勇者祭 3 女魔術師の正体

牧野三河

第一章 女魔術師の正体

第1話 女魔術師の正体・1


 マツが泣き止むまで、2人はマツを待っていた。

 アルマダは縁側に腰をかけ、マサヒデはマツの横に片膝立ちで、マツの方に手を乗せている。


(これで一件落着ではない・・・ここからだ)


 庭の2人を見るアルマダの目は、険しい。


(マツ様のことだ。きっと、マサヒデさんについて行きたい、祭に参加したい、と言い出す)


 何としても、これを止めなければ。

 数こそ少ないが、魔族が人族の側として参加し、魔王に挑戦することも許されているのだ。


 もし、マサヒデのパーティーにマツが入ればどうなるだろう。

 マサヒデは一合も剣を交えることなく、マツは目に入った全ての相手を屠ってゆくだろう。もし、どこかの町で闇討ち組などと会うようなことがあれば・・・町ごと・・・


 アルマダはぶんぶんと頭を振り、その光景を頭から払う。


(なんとしても、なんとしてもマツ様を説得しなければ!)


 マサヒデとアルマダの戦いは、まだ始まったばかり。

 これから、第2戦が始まるのだ。


----------


「お茶を持って参ります」


 マツが奥に入っていった。


「・・・」


「・・・」


 部屋に残ったマサヒデ、アルマダの顔は険しい。

 2人は微動だにせず、じっと考え込んでいた。


「マサヒデさん。マツ様は、きっと旅についてくると言い出します」


「はい」


「何とか、止めませんと」


「はい」


 2人がまた考え出した時、さらりと障子が開き、マツが茶を持って入ってきた。


「さ、マサヒデ様」


 す、とマサヒデの前に茶が差し出される。


「ハワード様も」


 アルマダの前にも茶が差し出される。


「うふ」


 マツはマサヒデのすぐ横にぴったり並んで座り、マサヒデの肩に、にこにこと顔を乗せた。

 先程まで泣き腫らしていた目の周りは、まだ赤い。

 一見、ただ新婚ほやほやの年上妻がいちゃついているだけだが、アルマダもマサヒデも、この女の恐怖を身をもって体験しているのだ。


 アルマダは、まず別の切り口を探そうと、笑顔で話を切り出した。


「そういえばマツ様。マツ様のご両親にも、この喜ばしい知らせ、伝えておかないといけませんね」


「あら、そうでした。私、自分のことばかり考えて・・・」


「ふふ、余程マサヒデさんと結婚されたのが嬉しかったんですね。横で見ていても分かりました。天にも登りそうでしたよ」


 マツは頬を赤くして、顔に手を当てた。


「お恥ずかしい限りです」


「ギルドに早馬をお願いしましょう・・・あ、そうだ、マツ様の姓を聞いておりませんでした。差し支えなければ」


「マイヨールです」


 マイヨール。やはり貴族か、とアルマダはぴんときた。

 人魔両国、大小問わず、貴族によくある姓だ。


「マイヨールと言いますと、もしかしてマツ様は貴族の出で?」


「はい。そのようなものでございますが・・・いえ・・・その・・・」


 マツは少し言葉を濁した。


「実は、マイヨールは母方の姓でして」


「母方の?」


「ええ・・・まあ・・・父の名は少々、貴族の方々にも知られておりまして・・・なんと言いましょうか、その、以前、色々と・・・それで、ずっと母方の姓を名乗っておりまして」


 大貴族か、それとも、何か世間に知られる問題を抱えているような面倒な貴族か。

 マツは以前、王宮や魔術師協会の本部で働いていたが、色々と面倒になって隠遁生活に・・・と、マツモトから聞いたが、おそらく、その名も原因の一つか。それで母方の姓を名乗っているのだ。


「差し支えがなければ、お父上の姓をお聞かせ下さい」


「トゥクラインです」


「トゥクラ・・・? すみません、聞き違いでしょうか? トゥクラインと仰いましたか?」


「はい。あ、もしかして、ハワード様にはご存知で?」


 にこり、とマツはハワードに笑顔を向けた。


 トゥクライン家は、魔族の国に数家しかない。

 その数家も血の繋がらない違う一族ではなく、分家。一族以外が名乗ることは許されない。

 時に国は褒美として姓を与えることがあるが、この姓だけは許されない。特別な姓。


 魔王直系の一族の、由緒正しき者だけが名乗ることが許されている姓!

 『貴族』ではない!

 彼女は『王族』なのだ!


 アルマダの背に、つー・・・と、冷たい汗が流れた・・・

 胸の動悸の音が、頭まで響いて聞こえる感じがする。


「あ、あの、トゥクライン家はいくつかありますが、どちらの?」


「フォン=ダ=トゥクライン、と申します」


 こん! と、庭のししおどしの音が響いた。


 アルマダは、ごとん、手に持った湯呑を取り落とした。

 畳にアルマダが落とした湯呑から溢れた茶が、染み込んでゆく。


 庭を、さー・・・と、風が吹き抜けた。

 アルマダの顔からも、さー・・・と血の気が引き、次いで汗が吹き出した。

 人の国で3本の指に入る魔術師。

 当然だ。彼女は魔王の直系の一族なのだ。それも・・・


 貴族のことを全く知らないマサヒデには、アルマダがなぜここまで驚いているのか分からない。名を聞いて驚いていたが、相当有名な、大きな貴族なのだろうか?

 マサヒデは、固まってしまったアルマダの顔を、不思議そうに見ている。


「・・・アルマダさん?」


「あ! こ、これはとんだ粗相を!」


 アルマダは手拭いを出して、畳を拭き出した。


「あ、ハワード様、お客様がそんな・・・すぐ雑巾を持って参ります」


「は、はい・・・」


 ぱたぱたとマツが奥にかけていった。

 アルマダは畳を拭いていた手拭いで顔を拭いている。


「アルマダさん、その手拭いは」


「えっ? あ・・・そ、そうでしたね、そうです、そうですね」


 懐に手拭いを戻し、ハンカチを取り出して顔を拭った。

 アルマダの目は見開かれ、宙を睨んだまま。顔に、また汗が吹き出している。


「アルマダさん? もしかして、マツさんって有名な貴族の方なんですか?」


 マサヒデがアルマダの顔を覗き込んだ。


「え? ええ、まあ・・・その・・・そんな、感じです」


 アルマダは青白い顔のままだ。

 マツが雑巾を持って戻ってきた。


「ハワード様。失礼しますね」


 畳を拭くマツを横目に見ながら、アルマダがだらだらと汗を流している・・・


「うふ」


 マツはアルマダの湯呑に新しい茶をそそいだ後、マサヒデの隣にべったり座り、また肩に顔を乗せている。

 マサヒデは、アルマダの様子を見て、これはただ事ではないと思い、


「アルマダさん? 一体、どうされたんです?」


 と、声をかけた。

 そう、これはただ事ではないのだ・・・


「マツ様・・・」


 アルマダがやっと、という感じで言葉を出した。

 マサヒデはそのアルマダの顔を不審そうに見ている。


「はい。なんでしょう」


「その、思い切って、お聞きしますが・・・」


「どうされました?」


 ごくり、とアルマダの喉が鳴った。


「マツ様は・・・その・・・ひ、ひめ・・・という・・・」


「まあ、そういう肩書もございます」


 姫! 魔王の娘!

 アルマダはゆっくりと、気を失って倒れた。

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