


 マツモトもおかしい。


「あ・・・あ・・・」


 あの冷静沈着なメイドが、震えながら肩越しにマサヒデを見ている・・・


「皆さん、一体・・・」


 声を掛けたが、皆、震えたままだ。

 マサヒデは立ち上がり、水差しを取ってグラスに注いで、オオタの前に置いた。


「オオタ様」


 聞こえないのか、オオタは震えたままだ。

 肩に手を置くと、びくっとしてマサヒデの方を向いた。

 オオタの手がグラスに当たり、床に水がこぼれる。


 マサヒデはオオタの前にしゃがんで、


「オオタ様、どうなされたんですか」


「ト、トミヤス様・・・」


 マサヒデを見つめるオオタの瞳は、恐怖の色で染まっている・・・


「はい」


「ご、ご結婚、おめでとうございます」


「? はい」


 オオタはがばっと立ち上がり、マツモトに振り向き、大声を出した。

 その顔は、先程のオオタからは想像が出来ないほど、真剣な顔だ。


「マツモト!」


 マツモトはオオタの大声を聞いて、はっと顔を上げた。

 ついで、ばっと立ち上がり、ぴしっと背を正した。


「は!」


「今すぐ王宮に連絡! 協会を通すな! 緊急用の直通回線を使え! 直接王につなげ! 寝ておられれば起こしてもらえ! 会議中なら引っ張り出してもらえ! 必ず! 直接! 王につなぐのだ!」


「は!」


 マツモトがばたん、とドアを開け、走り出した。


「そこのお前! 今すぐギルドを閉めろ! 早馬だけ外に残して全員追い出せ! いや私が行く! トミヤス様! しばらくそこでお待ち下さい!」


 オオタも部屋を飛び出して行った。


「・・・」


 マツの名を聞いてから、みんな様子がおかしい。

 アルマダもマツの名を聞いて、気を失って倒れてしまった。

 全員追い出す? 王宮に連絡?


「一体、何だ・・・?」


 マサヒデは呆然と立ち尽くした。

 ロビーで、大声で怒鳴り散らすオオタの声が響いている。

 部屋の隅では、メイドがしゃがみこんで肩を震わせている・・・

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